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わが街の環境マイスター 「地球の消費者」から「地球の生産者」へ
加藤大吾さん
NPO法人 都留環境フォーラム代表理事

昔から人々が営んできたはずの里山の暮らしを実践しながら、人が自然と共生する方法を探し出す。その発想とエネルギーの原点はどこに。


自然のリズムで暮らす
 
 東京・新宿から電車で1時間半。山梨県・都留市の山あいに、加藤さんの活動拠点はある。ナラやブナなど広葉樹の林立する山の斜面に建つ母屋(自宅)の横に、鶏と羊の小屋。すぐ下にゲストが泊まるログハウス。中学生たちが作ったというバンガローもある。中腹には、加藤さんが代表を務めるNPO法人都留環境フォーラムの事務局と馬場。母屋以外は「かとうさんち」と名づけられた環境教育の施設である。すべて、友人・知人、職員たちによるセルフビルドだ。
 自然の営むサイクルのなかで暮らすのは、家族6人と愛犬2匹。ほかに、鶏40羽、羊3頭、農耕馬1頭。田植えの時期には合鴨が増える。鶏卵、野菜、鶏肉、米、味噌、みんなこの里山で自給されているものだ。
 
 高校卒業後、専門学校を経て自然学校を運営するNPO法人に入社。キャンプ指導や登山ガイド、自然との対話を教えるインタープリターを務め、環境教育の重要性を学んだ。現在、加藤さんは「チームビルディング」という組織づくりの講師として、企業研修で引っぱりだこでもあるが、そのプログラムはこのときの経験がもとになった。
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無農薬、無施肥で育てている「かとうさんち」の麦畑。小麦粉は乾麺として販売するうどんの原料になる
 
 2001年、独立して東京の自宅に環境教育の事業所を設立。その後、自然学校を立ち上げるため、妻と当時1歳になる長女とともに長野県へ移住した。しかし、地元との調整がうまくいかず、1年で東京に戻ることに。
 だが、日に一度も土を踏むことがない都会の生活には違和感が募った。どこかに自然のリズムの中で暮らせる場所はないか。かといって人里離れた山の中で暮らすつもりもない。地域の人たちと一緒に汗を流し、自然と共生する豊かな暮らし方を模索し発信したい――仕事のあるとき以外は、車にキャンプ道具を積んで、一家で拠点探しの旅に出た。そして見つけたのが、この山里だった。
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「気に入ったのは、人々の暮らしのすぐそばに野生動物がいることです。イノシシ、シカ、ニホンザル……畑をやろうとする人は嫌がるけど、山に力がある証拠です。ここには豊かな生態系が存在すると思いましたね」
 土地を購入したのが2003年、伐採・整地に約1年。途中、愛知県で開催された「愛・地球博」の助っ人として忙殺され、結局、最初の一棟が完成したのは3年後だった。
 さっそく敷地に野菜の種を撒いたら、3カ月後にはもう食べられるではないか。自信を得て、近隣に畑を借り、無農薬、無施肥の大豆や麦を作り始める。だが初年度の大豆の収穫は目標の1割ほど。それでもめげずに、生き残った豆を翌年蒔き、さらにその翌年も、と自然のあるがままにまかせたら、3年目以降は豊作だった。環境に鍛えられることによって植物は強くなっていたのである。人間も生態系の一部なのだということを理解するには農業をやるのが近道だと知った。2009年には、耕作放棄地になっていた3反(約1000坪)の田んぼを借りた。合鴨農法に挑戦するためだ。

