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わが街の環境マイスター 「海のゆりかご」再生にかける
工藤孝浩さん
神奈川県水産技術センター主任研究員

かつて東京湾を取り囲んでいたアマモ場は、いまは見る影もなくなった。しかし、再生に取り組む人々の地道な努力が実り、前途に希望が見えてきた。


転機をもたらしたクサフグの産卵
 
 アマモは「藻(も)」つまり「海藻」の一種だと思われやすいが、じつはそうではなく、「海草」の一種だ。昆布やワカメなど海藻は胞子で増えるが、アマモは花を咲かせ、地下茎や種子で増える。砂地に根を張り、早春から初夏にかけて葉が茂るため、多種多様な生き物を育む「海のゆりかご」として不可欠なのだが、高度経済成長期以降、埋め立てや開発が進んだ結果、東京湾を囲むように点在していたアマモ場の多くが失われてしまった。
 そこで、アマモを人工的に植えることで、もう一度、豊かな海を取り戻そうと、一般市民やNPO、民間企業、行政が連携し、さまざまなアマモ場再生プロジェクトが進められている。その中心メンバーの一人が、神奈川県水産技術センターの工藤孝浩さんだ。
 高度成長期のただなかに横浜で生まれ育った工藤さんは、自然を求めて自転車であちこち探索に出かけ、横浜港でカニやフナムシなどの生き物を発見。以来、足しげく港に通い、そのうち釣りも覚えた。高校では生物部に所属、部活動の一環と称して釣り竿持参で登校したそうだ。とはいえ水産関係では将来食べられないとの周囲の意見に流されて文系に進んだが、ある日、部室にあった科学雑誌で見たクサフグの産卵シーンが、進路を大きく変える契機になる。
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平日も週末も海とは切っても切れない生活だが、「好きでやってることですから、苦にはなりません」と工藤さん

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採集した花枝は海水を循環させた水槽に収容し、花枝についた小さな種子(右上)が黒く熟して落ちたら、回収・保管して種蒔きや育苗に用いる
 
「クサフグは梅雨の大潮の満潮時の夕方、集団に波打ち際に押し寄せて集団で産卵するという神秘的な行動を取るんですが、釣りであちこちの海辺を見ているので、それがすぐ近くの海岸だとわかり、潮回りで日時も特定できた。これは絶対自分の目で見たいと思って現地へ行って、大自然の不思議にガーンと打たれました」
 卵を持ち帰って子フグを育て始めたのはいいが、エサなど市販されていない。そこで「ここならあるはず」と、エサを分けてもらいに行った先が、なんと現在の職場である城ヶ島の水産試験場だったのである。
「将来まさかここで働くなんて……タイムマシンがあったら、過去の自分に教えてやりたいですよ(笑)」
 クサフグに導かれるように水産関係の大学に進み、地元の海に関わる仕事がしたいと県の水産職に就いた。しかし、最初は背広にネクタイで県庁勤務の日々。 「海とのつながりを絶ちたくないという思いもあって、就職後も月に1回、海に潜って生き物の数を記録する調査を自主的に続けました」

 
 アマモは、工藤さんにとって学生時代から気になる存在だった。横浜の海の魚を卒論のテーマに選び、定期的に海に潜って観察を続けるうちに、いつも視界に入るアマモが減り続けているのを体感したからだ。
 初めてアマモの再生活動にかかわったのは2000年で、市民団体が始めたボランティア活動に、県職員だった工藤さんも一市民として参加。この年は根づかなかったが、いま思えば不幸中の幸いだったという。蒔いた種子が岡山県産で、遺伝子の攪乱につながりかねなかったためだ。その後、アマモには各地で固有の遺伝子があることがわかり、いまでは地元の種子を植えることが原則になっている。
 専門的な立場で水産行政が活動に参加する必要性を感じた工藤さんの働きかけもあり、翌年には県の水産技術センターとして新しいアマモ場再生事業に着手。徐々に注目を集め、2003年には国の予算がついた。
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根元を紙粘土で巻いた移植用の苗
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アマモ場はタツノオトシゴにとっても格好の住処だ

少数の専門家より多数の素人
 
 アマモの再生はまさに人海戦術なくしては成立しない。まず、種子は落ちるや否や波にさらわれてしまうため、それが落ちる前の「花(か)枝(し)」を採集する必要がある。また、集めた花枝を水槽に生け込み、熟して落ちた種子を集めるのだが、この種子の選別作業にも人手がかかる。最後の植え付けは、種子をじかに蒔く場合は専門のダイバーがおこなうが、水槽の苗床で育てた苗を引き潮時に田植えの要領で移植する作業は素人でも十分可能だ。
「花枝の採集などは専門家が数人でやるより、素人が何十人でやったほうが断然早いですし、潮が引いた浜辺に入って作業するといろんな生き物がいて、おもしろいんです。ちょうどアマモ場に産卵に来たイカを手づかみにする子どももいますよ」
 肝心の海はかつての姿を取り戻しつつあるのだろうか。工藤さんによれば、植えたアマモがすっかり根づいて、自然に落ちた種子だけでアマモ場が保たれ、多くの生き物が棲み着いている場所――たとえば金沢八景――がある一方で、なかなか根づかない場所もあるという。
 「アマモは気むずかしいんです。砂地に根を張るので、浅すぎると波に根っこが掘られてしまうし、深すぎると光が届きにくく、育つ水深帯の幅が非常に狭い。高水温にも弱く、酷暑といわれた2010年には多くのアマモ場が枯れてしまいました」
 しっかり定着したアマモ場であれば、いったん枯れても2年もたてば元どおりに復活するそうだが、点が面になるにはまだまだ継続した地道な活動が必要というわけだ。
「今後は金沢八景のように安定した、核になるアマモ場を何カ所かつくっていきたいです。そうすれば、自然の変動が起こっても供給が補えるので。できれば県主体ではなく、各地域ごとにアマモの世話をする方々が出てきてほしいですね」
 
