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「自然」に魅せられて

身近な生き物を描いて40年。自然アートの第一人者が本業のかたわら、地元に飛来する美しい渡り鳥「タゲリ」の保護に乗り出した。画帳からいまにも飛び立ちそうな“貴婦人”の姿には、熟練の技だけでなく、自然を愛する熱い心がいきづいている。
『タゲリ舞う里を描く』 森上義孝



── 
実物と見紛う森上さんのイラストを拝見して、タゲリがなぜ“貴婦人”と呼ばれるのか、その理由がよくわかりました。こんなに美しい鳥なんですね。

森上 
ゲリの「タ」は田んぼの「タ」。山や森ではなく、稲刈りのすんだ田んぼにやって来て、人のすぐそばで暮らす鳥なんです。でも、自分たちの格好が人目につきやすいのを知っているのか、とても警戒心が強い。田んぼ二、三枚隔てていれば平気ですが、それ以上近づこうとすると、すぐに「ミュー」と猫みたいな声をあげて飛び去ってしまう。だから、タゲリを見慣れているはずの農家の人でも、双眼鏡でその姿を見たりすると驚くんですよ、「こんなにきれいだったのか」って。なかなか間近では見られませんからね。

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森上さん描くタゲリ。シベリアからの渡り鳥で、頭部の冠羽と、光の加減で輝きを変える美しい羽毛が貴婦人を連想させる
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双眼鏡片手に里山を歩き、作品の想を練る。
── 
そのタゲリが近年、神奈川県では急速に数を減らしています。

森上 
近の調査では、県内全域で63羽しか確認されていません。17〜18年前まではあちこちの田んぼでごく普通に見られたのに、いまやその田んぼ自体が激減していますから。タゲリの危機は田んぼの危機なんですよ。県内有数の飛来地であるここ茅ヶ崎でも、宅地化や転作で水田が減り、残った田んぼは高速道路と鉄塔に囲まれてしまいました。このままではタゲリが舞う美しい風景は消えてしまうかもしれない。こうして屋外で筆を走らせていると、なおさら危機感が募るんですよ。

── 
そんな森上さんが主宰されている自然保護団体「三翠会」の活動が、いま注目を集めています。

森上 
たちは、地元の農家に米作りを続けてもらうことで、タゲリが来る水田を守ろうと考えています。そのためにお米を通常より高く買い上げて「湘南タゲリ米」のブランドで販売するしくみを、生産者といっしょに作り上げてきました。合言葉は「おいしい自然保護」。おかげさまで5軒からはじまった協力農家は、23軒にまで増えました。なかには休耕田で米作りが復活した例もあり、活動の成果に私たちも大きな手応えを感じています。

── 
なぜタゲリや田んぼに、そこまでこだわるようになったのですか。

森上 
20
年近く前でしょうか、ある文庫本の表紙にタゲリのイラストを描いたことがありました。地元の茅ヶ崎を舞台にした小説で、しかも鳥が大好きな少年の物語。「これはタゲリしかない」と、ひらめいたんです。というのも、私にとって茅ヶ崎といえば、真っ先に出てくるのは子どもの頃に見た豊かな田んぼの景色であり、田んぼといえば、やはりタゲリの美しい姿が思い浮かぶ。自分の原風景なんですよ。タゲリのイラストを描いたことで、そのことにあらためて気づいたのが、いまの活動の発端かもしれません。
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主宰する三翠会の活動で、地元の川に投網を打つ。大切な調査とはいえ、気分はほとんど川遊び?

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協力農家が丹精したタゲリ米の出荷。価格は5kg3500円と高めだが、昨年度は約2000kgを売り上げた
── 
ネイチャーアーティストとしての原点も、やはり茅ヶ崎の自然にある?

森上 
ちろんそうです。戦時中に疎開し、いまよりもずっと自然に恵まれた茅ヶ崎で少年時代を過ごしましたからね。その体験がなければ、生き物への興味も、絵を描くことの楽しさも深く味わうことはなかったでしょう。とにかく虫でも鳥でも草花でも、見つけてはかたっぱしから描くのが、私の一番の遊びでした。その意味ではいまも、3〜4歳の頃からまったく成長していないのかもしれませんね(笑)

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── 
絵の“モデル”として身近な生き物を見つめてこられた視線が、自然保護にも向けられるようになった?

森上 
リーでの仕事が軌道に乗ってからは東京に拠点を移しましたが、休日には茅ヶ崎に帰り、自然観察を続けていました。でも、そのたびに見慣れた景色が変わっていくんです。ちょうどバブルの頃でしょうか、田んぼは次々につぶされ、きれいだった小川は見る影もない。ショックでした。悔しくてたまりませんでした。私が紙の上で生き物たちを慈しむように描いている間に、現実の自然破壊はどんどん進行していたのですから。そこで、どれくらい環境が悪化しているのか、自然観察の仲間たちと身近な野鳥や水生生物の調査から始めることにしました。これが、「タゲリ米」の活動につながる私たち三翠会の原点です。たしかにタゲリ米の値段は、普通のお米より高いかもしれません。でも、タゲリという本来は普通に見られるはずの鳥が、もはや普通ではなくなっているのです。この米が鳥と水田の保護、保全につながるのだと多くの方にご理解いただけるよう願っています。
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上=「本当は日本画をやりたかった」と森上さん。その筆致には花鳥画を思わせる繊細な趣が
下=茅ケ崎の水田が激減したのは80年代から。こんな谷戸田の風景もいまはごくわずかしか残っていない


Profile

もりうえ・よしたか
1942年生まれ。多摩美術大学卒。在日米国生物研究所で標本画の作成に従事。69年よりフリーのイラストレーターに。『絵本版 ファーブルこんちゅう記』など作品多数。水辺の環境を守るグループ「三翠会」会長。
CONTENTS
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コンテンツ
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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