bar
文字サイズ
わが街の環境マイスター ふるさと新城をもう一度桜の名所に
松井章泰さん
「100万本の桜」プロジェクト発起人

「桜を通して街を元気にしたい」――
ひとりの青年の願いが、地域と住民の“心”を変えた。


桜の衰弱も街の衰退も“心”がなくなったから

 
 愛知県新城(しんしろ)市。ここには東三河随一の桜の名所、桜淵公園がある。江戸時代、領主の菅沼定実公が居城近くに植えさせたのが由来だ。それ以来「三河の嵐山」と称される景勝地となり、春には花見客で賑わうようになった。
「でも、それも僕の親父の代まで。今では市民は公園で花見をしなくなってしまった」と嘆くのは、この地に「100万本の桜」プロジェクトを立ち上げた松井章泰さんである。
 なぜ花見をしなくなってしまったのかといえば、ひとえに桜に見応えがないからだ。行政の財政難で管理が行き届かず、「テングス病」という伝染病が蔓延したままの状態なのである。
 じつは新城市は、全国に先駆けて市民病院の産婦人科が閉鎖された地域でもある。医師不足で救急車の受け入れも制限され、小児科や夜間診療も一時的に休止された。市民プールは閉鎖。商店街はシャッター通りと化し、街の人口は4年前にくらべて1割近くも減ってしまった。

 「桜は市のシンボルです。市民もみんな桜好き。でも、桜が病気になっても花を咲かせなくても気付かない。同様に、お店が潰れても街が沈んでも時代のせいだと諦めてしまいます。桜の衰弱も街の衰退も、原因は同じじゃないか。ここに住む人たちの“心”を取り戻さないと、街に活気は戻らない。それで、桜の植樹を思い立ちました」
 松井さんが行動を起こしたのは、2007年4月。1年間はたったひとりで活動した。当時はパソコンができなかったため、手書きの企画書を作って、関係する企業に出向いては、何度も話を聞いてもらった。翌年からは賛同者があらわれ、新聞や雑誌などのメディアにも取り上げられるようになった。いまでは、活動に年間のべ1000人以上が参加する。

 
photo
豊川に臨む桜淵公園。春には山がピンクに染まる

photo
松井さん愛用の剪定道具。ハサミや小ぶりのノコギリで枝を落とし、切り口に保護剤を塗る
photo


 
photo
photo
上=揃いの法被を着て植樹を祝う。下=テングス病にかかった枝。ここには花は咲かない
 
 「最初は1万本の予定だったんです。それが“100万本”というキャッチコピーにまで増えていった。実際、地域が不活性なのも、行政の財政難も、そして桜の管理にまで手が回らないのも、全国の地方自治体が抱える共通の悩みです。僕らの活動がそうした地域のロールモデルになれば、100万本という数字もけっして夢ではないのかな、と」
 こうして2年間かけて、桜淵公園をはじめ、新城市を走る東名高速道路沿いや湯谷(ゆや)温泉郷、市内の道路沿いなどさまざまな場所に、約2000本の植樹を行った。
 植樹と同時に、桜淵公園の桜の管理にも取り組む。幹にびっしりとついたコケを高圧洗浄機で落とし、肥料を施し、テングス病に冒された枝は剪定。植樹を行えるのは冬季のみなので、残り半年はこうした活動をしながら、月に一度は専門家を招いて勉強会を開き、桜の管理について学んでいる。また、近隣の農家の協力を仰いで遊休農地で苗を栽培し、植樹と管理をしてくれる団体には苗を無償配布している。


妻も自分も地域の人も、皆で幸せになる道を探す

 
 松井さんの活動では、特定のボランティア要員を抱え込むルールではない。イベントごとにそのつどスタッフを集める。それでは大変だろうと思いきや、そのほうが人の集まりはいいのだそうだ。
 「参加が重荷になっては、人は集まりません。できる人ができるときにできることをやればいい。だから、人材派遣登録システムを作って、任意に参加してもらっているんです。そのかわり、情報はつねに出し続けています。地元の企業や桜に縁のある企業を積極的に訪問したり、ブログを毎日更新したり、地元ラジオ局では週に1回ナマ出演し、市民に情報を提供しています」
 こうした手法は、いまから8年前、松井さんが30歳で設計会社を起業してからの経験による。ここでは、一級建築士や行政書士、測量士、司法書士などのスペシャリストが在籍し、設計から測量、登記、税金相談までをグループで総合的に取り扱う。これまで建築業界にはなかった画期的なシステムである。


photo
photo
「植樹するからには、自分たちで苗から育てたい」という松井さん。育てている苗は、いまのところ病気に強く寿命も長い山桜を採用。上は遊休農地で育てられている桜の苗の一群

