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わが街の環境マイスター 「月に一度は山仕事!」のすすめ
山本 博さん
NPO法人 日本森林ボランティア協会事務局長

林業会社の社員から転身し、「森づくり・人づくり」に取り組んで20年。その活動は、もはやボランティアの域を超え、日本の森林行政を動かし始めている。


森づくりのプロが驚いた理由
 
「あの衝撃はいまでも忘れません。まさに目からうろこでした」
 一般市民が山へ入り、間伐や枝打ち、植林といった森づくりの作業を行う森林ボランティア。山本博さんがこの活動に出会ったのは、「森林ボランティア」という呼び方自体がまだ世の中に広まっていない、1996年のことだった。
「兵庫県のある団体の枝打ち活動にたまたま参加したら、大勢の人たちが、わざわざ都会から来て、対価もなしに黙々と山仕事をされていたんですよ。話を聞くと、みなさん、森林保全なんて大層なことは考えていない。『天気のいい日に緑の中でいい汗をかいて、おいしいお弁当を食べて、作業を終えて振り返ると、少しきれいになった森がそこにある。こんな楽しいことはありません』とおっしゃったんです。ものすごく新鮮でした」
 そこまで驚くのには理由があった。
山本さんは大阪市内出身の都会っ子だが、学生時代から登山に親しみ、大学卒業後は大手林業会社に就職。高知県の山林で10年間、育苗から造林、育林、伐採までの現場経験を積んだあと、施業計画の立案や現場管理など林業経営全般に携わった。つまり当時の山本さんは、森林組合など森で働く地元の人々を管理し、彼らに給料を支払う立場にあったのである。
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「林業会社時代に過ごした高知での現場体験が私の山仕事の原点。森で働く地元の人の知恵はすごかった」と語る山本さん
左=活動中の協会メンバー。荒れた竹林を伐採し、明るい森を蘇らせる。中=森林大学での講義風景。林業の技能だけでなく安全対策やリーダーシップについても指導する。右=女性メンバーも手ノコ一本で間伐。傾斜地での作業は骨が折れる

 
「無償でも森に入りたい都市住民がいることに目を開かれ、それならば彼らと、森を手入れできずに困っている山林所有者との橋渡し役ができないかと思い立ったんです。当時、すでに林業不況で、放置林の問題が深刻化していましたから」
 山本さんは当初、仕事上の企画の一つとして、森林ボランティアの構想を会社に提案したが、まったく相手にされなかったという。私企業の一員としての活動に限界を感じ、20年勤めた会社を退職。大阪に新しい森林ボランティア団体を立ち上げるべく、志を同じくする仲間と2人で準備を進めた。そして97年、“森づくり・人づくり” “月に一度は山仕事”をキャッチフレーズに、任意団体の「日本森林ボランティア協会」を設立した。
 
 活動の二本柱は設立時から変わらない。一つは一般市民に参加を呼びかけ、手入れがされていない森林の再生を目指す森林ボランティア活動。もう一つは将来の指導者を育てる、森林ボランティアリーダー養成講座「森林大学」の開講である。
「森林大学の3期目に、某全国紙の記者の方が受講され、記事に書いて下さったおかげで、当会の知名度はいっきに上がりました。別の記事を見て、府内の林業家の方がわざわざ訪ねてこられ、それがきっかけで、活動地を提供されたこともあります。出会いに恵まれて、ここまで来られました」と山本さんは振り返る。

災害現場でも活かせる山仕事
 
 日本森林ボランティア協会は2000年にNPO法人になり、現在、会員数は300人余り。大阪府内をはじめ、西日本各地に約15カ所の活動地があり、毎週末にはどこかの森で、平均20名ぐらいの参加者が間伐や枝打ち、竹林伐採などの森林整備作業を体験している。各現場でリーダーとして指導にあたるのは、森林大学の修了生で、協会の中心を担うようになったメンバーである。
「うちのリーダーたちはどこの森にいても一目瞭然。講座修了の記念に配られるオレンジ色のヘルメットをかぶっていますからね。最近、府内の林業関係者の間では『オレンジ色のヘルメットの連中は作業がきれいでよく働く』と評判なんですよ」と、山本さんは胸を張る。
 
 協会では、技術力の向上に伴い、純然たるボランティアだけでなく、行政からの事業委託も増えている。06年には西日本のNPOで初めて、森林所有者と施業実施協定を締結。NPOでありながら、造林補助金の対象となった。これは山本さんらの活動がボランティアの域を超えて、日本の森林保全に欠かせないものと認められた証にほかならない。

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切り倒した木に腰かけて一服。トレードマークのヘルメットをかたわらに
 
