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わが街の環境マイスター お金に換えられない価値を知る
澁澤寿一さん
NPO法人「樹木・環境ネットワーク協会」理事長

日本の近代化に尽力し、熱心な社会活動でも知られる明治の偉人・澁澤栄一。
澁澤家の伝統は、森づくり・社会づくりに携わる曾孫・寿一氏にも受け継がれている。


生きるための農業とお金に換えるための農業
 
 農学博士であり、ハウステンボスの取締役を務め、海外を飛び回って社会活動に携わってきた──そんな異色の経歴を持つのがNPO法人「樹木・環境ネットワーク協会」で理事長を務める澁澤寿一さんだ。
 澁澤さんが社会活動に興味を持つ最初の契機となったのは、28歳で東京農業大学大学院を卒業し、国際協力事業団の専門家として南米パラグアイに赴いたことだった。
 じつはそこには、澁澤さんが高校生のころ親しくしていた、栃木県那須野が原の人々の開拓団があるはずだった。那須野が原は、満州開拓団の引揚者の集落で、澁澤さんが大学に入るころ、集落ごとパラグアイに移住することになったのだ。
 ところが、澁澤さんが現地に赴いたときには、すでに開拓団は離散。「移住者には国が100haの土地を用意してくれるということで、みんな希望を持っていました。でも行ってみれば、土地はやせていて農業に向かず、日本人には広大な土地を耕す農業スタイルがなかったため、大変苦しい思いをされたようです」
 澁澤さん自身、パラグアイで農業指導に当たるうちに、日本の農業との違いに疑問を抱くようになった。
 
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全国各地を飛び回り、1年のうち280日は森で過ごすという澁澤さん

 
「日本で僕たちが習っている農業は、限られた土地でどうやって作物を得られるかというものです。日本の狭い国土のなかでどう生きるかという農業なんです。でも向こうは利潤を追求するための大規模農業。生きるためではなく、お金にどう換えるかという農業です。この二つを見て非常に考えさせられましたね」
 こうしたわだかまりを持ったまま帰国し、その後は大学院時代に農業指導をしていた長崎県の農事組合法人から誘いを受け、オランダ村やハウステンボスの運営に携わった。
 
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澁澤さんが副理事長を務める「共存の森ネットワーク」では、大学生などの若者世代が中心となって地域ボランティアをおこなっている。写真は千葉県市原市での炭焼き活動
 
 もともとハウステンボスは「環境モデル都市」としてつくられたテーマパークだ。最先端のテクノロジーを徹底的に取り入れ、「あれ以上環境にいい街はまだない」と澁澤さんが言うほどだった。
「当時、僕はアジアからの留学生の奨学金財団の手伝いもしていたので、彼らを水俣に連れていって公害の実態を見てもらったり、ハウステンボスで将来的な環境問題の解決法について考えてもらったりしていました。でも、学生たちはハウステンボスに来ると初日はすごく喜ぶのに、2日目からは顔が暗くなる。“これは日本というお金持ちの国だからできることだ。お金がないと解決できないのか”と落ち込むわけです」
 彼らの顔を見て悩んだ末、澁澤さんは43歳で職を辞し、海外での社会活動に加わることにした。中国では内陸部の企業の建て直しや石炭問題のアドバイザーをし、戦争で荒廃したベトナムやミャンマーでは、マングローブの植林活動をおこなった。

ミッションは持続可能な社会づくり
 
 南米のエクアドルでもマングローブの植林に精を出した。ここでは世界で一番古いといわれるマングローブ林が、日本人の食べるエビの養殖のために乱開発されていた。
「マングローブ林を切り拓いて穴を掘り、海水を入れるだけでエビが育つんですね。現地にはお金がありませんから、簡単に大金を得られる手段なんです。でもその代わり、自給自足が可能だった豊かな自然はなくなってしまう。お金は入ってきても、生活は成り立たなくなるんです」
 日本には、生きるための知恵と密接に結びついた農業がある。自然を活かし、うまく共生していく知恵だ。しかし産業化が進めば、過去の知恵はどんどん失われていく。
 エクアドルなどでの経験を経て、そうした知恵がいかに大切かに思い至った澁澤さんは、90年代後半から活動拠点を日本に移し、「樹木・環境ネットワーク協会」の理事長を引き受けることにした。
「樹木・環境ネットワーク協会」は、60年に設立された「樹木保護協会」が母体となっており、当時は樹医らが神社の古木の保護や技の継承などをおこなう団体だった。しかし、澁澤さんが理事長を引き受けるにあたって、「樹だけでなく、森や社会とも関わりたい」ということを条件として、名前を変えた。
 
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樹木・環境ネットワーク協会がおこなうグリーンセイバー検定には幅広い知識が必要だ。上=検定のためのスクーリング。下=グリーンセイバーが案内人となる「子どもワクワクプロジェクト」のひとこま

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今年で10年目を迎える「聞き書き甲子園」。“名人”と呼ばれるお年寄りを高校生が訪ね、一対一で記録をとる。自然と長年向かい合ってきた名人の言葉はどれも深く重い
 