 
photo
幹についたコケは、樹が弱っている証拠だ。高圧洗浄機を使ってコケを洗い流す
photo


 「経営者はつねにお金と人と仕事をどう集めるかに悩まされています。だからこそ僕は、営業しない営業・管理しない管理システムを構築しました。そして、この50人の会社で成功した組織論を武器に、5万人の街に挑戦を挑んだのです」
 松井さんは、起業当初から「30歳で開業した会社を40歳で退く」と公言してきたという。
 「会社員だったころは仕事に追われて体を壊し、20代で4回も入院しました。当時婚約者だった家内の両親から、“仕事に一生懸命なのはわかるが、娘を幸せにしてくれる男でないと嫁にはやれない”と言われてしまった。病院のベットの上で悩み抜き、彼女も自分も、そして地域のみんなも幸せにできないかと考えたのが、いまの会社のシステムです。会社も軌道に乗ったし、桜の植樹という目標が見つかったので、予定より4年早く36歳の若さで退職しました」
 松井さんはこの活動を“ボランティア”とは思っていないという。なぜなら、街に元気が出て観光客も呼べ、市の財源にもなり、それが住民の住環境へと反映されるという壮大なプロジェクトを思い描いているからだ。
 「こんなにたくさんの見返りがあるからこそ、これはひとつの事業といえるでしょう。僕は、このプロジェクトを“株式会社新城市構想”と呼んでいます。ただ単純に桜を植えて終わりにするつもりはありません。ふるさとの新城の街にもう一度元気を取り戻したいのです」


CONTENTS
------------------------------
コンテンツ
・移住者の視点で森の町の課題に挑む 麻生 翼さん NPO法人 森の生活 代表理事
・生ごみの堆肥化で循環社会を創る たいら由以子さん NPO法人 循環生活研究所 理事長
・「地球の消費者」から「地球の生産者」へ 加藤大吾さん NPO法人 都留環境フォーラム 代表理事
・干潟に子供たちの歓声を取り戻す 足利由紀子さん NPO法人 水辺に遊ぶ会 理事長
・日本型の環境教育を求めて 新田章伸さん NPO法人 里山倶楽部 副代表理事
・カメラに託した「水」への熱き思い 豊田直之さん 写真家
・「月に一度は山仕事!」のすすめ 山本 博さん NPO法人 日本森林ボランティア協会 事務局長
・奥能登の昔ながらの暮らしを“再発見” 萩野由紀さん まるやま組主宰
・北海道から広げる自然教育ネットワーク 燒リ晴光さん NPO法人 ねおす 理事長
・「森のようちえん」は毎日が冒険 原淳一さん NPO法人 アキハロハスアクション 理事長
・東北に国産材のサイクルを築く 大場隆博さん NPO法人 日本の森バイオマスネットワーク 副理事長
・魚食復活をめざし、本日も全力疾走 上田勝彦さん 魚食復興集団 Re-Fish 代表
・「竹害」との戦いにかけた第二の人生 松原幸孝さん NPO法人 かいろう基山 事務局
・ニッポンバラタナゴの楽園を守る 加納義彦さん NPO法人 ニッポンバラタナゴ高安研究会 代表理事
・雁の里から発信「ふゆみずたんぼ」 岩渕成紀さん NPO法人 田んぼ 理事長
・「夢」は最高のエネルギー 杉浦嘉雄さん 日本文理大学 教授
・宮沢賢治に導かれて山村へ 吉成信夫さん NPO法人 岩手子ども環境研究所 理事長
・「海のゆりかご」再生にかける 工藤孝浩さん 神奈川県水産技術センター 主任研究員
・お金に換えられない価値を知る 澁澤寿一さん NPO法人「樹木・環境ネットワーク協会」理事長
・自然界に学ぶ最先端の技術 仲津英治さん 「地球に謙虚に運動」代表
・豊かな森を人づくりに活かす 萩原喜之さん NPO法人「地域の未来・支援センター」理事長
・自然が先生──生きる力を育てる 広瀬敏通さん NPO法人「日本エコツーリズムセンター」代表理事
・ホタルに託した鎮魂の思い 冨工妙子さん ながさきホタルの会・伊良林小学校ホタルの会 会長
・人とトキのかけはしになる 高野毅さん 生椿(はえつばき)の自然を守る会 会長
・民間の力で都立公園の緑を守る 佐藤留美さん NPO法人 NPO birth 事務局長
・花の湿原を守る肝っ玉かあさん 三膳時子さん 認定NPO法人 霧多布湿原トラスト 理事長
・干潟を拠点に人と自然をつなぐ 立山芳輝さん NPO法人 くすの木自然館 理事長
・子どもたちの冒険に寄り添う 佐々木豊志さん NPO法人 くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所 理事長
・北海道にシマフクロウを呼び戻す 菅野正巳さん NPO法人 シマフクロウ・エイド
・ふるさと新城をもう一度桜の名所に 松井章泰さん 「100万本の桜」プロジェクト発起人
・1960年代の武蔵野の自然を取り戻す 佐藤方博さん NPO法人 生態工房
・緑ふたたび──三宅島に苗木と元気を! 宗村秀夫さん NPO法人 「園芸アグリセンター」 理事長
・冬の山中湖を彩るキャンドル 渡辺長敬さん NPO法人 富士山自然学校 代表
・年に10万匹のホタルを育てる 坂井弘司さん 旭川市西神楽ホタルの会 事務局長
・築230年の古民家に生きる 時松和宏さん 大分県九重町 農家民宿「おわて」 主人

ご利用にあたってプライバシーポリシー
Copyright(C) 2000-2016 Seven-Eleven Foundation All Rights Reserved.