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わが街の環境マイスター 「夢」は最高のエネルギー
杉浦嘉雄さん
日本文理大学 教授

失われた里山を再生させれば、100年後、
九州にもトキがやってくる ──
壮大なロマンはどこから生まれたのか。


人を動かすのは科学より物語
 
 日本産トキは2003年に絶滅した。「ニッポニア・ニッポン」の学名が示すように、かつて日本の里山では身近な鳥のひとつだったトキを、100年後に九州に呼び戻そうという壮大な計画がある。大分県の日本文理大学で環境・地域創生コースを担当する杉浦嘉雄さんは、この計画の生みの親だ。
「10年余り前、はじめて中国陝西省へ、トキの視察に行ったとき、昔の日本の里山そのままの風景に出会いました。クヌギの林がトキたちのねぐらになっていて、夕方になると次々に舞い降りてくる。日本人は便利な生活を手に入れたけれど、ひきかえにトキを滅ぼしてしまった。それでいいのか、と猛烈に恥ずかしく思ったものです」
 九州では1890年、英国の鳥類学者が「トキは留鳥」と書いた記録がある。トキのすめる里山が100年かけて失われたなら、次の100年で復活させることが可能なのではないか ── 中国や佐渡トキ保護センターで野生復帰事業が進められているとはいえ、雲をつかむような話である。最初は誰も本気でとりあってくれなかった“夢”が、一気に具体化したのは、大分県九重町の地域づくりグループとの出会いがきっかけだ。メンバーのほとんどは地元で40年の歴史をもつ「九重(くじゅう)の自然を守る会」に属し、エコロジーとエコノミーを両立させる手腕を備えていた。
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九重ふるさと自然学校で、運営について話し合う(左から2人目が杉浦さん。上は九重高原)

 
 「人口が少ない九重町では、環境保護も、人づくりも、なりわいづくりも、皆がかけもちせざるを得ない。それだけに縦割りの弊害がなく、話が早いのです。なにしろ最初の会合に、地域づくりの会はむろんのこと、町長から町議会議長、教育委員会、婦人会、JAまで、30人もの人たちが集まってくれて、突っ込んだ質問がつぎつぎと出た。驚きました。私の夢が、ただの夢想ではなくなった瞬間でした」
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鳥が人生を変えた ── 筋金入りのバードウォッチャーだ
 
 2004年、NPO法人「九重トキゆめプロジェクト21」が誕生、07年、九重町に「九重ふるさと自然学校」を開いたセブン−イレブン記念財団も、この計画を後押しした。
「福岡市と北九州市にはかつてトキがいたことが記録に残っていますが、残念ながら大分県にいたという記録はまだ見つかっていません。このまま見つからないかもしれないし、もしかしたら100年たってもトキは来ないかもしれない。でも、夢を追う過程で、生き物の宝庫である里山が再生して、里山の大切さを知る子どもたちが育ち、ブランド米やエコツアーで地域経済が活性化するなら、それでいいと思っているんです。これまでおこなわれてきた自然保護、生態系の保全は、いまその場所にあるものを絶滅から守ろうとする運動でした。もちろんそれは正しいのですが、生態学的調査に時間がかかる上に、わくわくするような物語性に乏しいため、運動の輪が広がらず、そうしているうちに生物がどんどん減ってしまっている事例が多いのが実情です。科学的な正しさだけではなく、人々の関心をひきつける物語性があってはじめて、環境保護という車の両輪がそろうのではないでしょうか。私はこれを『夢創造型の地域づくり』と呼んでいます」

次なる夢は里山ネットワーク
 
 杉浦さんを大分に導いたのは、もとはといえば「鳥」の縁だった。
「東京で大学を出て、中学の理科教員として赴任した直後に、結核にかかって入院してしまったんです。病気はごく初期で、ヒマにあかせて双眼鏡で野鳥を観察しているうちに、鳥たちの美しさ、生態の面白さにとりつかれました。自分の命のエネルギーが低下しているときだからこそ、命の輝きがきれいに見えたのかもしれません。おかげですっかり鳥好きの教員になって職場復帰しました。宮沢賢治の本をじっくり読めたのも入院中ですし、いま思えば病気は私にとって大きなプレゼントでした」
 
 やがて「鳥を仕事にしたい」という思いが高じて、環境保護団体に2度の転職、90年代当時、まだ少なかった環境教育の専門家として各地を奔走した。妻の故郷でもあった大分県の大学に拠点を定めたのは97年のことだ。
「環境教育の先達として宮沢賢治に学ぶところ大でした。賢治はあの時代に70種もの野鳥を見分けられるほどの観察者であると同時に、関心のない人にも自然界の感動を伝えられる偉大なインタープリター(通訳者)でした。そして、イーハトーブという理想郷を築こうとした。私にとって大分は、いわば南国のイーハトーブなのです」
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「出雲で分散飼育されているトキが将来放鳥されれば、九州が受け皿になるでしょう」

