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わが街の環境マイスター 雁の里から発信「ふゆみずたんぼ」
岩渕成紀さん
NPO法人田んぼ 理事長
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生きものの力を借りて作る、土壌豊かな「ふゆみずたんぼ」。古くて新しいこの農法を再発見したのは、米どころ宮城県の田んぼ研究者だった。


田んぼの力とは生きものの力
 
 冬のあいだも田に水をはる「ふゆみずたんぼ」という農法が、いま各地で注目されている。江戸時代の農業技術書にも記されている手法だが、田んぼの生物多様性を高める有効な手立てとして見直されたのは近年のことだ。そのきっかけとなったのが、宮城県北部、日本有数のマガンの越冬地として知られる蕪栗沼(かぶくりぬま)周辺の水田での試みである。岩渕さんはその中心人物の一人だ。
「冬の田んぼはふつう、乾ききって生きものの気配がしませんが、水を張っておくと、さまざまな菌が繁殖して、田んぼの表面にイトミミズ類やユスリカがたくさんいるトロトロ層と呼ばれる肥沃な層ができるのです。ここに渡り鳥やイトミミズ類などがフンを落とすことによって、稲の栄養分であるリン酸や窒素が補充されます。さらに、深水にすることで雑草が生えにくくなるので、農薬の使用を抑えることもできるのです。博物館の学芸員として田んぼのモニタリングをつづけるうちに、こうしたメカニズムが少しずつわかってきました。実際にふゆみずたんぼによる米づくりを始めるにあたって、追い風になったのはガン類の保護運動でした」
 蕪栗沼のやや北に、1985年にラムサール条約に登録された伊豆沼・内沼という湿地がある。かつては日本中にあった湿地が開発で次々に姿を消した結果、マガンのねぐらはこれらの沼に集中した。過密化はマガンの衰亡につながりかねない。そこで、近隣に湿地を増やして鳥を分散させようと、98年、蕪栗沼に隣接する、遊水池を兼ねていた水田50haを湿地に戻した。同時に、周辺の田んぼで試験的に始めたのがふゆみずたんぼである。
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「モニタリングをつづけることが大事」という岩渕さん
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まだ水を張っていない4月の田んぼ(右)と、ふゆみずたんぼ(左)

 
「越冬中のマガンは日中、田んぼで落ちモミや草を食べたり、湿地で休憩したりします。夜は湿地にねぐらをとります。冬のあいだ水を張った田んぼがあれば、鳥たちはそこを湿地のかわりに使うことができるわけです」
 蕪栗沼でのふゆみずたんぼの取り組みは、2003年には20ha以上に拡大され、一帯には沼と乾田とふゆみずたんぼがモザイク状に広がっていった。05年、蕪栗沼・周辺水田は、ラムサール条約の登録湿地となる。水田という名前のついた登録は初めてだった。

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冬のふゆみずたんぼで採餌するハクチョウ。夏は稲のあいだでサギなどが採餌する
 
「ヨーロッパでは、農業は生物多様性を阻害するものとされています。連作障害で畑の土が痩せると、別な場所に移る、という歴史を繰り返してきました。いっぽう、アジアの田んぼは生物の宝庫です。連作障害がなく、同じ場所で何千年でも稲を作りつづけることができます。水があることで微生物が活性し、土を豊かにするからです。地球がひとつの生命体だとすれば、田んぼはその細胞だといえるかもしれません」
 
 02年に、岩渕さんは学芸員から高校の理科教師に転じていた。しかし、「教師には代わりがいるが、ふゆみずたんぼを広める仕事ができる人は少ない」と覚悟を決め、学校を辞めた。「NPO法人田んぼ」を立ち上げたのは05年、49歳のときだった。
「団体の名称を『田んぼ』にしたのは、やまとことばには文化が込められていると思ったからです。『ふゆみずたんぼ』とひらがなを使ったのも、『冬期湛水』という専門用語を使いたくなかったからでした」

津波の塩害にも負けないふゆみずたんぼ
 
 東日本大震災の津波で、米どころ宮城県が受けた被害は大きかった。岩渕さんは、ふゆみずたんぼによる水田の復興支援に立ち上がった。土壌の塩分は真水で流すのが原則だが、慣行農法では水につかっている期間が短いため、雨だけではなかなか除塩が進まない。そこで、手っ取り早い除塩法として、重機でがれきを片付け、表土をはがして作付けをする方法がとられることが多かった。しかし、このやり方では表面の塩分濃度は一時的に下がるものの、時間がたつにつれて地下に残っている塩分が上がってくることもあった。塩害にやられた稲は、実る直前に枯れてしまう。
「私たちは、表土を傷つけることを極力避け、がれきを片付けることから始めました。水を張っておくと、早い時期に生きものが戻り、塩分の除去もすみやかでした。田んぼの持っている復元力は想像以上に大きいのです」
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被災田んぼの復興風景。手作業でがれきを片付け、水を張ることによって除塩した
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生きもの豊富なふゆみずたんぼは、地元の学校の環境学習の場でもある

