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わが街の環境マイスター緑ふたたび─三宅島に苗木と元気を!

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三宅島での植樹風景。08年11月の第8回活動では、噴火で打撃を受けた島南部の千本山周辺に約3500本を植えた


宗村秀夫さん
NPO法人「園芸アグリセンター」理事長

若い力で失われた森林を再生する三宅島緑化プロジェクト。
荒れた土をともに耕し、汗を流すうちに、マイスターの志は世代を超えて受け継がれていく。


生徒の熱意に立ち上がったOBたち

 
 2000年夏に起きた伊豆諸島・三宅島の大爆発が、その豊かな自然環境に与えたダメージは計りしれない。05年2月、全島避難が解けて島に戻った人々は、4年半もの間、火山灰と火山ガスに覆われていた故郷の姿に目を疑った。森林面積の約6割が立ち枯れ、200種類以上も生息していた野鳥の宝庫は見る影もなかった。しかし、当面は誰もが自分の生活を立て直すだけでせいいっぱい。自然環境の復興にまでは手が回らない。そこへ、思いがけない援軍が現れた。
 「三宅島に緑を取り戻そう」と立ち上がったのは、東京・世田谷区にある都立園芸高等学校の生徒とOBだった。本土で避難生活を送っていた三宅高校の生徒・教員との交流をきっかけに、05年度から三宅島緑化プロジェクトをスタートさせた。同校の温室で育てた火山ガスに強い苗木を生徒の手で島へ運び、植樹する。同校OB会長の宗村秀夫さんは、農業校ならではのこの取り組みを支援するためにNPO法人「園芸アグリセンター」を発足させ、活動の準備や協力体制づくりに奔走している。
 「行政の試算では600万〜700万本の木を植えないと、島の緑は元通りにならないそうです。学校として息の長い活動に育てていくためには、生徒や教職員、PTAとは別に、核となる実働部隊が欠かせないと思い、OB中心のNPOをつくりました」と宗村さん。セブン‐イレブンみどりの基金も同法人への助成を通じて、三宅島の森林再生活動を支援している。

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火山活動が続く三宅島ではガスマスクの携帯が義務付けられている
 
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「大変だけど楽しかった」― 植樹を体験した生徒は口を揃える
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たくましい都会の自然児たちは毛虫もへっちゃっら

 宗村さんたちは08年までに計8回、島を訪れた。同校生徒をはじめ連携する高校・大学の学生や社会人など、毎回100名程度が参加し、2泊3日の日程で植樹・植栽、下草刈りに汗を流す。急斜面の山肌に苗を植えるのは想像以上の重労働だ。溶岩質の柔らかい土壌に、東京の1・5倍という降水量。植えても植えても、雨が降ると苗が流されてしまう。山腹はいまも危険な立入禁止区域が大半で、万一のためにガスマスクも欠かせない。
 しかし当初、宗村さんはもっと厳しい現実にぶつかった。活動には現地の理解と協力が不可欠なのに、森林再生に対して島の人々との間に温度差があったのだ。
 「『何で木を植えに来るの』といわれたときは絶句しました。いいことをしているつもりでも、心を開いてもらえなかった」
 帰島したばかりで、人々には余裕がないのかもしれない──とにかく活動を地道に継続することで、宗村さんたちは少しずつ現地の信頼を得ていった。


山や森だけでなく人々の心も甦らせたい

 
 園芸高校のOBは多方面で活躍している。宗村さんも金融機関とメーカーで約20年間勤めた後、行政書士として独立した。
「本当は考古学者になりたかったんですよ。考古学をやるには土を知らなきゃいけないと聞いて、園芸高校を選んだんです」
 父方の実家は会津で300年も続く農家。子供の頃から土に触れるのが好きで、夏には必ず農作業を手伝っていたという。ビジネスの第一線で働いていても、そうした「農」の記憶は色褪せない。だからこそ三宅島の人々との思いのズレも自然と解消できた。
 宗村さんは島の自然だけでなく、避難生活で疲れきった人々の心も癒され、再生されなければならないと考えた。山への植樹と並行して、人目に触れやすい学校や広場の花壇には花の苗を、各農家の畑にはタマネギの苗も植えた。タマネギは酸性土壌に強く、貴重な保存食にもなるが、種蒔や育苗に手間がかかるため、高齢者の多い島内ではあまり作られていなかった。黙々と働く宗村さんと生徒の姿に、いつしか感謝の声が寄せられるようになった。いまでは年2回の活動の日を待ちわびる島民も少なくない。
「お年寄りが生徒とのコミュニケーションをすごく楽しみにしていますし、生徒もまた、作業や島の人々との交流を通じて、活動中に見る見る成長していくのがわかります」

