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わが街の環境マイスター ホタルに託した鎮魂の思い
冨工妙子さん
ながさきホタルの会・伊良林小学校ホタルの会 会長

甚大な被害を蒙った長崎大水害から約30年。
コンクリートに囲まれて様変わりした川に、昔の面影とホタルが蘇ってきた。


死者のためにも、川にホタルを呼び戻したい

 
 1982年7月23日、すさまじい集中豪雨が長崎市を襲った。午後8〜10時までのわずか3時間で、6月のひと月分の雨が降り注いだのだ。停電で暗くなった街に、容赦なく土砂崩れや鉄砲水が襲いかかる。この長崎大水害で、市内の死者・行方不明者は299名にも達した。
 「ここ御手水(おちょうず)川も鉄砲水が発生した場所です。家が流され、伊良林小学校に通う児童3名、保護者7名が亡くなりました。地元ではいまでも忘れることができない出来事です」
 こう語るのは、「伊良林小学校ホタルの会」会長の冨工妙子さん。会は大水害の翌年に結成された。 当時、冨工さんはPTAの副会長だった。
 「伊良林地区は、ホタルの名所として知られた場所です。昔は家に入ってくるほどたくさんのホタルが飛び交っていました。でも、大水害でめちゃくちゃになった川は、大部分が三面コンクリートに改修され、ホタルは姿を消してしまった。以前のようにホタルが美しく舞ってくれれば、犠牲者の魂も慰められるのでは――そう考えて、PTAを中心に活動を始めたのです」
 
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「30年無我夢中でしたが、自分の目的はそろそろ果たしたかなという思いがあります」と冨工さん

 
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初夏の長崎を舞うホタル。成虫は朝露を飲むだけで餌は食べず、1週間ほどの短い生を終える
 
 長崎市には各地にホタルの会が点在している。89年にそれらを取りまとめる「ながさきホタルの会」が発足、今ではその会長まで務める冨工さんだが、活動当初はまったくの手探りだったという。
 「当時はカワニナ(巻貝の一種)がホタルの幼虫のエサになることすら知らなかったんです。そんな初歩的なところから勉強しつつ、市にかけ合って、河川改修の際に川の両側の雑木林をつぶして芝生にする予定だったのをなんとか残してもらったり、コンクリートになってしまった川底に丸太を置いて泥を溜め、生きものが生息できるようにしたり……。この御手水川にホタルが自然発生するまでに、10年かかりました。いまは、活動の幅を市全域に広げていますが、やっぱりその原点であるこの場所が、一番思い入れが強いんです」

人と人とをつなぐ自然からの贈り物

 
ホタルの会では、2カ月に1回、市内の川掃除をおこなっている。川の汚れ具合の情報を持ち寄って、そのつど清掃場所を決めるそうだ。
 伊良林小学校でも、ホタルの会と協力して、学校横を流れる中島川の清掃に取り組んでいる。中島川は、御手水川の下流にあたる川だ。
 また、毎年5、6年生からホタル委員が決まり、ホタルの飼育と放流も行っている。5月にホタルを採集して産卵させ、孵化した幼虫には体とほぼ同じ大きさのカワニナを与えて育てていく。カワニナは近くの川で捕るが、ホタルが翌年の3月にさなぎになるまで採集をつづけるのは大変な仕事だ。
 学校には「ホタル川」と呼ばれる人工の小川が流れ、中島川へと注いでいる。ここでは採ったカワニナの養殖や、育てたホタルの放流が行われる。水道水では幼虫が育たないため、流れる水はポンプで汲み上げた井戸水だ。冨工さんはこれらの活動の音頭を取りながら、毎年3年生の環境教育も担当している。
「私は76歳ですが、この年で小学生と手をつなげるなんて、本当に嬉しいことです。ホタルを通して地元の人たちとの交流も増え、こうしたつながりが、長年の活動を支えてくれたのだと感じています」
 
 シーズンになると、市役所にはホタルの発生地とその数を知らせる「ホタル情報」が掲示される。長崎新聞でも同じ情報を掲載してくれるため、地元の人々はその情報を元に三々五々と集まってくる。
 しかし、会の発足当初は役所の理解が得られず苦労したという。その対応に手応えが感じられるようになったのは、ホタルの自然発生が見られるようになった10年目ごろからだ。
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ホタルが住めるふるさとの川を取り戻すため、川掃除や山への植樹などに住民みんなで取り組んでいる。下は伊良林小学校のホタル委員会による中島川の水質検査

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市に働きかけて川底のコンクリートをはがした御手水川。生きものの住処ができた
 
