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わが街の環境マイスター 民間の力で都立公園の緑を守る
高野毅さん
生椿(はえつばき)の自然を守る会 会長

トキの餌場のため、そして子どもたちに足元の自然を見つめてもらうため、いまは住む人もない生まれ故郷の棚田を開放している男性がいる。


「トキは友だち」

 
 佐渡は、沖縄を除けば本州でもっとも大きな島である。沖合いを暖流の対馬海流が流れているため、対岸の新潟市よりも気温が高く、積雪も少ない。
 「生椿の自然を守る会」会長の高野毅さんが生まれ育った集落・生椿は、そんな佐渡で唯一ともいえる豪雪地帯にあった。標高300〜400mの小佐渡山脈のふところに位置し、冬には1m近くの積雪。電気や水道は通っておらず、近年、車が入れる道路ができるまで、麓の村へ行くのに徒歩で2時間以上かかった。
 「私が生まれた昭和18年(1943年)には、生椿の集落は5戸でした。それが年を経るごとに減っていって、とうとう誰も住まなくなりました。私自身も就職をきっかけにいったん島を出て、24歳で戻ってきたときも生椿には戻らず、麓の新穂村に住みました。生椿に最後まで残ったのが私の両親でした」
 佐渡は、日本産トキが最後に生息していた島である。トキが特別天然記念物に指定された1952年、佐渡での生息数は24羽。開発が進んでねぐらを追われ、農薬や化学肥料の影響で餌となる生物が減ったため、トキは年々姿を消していった。高野さんの父・高治さんは、トキの保護活動が本格化するずっと前から、生椿でトキの餌場作りに尽力してきた人物だ。3枚の棚田をビオトープ化して餌場とし、米作りにも農薬は使わず、トキのためになんとかして餌となる生き物を増やそうとしていた。
 
 「小さい集落では、年の近い遊び相手はめったにいません。そこで親父も私も、鳥や虫や草木を友だちがわりに育ってきたわけです。当時は食料増産の時代ですから、米はひと粒でも惜しい。だけど親父は、友だちであるトキが困っているのだから、自分は我慢してもトキの餌場を作ってやりたかったんでしょう」
 佐渡トキ保護センターができた1967年には、トキは12羽まで減っていた。誰よりもトキの生態に詳しかった高治さんは、センターに保護されたトキの飼育係に任命され、生椿から餌となるドジョウを毎日背中にしょって運んだ。
 
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高野さんは田んぼで泥んこになって遊ぶ子どもたちを見るのが大好きだ

父から受け継いだバトンを地域へ

 
高野さんが、1997年に亡くなった父の志を継いで、環境への取り組みを開始したのは2000年、57歳のときだった。直接のきっかけは、トキとの共生を謳う環境再生ビジョンの取り組みの要請を受けたことだが、その原点には父の姿があった。
 高野さんは、高治さんがしていたように、生椿で米作りをしながら、トキの餌場の確保に努めることになった。市の支援事業である「ビオトープ整備事業」を取り入れ、子どもたちと一緒になって棚田や耕作放棄地でビオトープを作ったり、里山の手入れをしたりする。子どもたちとの作業がない日も、毎日車で30分近くかけて生椿まで出向き、手入れに勤しむ日々だ。
 
「昔の子どもは、鎌や鉈(なた)を持って、体で仕事の型を覚えていきました。でも、いまは危ないということでさわらせてもらえない。農作業自体も大型の機械を使うようになって、子どもが体を使って能力を養ったり、自然に触れたりする意欲をそいでしまっている。だから、私は子どもたちと一緒になって鍬やスコップで土を耕し、畦を作って湧き水をせき止め、最後は裸足になって土の上で遊んでもらうようにしています。足の裏は、口や目と同じように物事を理解できる素晴らしい感覚器官。しかも、農薬を使わない田んぼは土が柔らかいんです。スニーカーに覆われていてはもったいない」
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 島外を含む30校ほどから、年間延べ300〜400人の子どもたちを受け入れている。高治さんの代から農薬を使っていない棚田には、生きものがいっぱいだ。子どもたちは目を輝かせてそれらと触れ合う。
 こうした子どもへの教育を機軸としながら、高野さんは地域への働きかけも行っている。講演をしたり、村の寄り合いや老人ホームに出かけて、自然と人間が共生するとはどういうことか、集落はそれにどう関わっていけるのかを一緒に考えてもらう。トキのことはもちろん、佐渡という風土への関心を深めるために、地元学も取り入れつつ話をする。
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山を削って作った小さな棚田が幾重にも重なる生椿。このうちの一部がビオトープとして活用されている

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12月〜2月の繁殖期を迎えるとトキは体が黒灰色になる。首から黒い粉末を分泌し、体にこすりつけるためだ。こうした羽色の変化は他の鳥には見られない
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なぜトキが住めなくなってしまったのか、時代背景を教えながら子どもたちとともに考える
 