 主な活動はグリーンセイバーという環境検定の設立や環境教育、森林保全などだが、主眼を置いているのが「森を核とした持続可能な社会づくり」だ。そのためには森だけでなく、そこで暮らす人々も見つめる必要がある。
 そこで、林野庁とも連動し、森と関わって生きてきたお年寄りの話を高校生が記録する「聞き書き甲子園」を02年から実施している。現在は若者で構成される「共存の森ネットワーク」が運営し、協会はそれをバックアップする態勢をとっている。
 また、最近はCSR(企業の社会的責任)が重視されているため、企業を巻き込んだ森づくりのコーディネートを依頼されることも多い。森を活用した人づくり、地域づくりを目指す愛知県豊田市の「豊森なりわい塾」もそのひとつで、澁澤さんはプロジェクトの実行委員長を務めている。
「お金やテクノロジーをどれだけ費やしても、環境問題は解決しない。その答えは結局、人間関係のなかにあると思うんです。人々がどういうことを価値だと思い、どうやって他人と結びついていくか──そういうことを創り出すのが、じつは環境問題の一番の根本なんじゃないかと。ですから、うちのミッションは森づくりではなく社会づくりなんです」
CONTENTS
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コンテンツ
・移住者の視点で森の町の課題に挑む 麻生 翼さん NPO法人 森の生活 代表理事
・生ごみの堆肥化で循環社会を創る たいら由以子さん NPO法人 循環生活研究所 理事長
・「地球の消費者」から「地球の生産者」へ 加藤大吾さん NPO法人 都留環境フォーラム 代表理事
・干潟に子供たちの歓声を取り戻す 足利由紀子さん NPO法人 水辺に遊ぶ会 理事長
・日本型の環境教育を求めて 新田章伸さん NPO法人 里山倶楽部 副代表理事
・カメラに託した「水」への熱き思い 豊田直之さん 写真家
・「月に一度は山仕事!」のすすめ 山本 博さん NPO法人 日本森林ボランティア協会 事務局長
・奥能登の昔ながらの暮らしを“再発見” 萩野由紀さん まるやま組主宰
・北海道から広げる自然教育ネットワーク 燒リ晴光さん NPO法人 ねおす 理事長
・「森のようちえん」は毎日が冒険 原淳一さん NPO法人 アキハロハスアクション 理事長
・東北に国産材のサイクルを築く 大場隆博さん NPO法人 日本の森バイオマスネットワーク 副理事長
・魚食復活をめざし、本日も全力疾走 上田勝彦さん 魚食復興集団 Re-Fish 代表
・「竹害」との戦いにかけた第二の人生 松原幸孝さん NPO法人 かいろう基山 事務局
・ニッポンバラタナゴの楽園を守る 加納義彦さん NPO法人 ニッポンバラタナゴ高安研究会 代表理事
・雁の里から発信「ふゆみずたんぼ」 岩渕成紀さん NPO法人 田んぼ 理事長
・「夢」は最高のエネルギー 杉浦嘉雄さん 日本文理大学 教授
・宮沢賢治に導かれて山村へ 吉成信夫さん NPO法人 岩手子ども環境研究所 理事長
・「海のゆりかご」再生にかける 工藤孝浩さん 神奈川県水産技術センター 主任研究員
・お金に換えられない価値を知る 澁澤寿一さん NPO法人「樹木・環境ネットワーク協会」理事長
・自然界に学ぶ最先端の技術 仲津英治さん 「地球に謙虚に運動」代表
・豊かな森を人づくりに活かす 萩原喜之さん NPO法人「地域の未来・支援センター」理事長
・自然が先生──生きる力を育てる 広瀬敏通さん NPO法人「日本エコツーリズムセンター」代表理事
・ホタルに託した鎮魂の思い 冨工妙子さん ながさきホタルの会・伊良林小学校ホタルの会 会長
・人とトキのかけはしになる 高野毅さん 生椿(はえつばき)の自然を守る会 会長
・民間の力で都立公園の緑を守る 佐藤留美さん NPO法人 NPO birth 事務局長
・花の湿原を守る肝っ玉かあさん 三膳時子さん 認定NPO法人 霧多布湿原トラスト 理事長
・干潟を拠点に人と自然をつなぐ 立山芳輝さん NPO法人 くすの木自然館 理事長
・子どもたちの冒険に寄り添う 佐々木豊志さん NPO法人 くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所 理事長
・北海道にシマフクロウを呼び戻す 菅野正巳さん NPO法人 シマフクロウ・エイド
・ふるさと新城をもう一度桜の名所に 松井章泰さん 「100万本の桜」プロジェクト発起人
・1960年代の武蔵野の自然を取り戻す 佐藤方博さん NPO法人 生態工房
・緑ふたたび──三宅島に苗木と元気を! 宗村秀夫さん NPO法人 「園芸アグリセンター」 理事長
・冬の山中湖を彩るキャンドル 渡辺長敬さん NPO法人 富士山自然学校 代表
・年に10万匹のホタルを育てる 坂井弘司さん 旭川市西神楽ホタルの会 事務局長
・築230年の古民家に生きる 時松和宏さん 大分県九重町 農家民宿「おわて」 主人

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