 「ボランティアには限度があります。行政と協力できなければ、街はなかなか変われない。活動10年目ぐらいからようやく、それまでの実績を見て理解してくださるようになり、いまは非常にいい関係です」
 市では冨工さんらの提言を受け、川底のコンクリートを一部はがしたり、暗渠化して駐車場にしていた水路を元に戻したりと、自然な川をなるべく取り戻すため、協力して事に当たっている。
 「東日本大地震が起きたとき、“私たちの会も大水害から始まったんだから”と、義援金を送りました。長崎は原爆が投下された街でもありますが、そのつど復興を果たしています。だから震災で崩壊した街も、必ず復興する。災害は痛ましいものですが、人と人、人と自然のつながりに気づかせてくれるという側面もあるのではないでしょうか。私自身、ホタルに関わったおかげで、豊かな暮らしができたかな、と感じています」
CONTENTS
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コンテンツ
・移住者の視点で森の町の課題に挑む 麻生 翼さん NPO法人 森の生活 代表理事
・生ごみの堆肥化で循環社会を創る たいら由以子さん NPO法人 循環生活研究所 理事長
・「地球の消費者」から「地球の生産者」へ 加藤大吾さん NPO法人 都留環境フォーラム 代表理事
・干潟に子供たちの歓声を取り戻す 足利由紀子さん NPO法人 水辺に遊ぶ会 理事長
・日本型の環境教育を求めて 新田章伸さん NPO法人 里山倶楽部 副代表理事
・カメラに託した「水」への熱き思い 豊田直之さん 写真家
・「月に一度は山仕事!」のすすめ 山本 博さん NPO法人 日本森林ボランティア協会 事務局長
・奥能登の昔ながらの暮らしを“再発見” 萩野由紀さん まるやま組主宰
・北海道から広げる自然教育ネットワーク 燒リ晴光さん NPO法人 ねおす 理事長
・「森のようちえん」は毎日が冒険 原淳一さん NPO法人 アキハロハスアクション 理事長
・東北に国産材のサイクルを築く 大場隆博さん NPO法人 日本の森バイオマスネットワーク 副理事長
・魚食復活をめざし、本日も全力疾走 上田勝彦さん 魚食復興集団 Re-Fish 代表
・「竹害」との戦いにかけた第二の人生 松原幸孝さん NPO法人 かいろう基山 事務局
・ニッポンバラタナゴの楽園を守る 加納義彦さん NPO法人 ニッポンバラタナゴ高安研究会 代表理事
・雁の里から発信「ふゆみずたんぼ」 岩渕成紀さん NPO法人 田んぼ 理事長
・「夢」は最高のエネルギー 杉浦嘉雄さん 日本文理大学 教授
・宮沢賢治に導かれて山村へ 吉成信夫さん NPO法人 岩手子ども環境研究所 理事長
・「海のゆりかご」再生にかける 工藤孝浩さん 神奈川県水産技術センター 主任研究員
・お金に換えられない価値を知る 澁澤寿一さん NPO法人「樹木・環境ネットワーク協会」理事長
・自然界に学ぶ最先端の技術 仲津英治さん 「地球に謙虚に運動」代表
・豊かな森を人づくりに活かす 萩原喜之さん NPO法人「地域の未来・支援センター」理事長
・自然が先生──生きる力を育てる 広瀬敏通さん NPO法人「日本エコツーリズムセンター」代表理事
・ホタルに託した鎮魂の思い 冨工妙子さん ながさきホタルの会・伊良林小学校ホタルの会 会長
・人とトキのかけはしになる 高野毅さん 生椿(はえつばき)の自然を守る会 会長
・民間の力で都立公園の緑を守る 佐藤留美さん NPO法人 NPO birth 事務局長
・花の湿原を守る肝っ玉かあさん 三膳時子さん 認定NPO法人 霧多布湿原トラスト 理事長
・干潟を拠点に人と自然をつなぐ 立山芳輝さん NPO法人 くすの木自然館 理事長
・子どもたちの冒険に寄り添う 佐々木豊志さん NPO法人 くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所 理事長
・北海道にシマフクロウを呼び戻す 菅野正巳さん NPO法人 シマフクロウ・エイド
・ふるさと新城をもう一度桜の名所に 松井章泰さん 「100万本の桜」プロジェクト発起人
・1960年代の武蔵野の自然を取り戻す 佐藤方博さん NPO法人 生態工房
・緑ふたたび──三宅島に苗木と元気を! 宗村秀夫さん NPO法人 「園芸アグリセンター」 理事長
・冬の山中湖を彩るキャンドル 渡辺長敬さん NPO法人 富士山自然学校 代表
・年に10万匹のホタルを育てる 坂井弘司さん 旭川市西神楽ホタルの会 事務局長
・築230年の古民家に生きる 時松和宏さん 大分県九重町 農家民宿「おわて」 主人

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