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「自然」に魅せられて ホタル博士、水辺を想う
東日本では4秒に1回、西日本では2秒に1回発光する──ホタルの“方言”を発見した大場さんは、30年以上前からその光の謎に独学で挑んできた。水辺に舞う生命のシグナルは「見守り続ける人だけに読みとれる」と、ホタル博士はいう。


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横須賀市内の岩戸川に乱舞するゲンジホタル(円内)の光跡。光りながら飛び回るのはメスを探すオスだけ
[photo]大場信義
日本はもちろん、世界各地のホタルに詳しい大場先生。ニュージーランドやパプア・ニューギニアなどを含め、調査に訪れた国は10カ国以上

Profile

おおば・のぶよし
1945年神奈川県生まれ。東京理科大学卒。横須賀市自然・人文博物館学芸員。理学博士。ホタルの発光行動や習性の研究を進めるかたわら、水辺の環境保全にも力を注いでいる。『ホタルのコミュニケーション』など著書多数。

── 
大場先生の研究拠点である横須賀市内には、現在、ホタルの自生地が20カ所以上もあるそうですね。都市化の著しい首都圏で、水辺の自然がこれほど豊かに残されているとは驚きです。

大場 
内を走る鉄道の駅ごとにホタルの舞う水辺がある、そんな街は全国でもここ横須賀だけでしょう。この辺りは「谷戸」とよばれる、丘陵地に挟まれた地形が幸いし、極端な開発を免れてきましたからね。丘陵からしみ出す水は、いまも街中に清く穏やかな流れをつくり、ホタルやトンボが棲める環境を奇跡的に保っています。ただそのすべてが、昔ながらの自然というわけではありません。一度は失われた水辺を、地域ぐるみの努力でよみがえらせたという例も少なくないのです。
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「研究の裏づけがなければ、正しい保護活動はできません」──博物館内のビオトープではホタル再生のモデル実験が行われている
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日本ではホタルは水辺の生き物(世界的にはむしろ陸生のほうが普通)。幼虫(①)は水底に棲み、自分より大きい巻貝のカワニナ(②)を捕食する
── 
ホタルを呼び戻すために、ですか。

大場 
え。たとえば市の中央部を流れる岩戸川は、かつてはヘドロだらけのドブ川でした。それが20年以上にわたる地道な清掃活動や、生態系に配慮した河川改修の結果、いまでは毎年数百匹のホタルが自然発生するまでに復活しています。日本人になじみ深いゲンジボタルやヘイケボタルの場合、卵・幼虫・さなぎ・成虫と変態するたびに生活空間を変えるので、岸辺や水中、川面の条件がすべて整わないと世代交代は起こりません。そうした理想の生息環境をさらに広げようと、市内各地の小学校などでも、総合的学習の一環として「ホタルの里づくり」がさかんに行われています。
── 
なぜホタルは、人々をそこまで夢中にさせるのでしょう。

大場 
タル舞う水辺はまさに日本のふるさと、原風景なんですよ。多様な生き物と折り合いながら暮らす日本人本来の繊細な感性は、そうした豊かな風景のなかで育まれてきました。私にいわせれば、ホタルを復活させることは、その背景にある日本人の心や民族としての歴史を取り戻すこと。携わる人々がそこに思いをいたさないと、いたずらに発生数を競ったり、イベント的にとりあげたりして、逆に地域の生態系を乱すような事態にもなりかねません。以前、ある場所で観察会を催したとき、遠方からの見学者も大勢いたのに、肝心のホタルがちっとも現れないことがありました。今夜はダメかとあきらめかけたそのとき、すっかり暮れた川面に青白い光がポッとひとつ浮かんだのです。ホタルの美しさは数ではない──たった一匹のホタルに大きな歓声があがるのを聞いて、私は日本人の自然観のすばらしさを確信しました。
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イリオモテボタルのメス。幼虫のように見えるが、これで成虫。卵を守るために、目玉模様に発光して敵を脅す

日本のホタルを代表するヘイケボタル。おもに水田に生息することから、古来もっとも身近なホタルとして親しまれてきた

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学校ビオトープでホタルの里づくりに取り組む横須賀市内の小学生
── 
先生ご自身も、その光の美しさにもう30年以上魅了されているわけですが。

大場 
タルとの出会いは、横須賀市自然・人文博物館を創設された恩師の羽根田弥太博士に、研究してみないかと勧められたのがきっかけです。『ファーブル昆虫記』に憧れたくちですから、虫なら何でもよかったのですが、取り組んでみるとこれが非常に奥深い。以来、ホタルひと筋です。30年間研究してきてわかったのは、わからないことがまだまだあるということ。とりわけ発光の不思議はいわば「地球の奇跡」であり、私の好奇心と探究心を限りなくかきたててくれました。こうした感動体験を、観察会などを通じて多くの人々と共有することができれば、かけがえのない環境を次代に伝える第一歩になるのではないでしょうか。


── 
ところで、先生はホタルと会話を交わすことができるそうですね。

大場 
タルの成虫が点滅するのは雌雄間のコミュニケーションを図るためですが、長年、国内外でフィールドワークを重ねた結果、その発光パターンがかなり明らかになってきました。だから、発光ダイオードなどでオスのシグナルを人工的に再現し、本物のメスを誘う、というようなことも、やろうと思えばできるわけです。オスがメスを探して飛ぶとき、同じゲンジボタルでも、東日本では光り方がのんびり、西日本ではせっかち、そういう“ホタルの方言”までわかっていますからね。しかし水辺に映えるその光の乱舞は、まさに生命のシグナル。私には、危機に瀕する環境下で必死に子孫を残そうとするホタルから、人間への警告のように思えてなりません。


CONTENTS
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コンテンツ
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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