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ハツカネズミ(上)と産卵するトンボ。田んぼには5000種を超える生きものが生息している
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水の様子を見ながら、ふゆみずたんぼの作業日程を組む

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渡りのシーズンを迎えると、蕪栗沼は鳥たちでにぎわう
 
 岩渕さんが長年試行錯誤をつづけてきたふゆみずたんぼ作りは、いま、有機農法をすすめる全国各地の田んぼで花開いている。コウノトリの野生復帰を成功させた豊岡市や、トキの野生復帰に取り組む佐渡市は、岩渕さんみずから指導に当たった地域だ。採れた米をブランド米として付加価値をつけて販売するアイデアも、岩渕さんたちの発案である。
 
「ようやく最近、生きものと共生する農業が一定の市民権を得るようになりました。そうなるとこんどは、ブランド米にしさえすれば売れる、と考える人も出てきます。売るために生きものを利用するのではなく、生きものと共生する暮らし方が大切なのだ、という発想だけは、つねに持っていてほしいですね」
CONTENTS
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コンテンツ
・移住者の視点で森の町の課題に挑む 麻生 翼さん NPO法人 森の生活 代表理事
・生ごみの堆肥化で循環社会を創る たいら由以子さん NPO法人 循環生活研究所 理事長
・「地球の消費者」から「地球の生産者」へ 加藤大吾さん NPO法人 都留環境フォーラム 代表理事
・干潟に子供たちの歓声を取り戻す 足利由紀子さん NPO法人 水辺に遊ぶ会 理事長
・日本型の環境教育を求めて 新田章伸さん NPO法人 里山倶楽部 副代表理事
・カメラに託した「水」への熱き思い 豊田直之さん 写真家
・「月に一度は山仕事!」のすすめ 山本 博さん NPO法人 日本森林ボランティア協会 事務局長
・奥能登の昔ながらの暮らしを“再発見” 萩野由紀さん まるやま組主宰
・北海道から広げる自然教育ネットワーク 燒リ晴光さん NPO法人 ねおす 理事長
・「森のようちえん」は毎日が冒険 原淳一さん NPO法人 アキハロハスアクション 理事長
・東北に国産材のサイクルを築く 大場隆博さん NPO法人 日本の森バイオマスネットワーク 副理事長
・魚食復活をめざし、本日も全力疾走 上田勝彦さん 魚食復興集団 Re-Fish 代表
・「竹害」との戦いにかけた第二の人生 松原幸孝さん NPO法人 かいろう基山 事務局
・ニッポンバラタナゴの楽園を守る 加納義彦さん NPO法人 ニッポンバラタナゴ高安研究会 代表理事
・雁の里から発信「ふゆみずたんぼ」 岩渕成紀さん NPO法人 田んぼ 理事長
・「夢」は最高のエネルギー 杉浦嘉雄さん 日本文理大学 教授
・宮沢賢治に導かれて山村へ 吉成信夫さん NPO法人 岩手子ども環境研究所 理事長
・「海のゆりかご」再生にかける 工藤孝浩さん 神奈川県水産技術センター 主任研究員
・お金に換えられない価値を知る 澁澤寿一さん NPO法人「樹木・環境ネットワーク協会」理事長
・自然界に学ぶ最先端の技術 仲津英治さん 「地球に謙虚に運動」代表
・豊かな森を人づくりに活かす 萩原喜之さん NPO法人「地域の未来・支援センター」理事長
・自然が先生──生きる力を育てる 広瀬敏通さん NPO法人「日本エコツーリズムセンター」代表理事
・ホタルに託した鎮魂の思い 冨工妙子さん ながさきホタルの会・伊良林小学校ホタルの会 会長
・人とトキのかけはしになる 高野毅さん 生椿(はえつばき)の自然を守る会 会長
・民間の力で都立公園の緑を守る 佐藤留美さん NPO法人 NPO birth 事務局長
・花の湿原を守る肝っ玉かあさん 三膳時子さん 認定NPO法人 霧多布湿原トラスト 理事長
・干潟を拠点に人と自然をつなぐ 立山芳輝さん NPO法人 くすの木自然館 理事長
・子どもたちの冒険に寄り添う 佐々木豊志さん NPO法人 くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所 理事長
・北海道にシマフクロウを呼び戻す 菅野正巳さん NPO法人 シマフクロウ・エイド
・ふるさと新城をもう一度桜の名所に 松井章泰さん 「100万本の桜」プロジェクト発起人
・1960年代の武蔵野の自然を取り戻す 佐藤方博さん NPO法人 生態工房
・緑ふたたび──三宅島に苗木と元気を! 宗村秀夫さん NPO法人 「園芸アグリセンター」 理事長
・冬の山中湖を彩るキャンドル 渡辺長敬さん NPO法人 富士山自然学校 代表
・年に10万匹のホタルを育てる 坂井弘司さん 旭川市西神楽ホタルの会 事務局長
・築230年の古民家に生きる 時松和宏さん 大分県九重町 農家民宿「おわて」 主人

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