 「佐渡の人間にとって、いちばんわかりやすい環境再生のものさしがトキなんです。ずっと一緒に生活してきたんですから。われわれには、一緒に暮らしてきた生き物を追いやってしまったという責任がある。だけど、いまでもトキの放鳥というと、佐渡では嫌われるんですよ。『トキは稲を踏む害鳥』と、親の代からいわれてきたからです。トキが安心して暮らせる社会は、人にとっても安心できる社会だということを、私は伝えていきたいんです」
 佐渡トキ保護センターでは、中国産トキの子孫たちが順調に繁殖し、すでに40羽余りが放鳥され、佐渡の空を舞っている。しかし、この島がトキにとっても人にとっても安心できる環境にならなければ、かつて日本産トキを絶滅に追い込んだ苦い経験を繰り返すことになる。高野さんが子どもたちと地域に託すバトンは、とてつもなく重いのである。
CONTENTS
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コンテンツ
・移住者の視点で森の町の課題に挑む 麻生 翼さん NPO法人 森の生活 代表理事
・生ごみの堆肥化で循環社会を創る たいら由以子さん NPO法人 循環生活研究所 理事長
・「地球の消費者」から「地球の生産者」へ 加藤大吾さん NPO法人 都留環境フォーラム 代表理事
・干潟に子供たちの歓声を取り戻す 足利由紀子さん NPO法人 水辺に遊ぶ会 理事長
・日本型の環境教育を求めて 新田章伸さん NPO法人 里山倶楽部 副代表理事
・カメラに託した「水」への熱き思い 豊田直之さん 写真家
・「月に一度は山仕事!」のすすめ 山本 博さん NPO法人 日本森林ボランティア協会 事務局長
・奥能登の昔ながらの暮らしを“再発見” 萩野由紀さん まるやま組主宰
・北海道から広げる自然教育ネットワーク 燒リ晴光さん NPO法人 ねおす 理事長
・「森のようちえん」は毎日が冒険 原淳一さん NPO法人 アキハロハスアクション 理事長
・東北に国産材のサイクルを築く 大場隆博さん NPO法人 日本の森バイオマスネットワーク 副理事長
・魚食復活をめざし、本日も全力疾走 上田勝彦さん 魚食復興集団 Re-Fish 代表
・「竹害」との戦いにかけた第二の人生 松原幸孝さん NPO法人 かいろう基山 事務局
・ニッポンバラタナゴの楽園を守る 加納義彦さん NPO法人 ニッポンバラタナゴ高安研究会 代表理事
・雁の里から発信「ふゆみずたんぼ」 岩渕成紀さん NPO法人 田んぼ 理事長
・「夢」は最高のエネルギー 杉浦嘉雄さん 日本文理大学 教授
・宮沢賢治に導かれて山村へ 吉成信夫さん NPO法人 岩手子ども環境研究所 理事長
・「海のゆりかご」再生にかける 工藤孝浩さん 神奈川県水産技術センター 主任研究員
・お金に換えられない価値を知る 澁澤寿一さん NPO法人「樹木・環境ネットワーク協会」理事長
・自然界に学ぶ最先端の技術 仲津英治さん 「地球に謙虚に運動」代表
・豊かな森を人づくりに活かす 萩原喜之さん NPO法人「地域の未来・支援センター」理事長
・自然が先生──生きる力を育てる 広瀬敏通さん NPO法人「日本エコツーリズムセンター」代表理事
・ホタルに託した鎮魂の思い 冨工妙子さん ながさきホタルの会・伊良林小学校ホタルの会 会長
・人とトキのかけはしになる 高野毅さん 生椿(はえつばき)の自然を守る会 会長
・民間の力で都立公園の緑を守る 佐藤留美さん NPO法人 NPO birth 事務局長
・花の湿原を守る肝っ玉かあさん 三膳時子さん 認定NPO法人 霧多布湿原トラスト 理事長
・干潟を拠点に人と自然をつなぐ 立山芳輝さん NPO法人 くすの木自然館 理事長
・子どもたちの冒険に寄り添う 佐々木豊志さん NPO法人 くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所 理事長
・北海道にシマフクロウを呼び戻す 菅野正巳さん NPO法人 シマフクロウ・エイド
・ふるさと新城をもう一度桜の名所に 松井章泰さん 「100万本の桜」プロジェクト発起人
・1960年代の武蔵野の自然を取り戻す 佐藤方博さん NPO法人 生態工房
・緑ふたたび──三宅島に苗木と元気を! 宗村秀夫さん NPO法人 「園芸アグリセンター」 理事長
・冬の山中湖を彩るキャンドル 渡辺長敬さん NPO法人 富士山自然学校 代表
・年に10万匹のホタルを育てる 坂井弘司さん 旭川市西神楽ホタルの会 事務局長
・築230年の古民家に生きる 時松和宏さん 大分県九重町 農家民宿「おわて」 主人

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