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わが街の環境マイスター 奥能登の昔ながらの暮らしを“再発見”
萩野由紀さん
まるやま組主宰

一家で奥能登の過疎の村へ移住 ── そこで目にしたのは、四季折々の自然とともに生きる、当たり前の暮らしの豊かさだった。


アメリカから能登へ
 
輪島市街から15kmほど南の三井町市ノ坂という集落のはずれに、「まるやま」と呼ばれる丘がある。一帯は、昭和30年代に本州最後のトキが生息していたという里山だ。萩野由紀さんは、この丘の名前をとったグループ「まるやま組」を主宰し、地元の生きもの調査や伝統的な暮らしを伝える活動をしている。地元育ちではない。本職はデザイナーで、2004年に家族で奥能登に移住した。
「夫婦とも東京に生まれ育ち、建築家の夫の留学で1993年から3年半、フィラデルフィアに住みました。海外に出たことで逆に日本への興味が深まり、帰国後、手漉(てす)き和紙の講習と子供の山村留学を兼ねて、初めて奥能登を訪ねました。東京とかけ離れた暮らしにカルチャーショックを受け、以来、毎年夏を奥能登で過ごすようになりました」
 02年から再渡米し、永住も考えたが、子供たちに日本の感覚を身につけて成長してもらいたいと、夫の紀一郎さんが帰国を決めた。しかも、能登に土地を買い、家を建てて移住するという。アメリカ都市部の住まいからひとまず奥能登の古民家に引っ越し、子供たちを三井町の学校に通わせることになり、慣れない暮らしに戸惑った。生活用水の水桶にホクリクサンショウウオがいて驚いたり、夫がマムシに噛まれたり……。07年3月に能登地震が発生すると、夫は土蔵修復に奔走、家の建設はなかなか進まなかった。
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「アメリカで手漉き和紙の魅力を知ったことが能登との出会いのきっかけにもなった」と語る萩野さん

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上=右下に見えるこんもりした円形の部分が「まるやま」。左下の白い屋根が萩野家。下=初夏のまるやま
 
「古民家に住んでみると、都会と比べて不足しているところばかり気になり、ストレスが募りました。初めて奥能登に来たとき、すごくワクワクしたのはなぜだったのだろう、自然や人、伝統を一つひとつ見てみようと、集落のお年寄りに聞き取りをしたり、金沢大学の『能登里山マイスター養成プログラム』に参加しました。ここで魅力的な人たちと出会い、つながりが生まれてきました」
 09年、住める状態にまでなった家に越すと、新たな視界が開けた。高台につくられた家の大きな窓から、四季の移り変わりや、田畑に通う人の姿が見える。毎年、すべきときにすべきことを淡々と行う、自然と人の深い結びつきが分かってきた。
「前を通るおばあちゃんに、この時期になると持っているその枝は何ですかと聞くと、エンドウの支柱にする竹を刈っておくという。麦の芽を踏んだり、大根を干したり、“日本の原風景”といわれる景色が、農とともにあることが実感されてきました。じゃあ、まるやまに近い自分の家を開放して、いろいろなバックボーンの人が集まり、里山の自然や集落社会を共有する場を作ったらどうだろうと、まるやま組を始めました」
アエノコトのごちそうの数々。まるやま組では、依り代となるマツとクリの葉を和紙で包み(上。和紙には1年間に地元で観察された全生物の名が記されている)、田んぼで神様を迎え、萩野邸で接待する


伝統行事アエノコトをとらえ直す
 
 10年に発足した「まるやま組」は、毎月第二日曜日に行う生きもの調査「まるやまあるき」を活動の柱にしている。調査と観察の後は、山菜や地元の食材を使った「まるやまオープンキッチン」を開く。耕作放棄地を開墾して無農薬大豆や雑穀を栽培し、小学生の野外授業の受け入れもしている。また、奥能登特有の農耕儀礼「アエノコト」の意味をとらえ直し、まるやまで観察される生物多様性を田の神様と見立てる、少し趣向を変えたアエノコトを創案した。このまるやま組のアエノコトは、「生物多様性アクション大賞2014」で大賞を受賞した。
「“待っていると来る”のでマツとクリの枝の依(よ)り代(しろ)を持ち、田んぼのあぜで神様を迎え、家でもてなすいわれがあります。農家でなくても、お米を食べる人みんなで食の安心安全を願い、豊作に感謝するアエノコトを考えました。奥能登の集落では、いまも実際にアエノコトが行われていて、私は家々を訪ねてようすを見せてもらいました。神棚に向かってござを敷き、ご馳走を並べるおばあちゃんが『神様には何か1枚敷かなきゃいけない』と言うのを聞くと、私たちが学ぶべきは形式ではなくて、感謝し、思いやる心の持ちようなのだと気がつきます」
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上=自然と一体化した萩野邸のリビング。まるやま組の集会所でもある。下=この家を設計した夫の紀一郎さんと
まるやま組のパンフレット類は、どれも萩野さんのデザイン

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能登のヒバ材で作ったまるやま組の参加証。活動に参加するとスタンプを押す仕組み
 