社会活動に大切なのは熱意
 
 乞われて地元の都留文科大学で非常勤講師を勤めるうち、加藤さんは、ある先生に持ちかけられてNPO法人の設立に携わることになる。それが都留環境フォーラム(2010年)である。目的は「自然と共生する持続可能で豊かな暮らしのあるまちづくり」。加藤さんの役割は、自然との共生をコンセプトに事業を立ち上げたい人たちを繋げ、地域おこしのネットワークをつくることにある。
 フォーラムのさまざまな活動のなかで、いま加藤さんがとくに力を入れているのは、固定種や在来種と呼ばれる作物の栽培と普及、それに在来馬による馬耕・馬搬の復活だ。
 かつてどこの土地にも、自家採取した種を蒔いて作物を育てるという伝統があった。その土地の風雪に耐えた作物は生命力が強く、味も濃い。ところが大量生産に向かないのと栽培者の高齢化や後継者不足で、「種採りの文化」は衰退の一途を辿っている。そこで加藤さんらは、県内の農家を回って聞き取り調査をする一方、譲ってもらった自家採取の種を無農薬栽培で増やして販売するネットショップ「無農薬種苗」を立ち上げた。持続可能な農と食の安全につながる、この活動はもう4年越しだ。
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上=鶏は山に放し飼い。勝手に葉や土中の虫をついばんで夕方戻ってくる。毛づやのよい丈夫な鶏だ。下=家畜小屋前からゲストハウスを望む。伐採から整地・建築すべて手作りである
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 伝統農業といえば、馬を使った田畑の耕作もそうだ。今年の春には、東京・八王子の高尾の森自然学校(セブン‐イレブン記念財団)まで馬を運んで、「はたらく馬フェス」というイベントを開催した。
 社会貢献とは何か――転機になったのは東日本大震災だった。加藤さんは個人で「名もない救援隊」を組織、支援金と支援物資を届けた。有志の会では最大級だった。
「物資は僕らの後からもどんどん運ばれてくる。そこで考えたのが餅つきセット、飼育用の生きたニワトリ、小屋作りのための大工道具のプレゼントです。皆さんが欲しかったのは元気だったんですね。あのときの笑顔が忘れられません。個人のちっぽけな力では、とても状況を変えるようなことはできないと思っていましたが、熱意があれば可能なのだと実感しました。あの経験がなければこんなに社会活動にのめり込まなかったと思います」
CONTENTS
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コンテンツ
・移住者の視点で森の町の課題に挑む 麻生 翼さん NPO法人 森の生活 代表理事
・生ごみの堆肥化で循環社会を創る たいら由以子さん NPO法人 循環生活研究所 理事長
・「地球の消費者」から「地球の生産者」へ 加藤大吾さん NPO法人 都留環境フォーラム 代表理事
・干潟に子供たちの歓声を取り戻す 足利由紀子さん NPO法人 水辺に遊ぶ会 理事長
・日本型の環境教育を求めて 新田章伸さん NPO法人 里山倶楽部 副代表理事
・カメラに託した「水」への熱き思い 豊田直之さん 写真家
・「月に一度は山仕事!」のすすめ 山本 博さん NPO法人 日本森林ボランティア協会 事務局長
・奥能登の昔ながらの暮らしを“再発見” 萩野由紀さん まるやま組主宰
・北海道から広げる自然教育ネットワーク 髙木晴光さん NPO法人 ねおす 理事長
・「森のようちえん」は毎日が冒険 原淳一さん NPO法人 アキハロハスアクション 理事長
・東北に国産材のサイクルを築く 大場隆博さん NPO法人 日本の森バイオマスネットワーク 副理事長
・魚食復活をめざし、本日も全力疾走 上田勝彦さん 魚食復興集団 Re-Fish 代表
・「竹害」との戦いにかけた第二の人生 松原幸孝さん NPO法人 かいろう基山 事務局
・ニッポンバラタナゴの楽園を守る 加納義彦さん NPO法人 ニッポンバラタナゴ高安研究会 代表理事
・雁の里から発信「ふゆみずたんぼ」 岩渕成紀さん NPO法人 田んぼ 理事長
・「夢」は最高のエネルギー 杉浦嘉雄さん 日本文理大学 教授
・宮沢賢治に導かれて山村へ 吉成信夫さん NPO法人 岩手子ども環境研究所 理事長
・「海のゆりかご」再生にかける 工藤孝浩さん 神奈川県水産技術センター 主任研究員
・お金に換えられない価値を知る 澁澤寿一さん NPO法人「樹木・環境ネットワーク協会」理事長
・自然界に学ぶ最先端の技術 仲津英治さん 「地球に謙虚に運動」代表
・豊かな森を人づくりに活かす 萩原喜之さん NPO法人「地域の未来・支援センター」理事長
・自然が先生──生きる力を育てる 広瀬敏通さん NPO法人「日本エコツーリズムセンター」代表理事
・ホタルに託した鎮魂の思い 冨工妙子さん ながさきホタルの会・伊良林小学校ホタルの会 会長
・人とトキのかけはしになる 高野毅さん 生椿(はえつばき)の自然を守る会 会長
・民間の力で都立公園の緑を守る 佐藤留美さん NPO法人 NPO birth 事務局長
・花の湿原を守る肝っ玉かあさん 三膳時子さん 認定NPO法人 霧多布湿原トラスト 理事長
・干潟を拠点に人と自然をつなぐ 立山芳輝さん NPO法人 くすの木自然館 理事長
・子どもたちの冒険に寄り添う 佐々木豊志さん NPO法人 くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所 理事長
・北海道にシマフクロウを呼び戻す 菅野正巳さん NPO法人 シマフクロウ・エイド
・ふるさと新城をもう一度桜の名所に 松井章泰さん 「100万本の桜」プロジェクト発起人
・1960年代の武蔵野の自然を取り戻す 佐藤方博さん NPO法人 生態工房
・緑ふたたび──三宅島に苗木と元気を! 宗村秀夫さん NPO法人 「園芸アグリセンター」 理事長
・冬の山中湖を彩るキャンドル 渡辺長敬さん NPO法人 富士山自然学校 代表
・年に10万匹のホタルを育てる 坂井弘司さん 旭川市西神楽ホタルの会 事務局長
・築230年の古民家に生きる 時松和宏さん 大分県九重町 農家民宿「おわて」 主人

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