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わが街の環境マイスター 北海道にシマフクロウを呼び戻す
菅野正巳さん
NPO法人シマフクロウ・エイド

双眼鏡を手に、日々森を歩き回る菅野さん。
絶滅の危機にある国の天然記念物・シマフクロウの保護に情熱を注ぐ。


東京を離れ、牧場での過酷な毎日

 
 志の強い人である。NPO法人シマフクロウ・エイドの菅野正巳さんが、音声エンジニアとして勤務していた米3大ネットワークの一つであるABCニュース東京支局の仕事に見切りをつけたのが1992年。東京で開催された北海道新規就農説明会に参加した菅野さんは、その年、厚岸郡浜中町へ渡った。
 霧多布湿原にほど近い浜中町の酪農家に身を寄せて、住み込みで酪農の手伝いを始めた。だが、牧場での毎日は過酷だ。夜明け前に起床し、牛舎の掃除、牛追い、搾乳、牧草の準備などの作業が夜間まで続く。真冬には零下20度以下にもなる厳寒の地である。牧歌的な暮らしの中でシマフクロウを観察しようというささやかな願いも吹っ飛んでしまった。愛読書だった『ビキン川にシマフクロウを追って』(ロシアの探検家ユーリー・B・プキンスキーの著書)の世界がますます遠のいていく。
 「ある日の夕方、牧場で牛を追っていたときに背後でフクロウの鳴き声がしたのです。そのときにハッと目が覚めました。『俺は酪農家になるために北海道に来たわけじゃないよなあ』ってね」
 厳格な酪農家のもとを去った菅野さんは、居酒屋でのアルバイトや乳搾りで生計を立てながらシマフクロウの研究に時間を割くようになった。
 
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菅野さんの胸もとにもシマフクロウが

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森の中で休むシマフクロウ。地面に近い場所にいることもある

 
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音声エンジニアとしての経験を生かして、シマフクロウの鳴き声を録音する

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セブン-イレブンみどりの基金の助成金で購入した監視カメラを取り付ける
 
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菅野さんのフィールドのひとつ、ラムサール条約に登録されている霧多布湿原


 その後、シマフクロウ研究の第一人者である山本純郎さん(根室在住)のもとを訪ね、その保護に関する話を聞いた。「浜中町のシマフクロウについてはまだ調査していないから、試しに調査してみたらどう?」と山本さんに薦められた菅野さんは、シマフクロウとの出会いに向けてやっと第一歩を踏み出した。
 しかし、生態については素人同然。シマフクロウを見つけ出すことは容易ではなかった。とりあえずは浜中町の森をひたすら歩き回るしかない。地元の人に尋ねても、「シマフクロウ? 昔はこの辺りでもよく鳴き声が聞こえたもんだがなあ。もうこの辺りにはいないんじゃないかい」と頼りない返事が返ってくる。実物のシマフクロウを初めて目撃したのは、森を歩き始めてから3カ月たったころだった。
 「本当に偶然でした。たまたま枝にポツンとたたずんでいたフクロウを見て、あれ、もしかしたらシマフクロウじゃないかなと思いました。でも『そんな簡単に見つかるわけがない』と、周りはなかなか信じてくれません。山本さんに来ていただいて、やっとシマフクロウであることが判明したのです。うれしかったですね」

シマフクロウを守る同志求む

 
 シマフクロウの分布地域はロシア沿海地方、サハリン南部、国後島、北海道に限られる。体長は70〜80cmで、翼を広げると2mにも達する日本最大のフクロウだ。かつては北海道全域に棲息していたが、森の伐採などで棲息環境が悪化したため、現在では道東を中心に130羽程度にまで激減してしまった。93年には国内希少野生動植物種に指定されている。平均寿命が20〜30年といわれるシマフクロウは、その容貌から「森の哲学者」とも呼ばれ、アイヌ民族からはコタンコルカムイ(村の守り神)として崇められてきた。

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左:シマフクロウ・エイドの入会案内申込書、会員カードとシマフクロウの羽
下:シマフクロウの巣箱を手入れする菅野さんと直子夫人
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 浜中町で任意団体「シマフクロウを増やす会」を発足させた菅野さんは、93年にシマフクロウ監視員の資格を取得し、96年には日露初のシマフクロウ共同調査のために、沿海州を訪れた。08年には、念願だったNPO「シマフクロウ・エイド」を設立した。エイドが主催する「シマフクロウ保護調査員養成セミナー」は、シマフクロウを守る「同志」を増やすのが目的だ。同志は地元から募るのが理想だと、菅野さんは考えている。
 「浜中町に拠点を置くエイドが、地域ぐるみでシマフクロウを守っていくモデルケースになり、これが道内に広がっていくことを願っています。フィールドワークを中心としたこのセミナーは後継者づくりのための種まきなのです。この組織がシマフクロウという国の天然記念物が観察できる会だと思われても困りますし、生態調査の方法だけ盗まれて撮影などに悪用されるのも困ります。釧路管内のシマフクロウについては私が把握していますが、ほかの地域には、継続的に観察する人間がいない場所もあります。そういう土地に腰を落ち着けて、シマフクロウを守ってくれる人が欲しいのです」
 絶滅の危機に瀕する「森の哲学者」にとって、菅野さんは何よりも心強い擁護者だ。