 市ノ坂は75世帯、人口200人弱の集落で、住民は60〜80代が多く、過疎が進む。萩野さんは、セブン-イレブン記念財団の環境ボランティアリーダー海外研修(12年)でドイツを訪ねた。東京、アメリカも含めた“よそもの”の視点を絡めて、里山の暮らしを見つめる。
「12月と2月のアエノコトを整えるために、一年を通して山菜採りや畑仕事をしています。山菜を見分けておいしくいただいたときは、高価な松茸を買うよりも豊かな気持ちです。自然を使いこなせる量が増えてくると、暮らしの不安が減ってきます。いまは奥能登にいることが楽しい。巣立っていく集落の子供たちにこそ、この土地の価値を伝えておきたいと思います」
CONTENTS
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コンテンツ
・自然を大切にする人を育てる幼児教育 内田 幸一さん 信州型自然保育認定園「野あそび保育みっけ」 園長
・企業経営で培った組織のマネジメント 秋山 孝二さん 認定NPO法人 北海道市民環境ネットワーク 理事長
・移住者の視点で森の町の課題に挑む 麻生 翼さん NPO法人 森の生活 代表理事
・生ごみの堆肥化で循環社会を創る たいら由以子さん NPO法人 循環生活研究所 理事長
・「地球の消費者」から「地球の生産者」へ 加藤大吾さん NPO法人 都留環境フォーラム 代表理事
・干潟に子供たちの歓声を取り戻す 足利由紀子さん NPO法人 水辺に遊ぶ会 理事長
・日本型の環境教育を求めて 新田章伸さん NPO法人 里山倶楽部 副代表理事
・カメラに託した「水」への熱き思い 豊田直之さん 写真家
・「月に一度は山仕事!」のすすめ 山本 博さん NPO法人 日本森林ボランティア協会 事務局長
・奥能登の昔ながらの暮らしを“再発見” 萩野由紀さん まるやま組主宰
・北海道から広げる自然教育ネットワーク 髙木晴光さん NPO法人 ねおす 理事長
・「森のようちえん」は毎日が冒険 原淳一さん NPO法人 アキハロハスアクション 理事長
・東北に国産材のサイクルを築く 大場隆博さん NPO法人 日本の森バイオマスネットワーク 副理事長
・魚食復活をめざし、本日も全力疾走 上田勝彦さん 魚食復興集団 Re-Fish 代表
・「竹害」との戦いにかけた第二の人生 松原幸孝さん NPO法人 かいろう基山 事務局
・ニッポンバラタナゴの楽園を守る 加納義彦さん NPO法人 ニッポンバラタナゴ高安研究会 代表理事
・雁の里から発信「ふゆみずたんぼ」 岩渕成紀さん NPO法人 田んぼ 理事長
・「夢」は最高のエネルギー 杉浦嘉雄さん 日本文理大学 教授
・宮沢賢治に導かれて山村へ 吉成信夫さん NPO法人 岩手子ども環境研究所 理事長
・「海のゆりかご」再生にかける 工藤孝浩さん 神奈川県水産技術センター 主任研究員
・お金に換えられない価値を知る 澁澤寿一さん NPO法人「樹木・環境ネットワーク協会」理事長
・自然界に学ぶ最先端の技術 仲津英治さん 「地球に謙虚に運動」代表
・豊かな森を人づくりに活かす 萩原喜之さん NPO法人「地域の未来・支援センター」理事長
・自然が先生──生きる力を育てる 広瀬敏通さん NPO法人「日本エコツーリズムセンター」代表理事
・ホタルに託した鎮魂の思い 冨工妙子さん ながさきホタルの会・伊良林小学校ホタルの会 会長
・人とトキのかけはしになる 高野毅さん 生椿(はえつばき)の自然を守る会 会長
・民間の力で都立公園の緑を守る 佐藤留美さん NPO法人 NPO birth 事務局長
・花の湿原を守る肝っ玉かあさん 三膳時子さん 認定NPO法人 霧多布湿原トラスト 理事長
・干潟を拠点に人と自然をつなぐ 立山芳輝さん NPO法人 くすの木自然館 理事長
・子どもたちの冒険に寄り添う 佐々木豊志さん NPO法人 くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所 理事長
・北海道にシマフクロウを呼び戻す 菅野正巳さん NPO法人 シマフクロウ・エイド
・ふるさと新城をもう一度桜の名所に 松井章泰さん 「100万本の桜」プロジェクト発起人
・1960年代の武蔵野の自然を取り戻す 佐藤方博さん NPO法人 生態工房
・緑ふたたび──三宅島に苗木と元気を! 宗村秀夫さん NPO法人 「園芸アグリセンター」 理事長
・冬の山中湖を彩るキャンドル 渡辺長敬さん NPO法人 富士山自然学校 代表
・年に10万匹のホタルを育てる 坂井弘司さん 旭川市西神楽ホタルの会 事務局長
・築230年の古民家に生きる 時松和宏さん 大分県九重町 農家民宿「おわて」 主人

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