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アマモ場の生物について説明する工藤さん
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潮が引いた海で花枝採集を楽しむ学生たち
CONTENTS
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コンテンツ
・自然を大切にする人を育てる幼児教育 内田 幸一さん 信州型自然保育認定園「野あそび保育みっけ」 園長
・企業経営で培った組織のマネジメント 秋山 孝二さん 認定NPO法人 北海道市民環境ネットワーク 理事長
・移住者の視点で森の町の課題に挑む 麻生 翼さん NPO法人 森の生活 代表理事
・生ごみの堆肥化で循環社会を創る たいら由以子さん NPO法人 循環生活研究所 理事長
・「地球の消費者」から「地球の生産者」へ 加藤大吾さん NPO法人 都留環境フォーラム 代表理事
・干潟に子供たちの歓声を取り戻す 足利由紀子さん NPO法人 水辺に遊ぶ会 理事長
・日本型の環境教育を求めて 新田章伸さん NPO法人 里山倶楽部 副代表理事
・カメラに託した「水」への熱き思い 豊田直之さん 写真家
・「月に一度は山仕事!」のすすめ 山本 博さん NPO法人 日本森林ボランティア協会 事務局長
・奥能登の昔ながらの暮らしを“再発見” 萩野由紀さん まるやま組主宰
・北海道から広げる自然教育ネットワーク 燒リ晴光さん NPO法人 ねおす 理事長
・「森のようちえん」は毎日が冒険 原淳一さん NPO法人 アキハロハスアクション 理事長
・東北に国産材のサイクルを築く 大場隆博さん NPO法人 日本の森バイオマスネットワーク 副理事長
・魚食復活をめざし、本日も全力疾走 上田勝彦さん 魚食復興集団 Re-Fish 代表
・「竹害」との戦いにかけた第二の人生 松原幸孝さん NPO法人 かいろう基山 事務局
・ニッポンバラタナゴの楽園を守る 加納義彦さん NPO法人 ニッポンバラタナゴ高安研究会 代表理事
・雁の里から発信「ふゆみずたんぼ」 岩渕成紀さん NPO法人 田んぼ 理事長
・「夢」は最高のエネルギー 杉浦嘉雄さん 日本文理大学 教授
・宮沢賢治に導かれて山村へ 吉成信夫さん NPO法人 岩手子ども環境研究所 理事長
・「海のゆりかご」再生にかける 工藤孝浩さん 神奈川県水産技術センター 主任研究員
・お金に換えられない価値を知る 澁澤寿一さん NPO法人「樹木・環境ネットワーク協会」理事長
・自然界に学ぶ最先端の技術 仲津英治さん 「地球に謙虚に運動」代表
・豊かな森を人づくりに活かす 萩原喜之さん NPO法人「地域の未来・支援センター」理事長
・自然が先生──生きる力を育てる 広瀬敏通さん NPO法人「日本エコツーリズムセンター」代表理事
・ホタルに託した鎮魂の思い 冨工妙子さん ながさきホタルの会・伊良林小学校ホタルの会 会長
・人とトキのかけはしになる 高野毅さん 生椿(はえつばき)の自然を守る会 会長
・民間の力で都立公園の緑を守る 佐藤留美さん NPO法人 NPO birth 事務局長
・花の湿原を守る肝っ玉かあさん 三膳時子さん 認定NPO法人 霧多布湿原トラスト 理事長
・干潟を拠点に人と自然をつなぐ 立山芳輝さん NPO法人 くすの木自然館 理事長
・子どもたちの冒険に寄り添う 佐々木豊志さん NPO法人 くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所 理事長
・北海道にシマフクロウを呼び戻す 菅野正巳さん NPO法人 シマフクロウ・エイド
・ふるさと新城をもう一度桜の名所に 松井章泰さん 「100万本の桜」プロジェクト発起人
・1960年代の武蔵野の自然を取り戻す 佐藤方博さん NPO法人 生態工房
・緑ふたたび──三宅島に苗木と元気を! 宗村秀夫さん NPO法人 「園芸アグリセンター」 理事長
・冬の山中湖を彩るキャンドル 渡辺長敬さん NPO法人 富士山自然学校 代表
・年に10万匹のホタルを育てる 坂井弘司さん 旭川市西神楽ホタルの会 事務局長
・築230年の古民家に生きる 時松和宏さん 大分県九重町 農家民宿「おわて」 主人

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