 
 いま、杉浦さんが力を入れているのが、同じ大分県の竹田市岡本地区での「トキもすめる里づくり」だ。魚道をつくるなど、生態系に配慮した圃場整備を進めるいっぽう、地元小学校の生徒たちも自分たちでビオトープを設計し、工事を手伝った。
「次の課題は、九州に里山ネットワークをつくることです。大分の2カ所に加えて、福岡に1カ所、鹿児島に1カ所、提携拠点ができました。これをさらに増やして、点が線になれば、野鳥の生息範囲は格段に広がる。九州がもっとも先進的な里山再生のモデルケースになる日が、いつの日かかならず来るでしょう」
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竹田市立岡本小学校の子らによるカワセミのためのビオトープ「くじら池」の案(上)と、その実施例
CONTENTS
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コンテンツ
・移住者の視点で森の町の課題に挑む 麻生 翼さん NPO法人 森の生活 代表理事
・生ごみの堆肥化で循環社会を創る たいら由以子さん NPO法人 循環生活研究所 理事長
・「地球の消費者」から「地球の生産者」へ 加藤大吾さん NPO法人 都留環境フォーラム 代表理事
・干潟に子供たちの歓声を取り戻す 足利由紀子さん NPO法人 水辺に遊ぶ会 理事長
・日本型の環境教育を求めて 新田章伸さん NPO法人 里山倶楽部 副代表理事
・カメラに託した「水」への熱き思い 豊田直之さん 写真家
・「月に一度は山仕事!」のすすめ 山本 博さん NPO法人 日本森林ボランティア協会 事務局長
・奥能登の昔ながらの暮らしを“再発見” 萩野由紀さん まるやま組主宰
・北海道から広げる自然教育ネットワーク 燒リ晴光さん NPO法人 ねおす 理事長
・「森のようちえん」は毎日が冒険 原淳一さん NPO法人 アキハロハスアクション 理事長
・東北に国産材のサイクルを築く 大場隆博さん NPO法人 日本の森バイオマスネットワーク 副理事長
・魚食復活をめざし、本日も全力疾走 上田勝彦さん 魚食復興集団 Re-Fish 代表
・「竹害」との戦いにかけた第二の人生 松原幸孝さん NPO法人 かいろう基山 事務局
・ニッポンバラタナゴの楽園を守る 加納義彦さん NPO法人 ニッポンバラタナゴ高安研究会 代表理事
・雁の里から発信「ふゆみずたんぼ」 岩渕成紀さん NPO法人 田んぼ 理事長
・「夢」は最高のエネルギー 杉浦嘉雄さん 日本文理大学 教授
・宮沢賢治に導かれて山村へ 吉成信夫さん NPO法人 岩手子ども環境研究所 理事長
・「海のゆりかご」再生にかける 工藤孝浩さん 神奈川県水産技術センター 主任研究員
・お金に換えられない価値を知る 澁澤寿一さん NPO法人「樹木・環境ネットワーク協会」理事長
・自然界に学ぶ最先端の技術 仲津英治さん 「地球に謙虚に運動」代表
・豊かな森を人づくりに活かす 萩原喜之さん NPO法人「地域の未来・支援センター」理事長
・自然が先生──生きる力を育てる 広瀬敏通さん NPO法人「日本エコツーリズムセンター」代表理事
・ホタルに託した鎮魂の思い 冨工妙子さん ながさきホタルの会・伊良林小学校ホタルの会 会長
・人とトキのかけはしになる 高野毅さん 生椿(はえつばき)の自然を守る会 会長
・民間の力で都立公園の緑を守る 佐藤留美さん NPO法人 NPO birth 事務局長
・花の湿原を守る肝っ玉かあさん 三膳時子さん 認定NPO法人 霧多布湿原トラスト 理事長
・干潟を拠点に人と自然をつなぐ 立山芳輝さん NPO法人 くすの木自然館 理事長
・子どもたちの冒険に寄り添う 佐々木豊志さん NPO法人 くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所 理事長
・北海道にシマフクロウを呼び戻す 菅野正巳さん NPO法人 シマフクロウ・エイド
・ふるさと新城をもう一度桜の名所に 松井章泰さん 「100万本の桜」プロジェクト発起人
・1960年代の武蔵野の自然を取り戻す 佐藤方博さん NPO法人 生態工房
・緑ふたたび──三宅島に苗木と元気を! 宗村秀夫さん NPO法人 「園芸アグリセンター」 理事長
・冬の山中湖を彩るキャンドル 渡辺長敬さん NPO法人 富士山自然学校 代表
・年に10万匹のホタルを育てる 坂井弘司さん 旭川市西神楽ホタルの会 事務局長
・築230年の古民家に生きる 時松和宏さん 大分県九重町 農家民宿「おわて」 主人

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