 さらに最近は、道を塞ぐ風倒木の処理や、雪折れした木を切り出してその痕に植林するなど、災害復旧に関連する依頼も多いという。東日本大震災のときは、被災地で廃木材を片付け、風呂の燃料用に切り分けるボランティアを買って出た。荒れた森に入って培った山仕事の技術は、災害現場など他のさまざまなフィールドでも役に立つ。それは山本さんにとって大きな発見だった。
「いろいろな仕事を任せてもらえるようになりましたが、ボランティアでも補助金がつく事業でも、うちのメンバーが取り組む姿勢に変わりはありません。それが私の一番の誇りです。私たちはただ、森で汗をかくのが好きなだけ。手ノコやチェーンソーで、木を切り倒し、明るい森になるのが嬉しいんですよ。みんな黙々とやっていますが、思いっきり楽しんでいますよ(笑)。こればっかりは、実際に体験してみないと、気持ちよさはわかりません」
 山本さんはそう言って現場の森を見渡した。木々の間に見え隠れするオレンジ色に目を細めながら。
CONTENTS
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コンテンツ
・移住者の視点で森の町の課題に挑む 麻生 翼さん NPO法人 森の生活 代表理事
・生ごみの堆肥化で循環社会を創る たいら由以子さん NPO法人 循環生活研究所 理事長
・「地球の消費者」から「地球の生産者」へ 加藤大吾さん NPO法人 都留環境フォーラム 代表理事
・干潟に子供たちの歓声を取り戻す 足利由紀子さん NPO法人 水辺に遊ぶ会 理事長
・日本型の環境教育を求めて 新田章伸さん NPO法人 里山倶楽部 副代表理事
・カメラに託した「水」への熱き思い 豊田直之さん 写真家
・「月に一度は山仕事!」のすすめ 山本 博さん NPO法人 日本森林ボランティア協会 事務局長
・奥能登の昔ながらの暮らしを“再発見” 萩野由紀さん まるやま組主宰
・北海道から広げる自然教育ネットワーク 髙木晴光さん NPO法人 ねおす 理事長
・「森のようちえん」は毎日が冒険 原淳一さん NPO法人 アキハロハスアクション 理事長
・東北に国産材のサイクルを築く 大場隆博さん NPO法人 日本の森バイオマスネットワーク 副理事長
・魚食復活をめざし、本日も全力疾走 上田勝彦さん 魚食復興集団 Re-Fish 代表
・「竹害」との戦いにかけた第二の人生 松原幸孝さん NPO法人 かいろう基山 事務局
・ニッポンバラタナゴの楽園を守る 加納義彦さん NPO法人 ニッポンバラタナゴ高安研究会 代表理事
・雁の里から発信「ふゆみずたんぼ」 岩渕成紀さん NPO法人 田んぼ 理事長
・「夢」は最高のエネルギー 杉浦嘉雄さん 日本文理大学 教授
・宮沢賢治に導かれて山村へ 吉成信夫さん NPO法人 岩手子ども環境研究所 理事長
・「海のゆりかご」再生にかける 工藤孝浩さん 神奈川県水産技術センター 主任研究員
・お金に換えられない価値を知る 澁澤寿一さん NPO法人「樹木・環境ネットワーク協会」理事長
・自然界に学ぶ最先端の技術 仲津英治さん 「地球に謙虚に運動」代表
・豊かな森を人づくりに活かす 萩原喜之さん NPO法人「地域の未来・支援センター」理事長
・自然が先生──生きる力を育てる 広瀬敏通さん NPO法人「日本エコツーリズムセンター」代表理事
・ホタルに託した鎮魂の思い 冨工妙子さん ながさきホタルの会・伊良林小学校ホタルの会 会長
・人とトキのかけはしになる 高野毅さん 生椿(はえつばき)の自然を守る会 会長
・民間の力で都立公園の緑を守る 佐藤留美さん NPO法人 NPO birth 事務局長
・花の湿原を守る肝っ玉かあさん 三膳時子さん 認定NPO法人 霧多布湿原トラスト 理事長
・干潟を拠点に人と自然をつなぐ 立山芳輝さん NPO法人 くすの木自然館 理事長
・子どもたちの冒険に寄り添う 佐々木豊志さん NPO法人 くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所 理事長
・北海道にシマフクロウを呼び戻す 菅野正巳さん NPO法人 シマフクロウ・エイド
・ふるさと新城をもう一度桜の名所に 松井章泰さん 「100万本の桜」プロジェクト発起人
・1960年代の武蔵野の自然を取り戻す 佐藤方博さん NPO法人 生態工房
・緑ふたたび──三宅島に苗木と元気を! 宗村秀夫さん NPO法人 「園芸アグリセンター」 理事長
・冬の山中湖を彩るキャンドル 渡辺長敬さん NPO法人 富士山自然学校 代表
・年に10万匹のホタルを育てる 坂井弘司さん 旭川市西神楽ホタルの会 事務局長
・築230年の古民家に生きる 時松和宏さん 大分県九重町 農家民宿「おわて」 主人

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