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「自然」に魅せられて 『イチローのバットを作った男』 久保田五十一(バットマイスター)

「85年前に大リーグの年間最多安打を放ったシスラー選手も、去年、その記録を破ったイチローさんも、道具は同じ木のバット。そこに、野球というスポーツの重みを感じます」──1本のバットに木と自然への感謝をこめて、名匠は技を極めつづける。

「ほら、同じメープルの仲間でも葉の形が全然違うでしょ」と久保田氏。木や森の話になると止まらない

松井選手との打ち合わせは、毎年オフの恒例行事。言葉にできない微妙な感覚までくみとって、形にする
(2003年末)

削りあがったばかりのバット。ろくろに固定していた両端部をカットすれば完成だ

ミズノでは年間1万〜1万2000本のプロ用バットを生産する

選手が最もこだわるのがグリップの感触。肉眼では見えないコンマ1mm以下の修正を繰り返す

高い集中力を要する作業。体調維持に万全を期すために、久保田さんは出勤前に約1時間の山歩きを欠かさない

Profile

くぼた・いそかず
1943年生まれ。ミズノテクニクス株式会社プロバットマイスター。59年に入社以来、一貫してバット製造に従事。落合、バース、衣笠、谷沢、原辰徳ら名選手のバットを数多く手がけ、03年に卓越した技能者を表彰する「現代の名工」に選ばれた。
 
── 
イチロー選手といい、松井秀喜選手といい、久保田さんの作られたバットを愛用する選手がメジャーリーグで大活躍しています。

久保田 
自分の作ったバットがメジャーで使われるなんて、この仕事を始めたときは思いもしませんでした。彼らのお役に立てたのは、幸運としかいいようがないですね。というのも、木のバットは素材が命。自然界にいい木がなければ、選手が満足するバットはこしらえようがありませんから。球を弾き飛ばすのに必要なバットのしなりや反発力、あるいは外見の美しさも、木そのものの特質であって、職人がそれを作ることはできません。私にできるのは、木を選んで同じ形に削ることぐらい。自然が100年かけて育てた木を15分ほど削って、私が「作った」なんておこがましい話です。

── 
バットを作るうえで「いい木」とは、どういうものでしょうか。

久保田 
木の良し悪しは決めるのは職人ではなく、実際にバットを手にする選手です。木には一本一本個性があり、選手がそれを認めてはじめて、「いい木」になる。イチローさんの好む木と松井さんの好む木は違います。職人は、バットの形や重さを揃えるだけでなく、木の個性を見きわめ、選手の要望に応じてそれを活かしきらなければいけません。

── 
久保田さんの技は、名だたる強打者から絶大な信頼を寄せられてきました。彼らの要求は厳しいのですか?

久保田 
一番驚いたのは、中日の落合監督の現役時代に受けた注文ですね。打ち方が人と違うだけに、バットを選ぶ眼も独特でした。速い球を打ち返すために、軟らかくて無理が利く、若い木を好んで使われたんです。でも、若い木は木目が不揃いで、見た目が悪い。従来は、不良品として排除していました。それが木に対して、どんなに失礼なことか、落合さんには木を活かす大切さを改めて教えられました。

── 
近年、国内ではバットを作るための資源が不足しているそうですが。

久保田 
国産バット材の主流はアオダモという落葉高木です。この木は切ると、再生するまでに100年近くかかる。しかもスギなどに比べて用途が狭く、商品価値が低いので、これまで植林がほとんど行われてきませんでした。そのため、プロのバットにできるような良質の木を確保することが、むずかしくなってきているのは事実です。

── 
何か対策はあるのですか?

久保田 
アオダモに代わる素材として、カナダや北米、中国産のメープル材に注目しています。甘いシロップがとれる、あのメープルです。素材としてすぐれているだけでなく、メープルは幹が太いので、1本の木からアオダモの3倍はバットが作れる。私も何度か産地を視察しましたが、やはりあちらは資源のスケールがケタ違い。バットにしたい木がいっぱいあるんですよ。ただ、そうはいっても、使う側の選手がアオダモに慣れていますから、すぐに切り替えるというわけにはいかないでしょう。

── 
木製バットの危機は野球という文化の危機でもあります。

久保田 
ミズノだけで年間2万5000本のアオダモを造材しますが、そのうちプロのバットになるのは3割程度。1割は無駄が出てしまいます。今後は、なるべく伐採前に現場で木の特質を見極め、切る木を減らしていきたい。バット作りの効率を、もっとよくしたいんです。半世紀近くこの仕事を続けてきて思うことは、何と軽率に木を扱ってきたかという後悔ばかり。だからこそ、これからもバット作りが続けられる環境を、なんとしても次代に残さなければならない。それが私の最後の使命だと思っています。


オリックス時代の1994年、プロ2年目のイチロー選手が前人未到の年間200本安打を放ったバット。ここから天才の伝説が始まった



CONTENTS
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コンテンツ
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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