 現地での活動は、園芸高校の生徒の運営によって進められる。リーダーに選ばれた生徒は自分の作業をこなすだけでなく、他校生や年上の大学生も引っ張っていかなければならない。そこにこのプロジェクトのもうひとつのねらいがあると宗村さんはいう。



 
「いまの生徒が私の年齢になっても、木をすべて植えきるのは無理でしょう。すぐに成果の出る活動じゃないんです。だからこそ活動を永続させるために、次代のリーダーを育てなければならない。それが私の使命です」
 毎年、卒業式に呼ばれる宗村さんに、活動に参加した卒業生の多くがお礼を言いにくるという。宗村さんがそうだったように、彼らもまた母校を巣立ち、どんな道に進んでも、自分の植えた緑のかけがえのなさをおぼえているにちがいない。

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本業でも多忙をきわめる宗村さんだが、「第二の故郷」三宅島への思いが頭を離れることはない
CONTENTS
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コンテンツ
・移住者の視点で森の町の課題に挑む 麻生 翼さん NPO法人 森の生活 代表理事
・生ごみの堆肥化で循環社会を創る たいら由以子さん NPO法人 循環生活研究所 理事長
・「地球の消費者」から「地球の生産者」へ 加藤大吾さん NPO法人 都留環境フォーラム 代表理事
・干潟に子供たちの歓声を取り戻す 足利由紀子さん NPO法人 水辺に遊ぶ会 理事長
・日本型の環境教育を求めて 新田章伸さん NPO法人 里山倶楽部 副代表理事
・カメラに託した「水」への熱き思い 豊田直之さん 写真家
・「月に一度は山仕事!」のすすめ 山本 博さん NPO法人 日本森林ボランティア協会 事務局長
・奥能登の昔ながらの暮らしを“再発見” 萩野由紀さん まるやま組主宰
・北海道から広げる自然教育ネットワーク 燒リ晴光さん NPO法人 ねおす 理事長
・「森のようちえん」は毎日が冒険 原淳一さん NPO法人 アキハロハスアクション 理事長
・東北に国産材のサイクルを築く 大場隆博さん NPO法人 日本の森バイオマスネットワーク 副理事長
・魚食復活をめざし、本日も全力疾走 上田勝彦さん 魚食復興集団 Re-Fish 代表
・「竹害」との戦いにかけた第二の人生 松原幸孝さん NPO法人 かいろう基山 事務局
・ニッポンバラタナゴの楽園を守る 加納義彦さん NPO法人 ニッポンバラタナゴ高安研究会 代表理事
・雁の里から発信「ふゆみずたんぼ」 岩渕成紀さん NPO法人 田んぼ 理事長
・「夢」は最高のエネルギー 杉浦嘉雄さん 日本文理大学 教授
・宮沢賢治に導かれて山村へ 吉成信夫さん NPO法人 岩手子ども環境研究所 理事長
・「海のゆりかご」再生にかける 工藤孝浩さん 神奈川県水産技術センター 主任研究員
・お金に換えられない価値を知る 澁澤寿一さん NPO法人「樹木・環境ネットワーク協会」理事長
・自然界に学ぶ最先端の技術 仲津英治さん 「地球に謙虚に運動」代表
・豊かな森を人づくりに活かす 萩原喜之さん NPO法人「地域の未来・支援センター」理事長
・自然が先生──生きる力を育てる 広瀬敏通さん NPO法人「日本エコツーリズムセンター」代表理事
・ホタルに託した鎮魂の思い 冨工妙子さん ながさきホタルの会・伊良林小学校ホタルの会 会長
・人とトキのかけはしになる 高野毅さん 生椿(はえつばき)の自然を守る会 会長
・民間の力で都立公園の緑を守る 佐藤留美さん NPO法人 NPO birth 事務局長
・花の湿原を守る肝っ玉かあさん 三膳時子さん 認定NPO法人 霧多布湿原トラスト 理事長
・干潟を拠点に人と自然をつなぐ 立山芳輝さん NPO法人 くすの木自然館 理事長
・子どもたちの冒険に寄り添う 佐々木豊志さん NPO法人 くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所 理事長
・北海道にシマフクロウを呼び戻す 菅野正巳さん NPO法人 シマフクロウ・エイド
・ふるさと新城をもう一度桜の名所に 松井章泰さん 「100万本の桜」プロジェクト発起人
・1960年代の武蔵野の自然を取り戻す 佐藤方博さん NPO法人 生態工房
・緑ふたたび──三宅島に苗木と元気を! 宗村秀夫さん NPO法人 「園芸アグリセンター」 理事長
・冬の山中湖を彩るキャンドル 渡辺長敬さん NPO法人 富士山自然学校 代表
・年に10万匹のホタルを育てる 坂井弘司さん 旭川市西神楽ホタルの会 事務局長
・築230年の古民家に生きる 時松和宏さん 大分県九重町 農家民宿「おわて」 主人

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