CONTENTS
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コンテンツ
・自然を大切にする人を育てる幼児教育 内田 幸一さん 信州型自然保育認定園「野あそび保育みっけ」 園長
・企業経営で培った組織のマネジメント 秋山 孝二さん 認定NPO法人 北海道市民環境ネットワーク 理事長
・移住者の視点で森の町の課題に挑む 麻生 翼さん NPO法人 森の生活 代表理事
・生ごみの堆肥化で循環社会を創る たいら由以子さん NPO法人 循環生活研究所 理事長
・「地球の消費者」から「地球の生産者」へ 加藤大吾さん NPO法人 都留環境フォーラム 代表理事
・干潟に子供たちの歓声を取り戻す 足利由紀子さん NPO法人 水辺に遊ぶ会 理事長
・日本型の環境教育を求めて 新田章伸さん NPO法人 里山倶楽部 副代表理事
・カメラに託した「水」への熱き思い 豊田直之さん 写真家
・「月に一度は山仕事!」のすすめ 山本 博さん NPO法人 日本森林ボランティア協会 事務局長
・奥能登の昔ながらの暮らしを“再発見” 萩野由紀さん まるやま組主宰
・北海道から広げる自然教育ネットワーク 燒リ晴光さん NPO法人 ねおす 理事長
・「森のようちえん」は毎日が冒険 原淳一さん NPO法人 アキハロハスアクション 理事長
・東北に国産材のサイクルを築く 大場隆博さん NPO法人 日本の森バイオマスネットワーク 副理事長
・魚食復活をめざし、本日も全力疾走 上田勝彦さん 魚食復興集団 Re-Fish 代表
・「竹害」との戦いにかけた第二の人生 松原幸孝さん NPO法人 かいろう基山 事務局
・ニッポンバラタナゴの楽園を守る 加納義彦さん NPO法人 ニッポンバラタナゴ高安研究会 代表理事
・雁の里から発信「ふゆみずたんぼ」 岩渕成紀さん NPO法人 田んぼ 理事長
・「夢」は最高のエネルギー 杉浦嘉雄さん 日本文理大学 教授
・宮沢賢治に導かれて山村へ 吉成信夫さん NPO法人 岩手子ども環境研究所 理事長
・「海のゆりかご」再生にかける 工藤孝浩さん 神奈川県水産技術センター 主任研究員
・お金に換えられない価値を知る 澁澤寿一さん NPO法人「樹木・環境ネットワーク協会」理事長
・自然界に学ぶ最先端の技術 仲津英治さん 「地球に謙虚に運動」代表
・豊かな森を人づくりに活かす 萩原喜之さん NPO法人「地域の未来・支援センター」理事長
・自然が先生──生きる力を育てる 広瀬敏通さん NPO法人「日本エコツーリズムセンター」代表理事
・ホタルに託した鎮魂の思い 冨工妙子さん ながさきホタルの会・伊良林小学校ホタルの会 会長
・人とトキのかけはしになる 高野毅さん 生椿(はえつばき)の自然を守る会 会長
・民間の力で都立公園の緑を守る 佐藤留美さん NPO法人 NPO birth 事務局長
・花の湿原を守る肝っ玉かあさん 三膳時子さん 認定NPO法人 霧多布湿原トラスト 理事長
・干潟を拠点に人と自然をつなぐ 立山芳輝さん NPO法人 くすの木自然館 理事長
・子どもたちの冒険に寄り添う 佐々木豊志さん NPO法人 くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所 理事長
・北海道にシマフクロウを呼び戻す 菅野正巳さん NPO法人 シマフクロウ・エイド
・ふるさと新城をもう一度桜の名所に 松井章泰さん 「100万本の桜」プロジェクト発起人
・1960年代の武蔵野の自然を取り戻す 佐藤方博さん NPO法人 生態工房
・緑ふたたび──三宅島に苗木と元気を! 宗村秀夫さん NPO法人 「園芸アグリセンター」 理事長
・冬の山中湖を彩るキャンドル 渡辺長敬さん NPO法人 富士山自然学校 代表
・年に10万匹のホタルを育てる 坂井弘司さん 旭川市西神楽ホタルの会 事務局長
・築230年の古民家に生きる 時松和宏さん 大分県九重町 農家民宿「おわて」 主人

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