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「自然」に魅せられて [photo]
「最近、沢の水量が減ってきたのが心配」と
語る駒村さん

杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
杉の葉を水車で粉にしてつくる杉線香。原料も設備も動力もすべて自然の恵みに頼るその製法は、100年間少しも変わっていない。「ゴトンゴトンというテンポが性に合うんです」
── 伝統を守る職人のかたわらで、先祖伝来の水車は今日も力強く回っている。
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上=2年前に新調した直径4.3mの上がけ水車。丈夫なマツ材でできている

下=水は霞ヶ浦に注ぐ恋瀬川の源流から。手づくりの水路には蜆が棲む

── 
筑波山麓の渓流になつかしい音が響く。杉線香づくりの老舗、「駒村清明堂」(茨城県石岡市小幡)の水車の音だ。五代目の当主、駒村道廣さんがつくる杉線香は杉100%。水車で動く杵が原料の杉の葉を搗(つ)くたびに、さわやかな緑の香りがよみがえる。

駒村 
「水車の、この“遅さ”がいいんだね。もちろん機械なら、もっとはやく大量に粉にできるけど、じっくり搗かないと、杉の葉が熱をもってせっかくの香りがとんでしまう。そば粉と同じ理屈ですよ。それに砕いた後、また固めて、一本のお線香にするんだから、断面ができるだけ粗くならないように、水車でていねいに砕いたほうがくっつきやすい。だから一日半から二日かけて、ゆっくりゆっくり搗くんです」
── 
(ふるい)にかけてさらに細かくした杉の葉の粉を、清流の水を沸かしたお湯で練りあげて、成型する。使う材料はそれだけ。糊やつなぎの類はいっさい入れない。

駒村 
「お湯で練っているうちに、自然と固まってくるんですよ。杉に含まれるヤニが糊のかわりになるんです。ただ、その練り加減が難しい。原料の質やその日の天気によって、粘りも香りも微妙に違ってくるからね。この杉線香の香りというのは、原料に何かを混ぜたり、加えたりして、“つくれる”ものじゃありません。私たちは杉本来の香りを、ただ引き出しているだけなんです。だからこそ、ごまかしが利かない。先代からも、とにかくまじめに、正直に仕事をしろと、きつくいわれたもんです」

── 
線香づくりは秋から冬にかけて、原料の杉の葉を調達するところからはじまる。駒村さんによると、あまり樹齢の若い杉の葉は、線香に適さないのだという。

駒村 
「うちでは、樹齢50年以上の杉だけを使っています。木が若いと、どうしても粘りが足りないんですよ。人間と同じでね(笑)。昔からこのあたりの山では、香り、粘りともお線香に最適の杉が採れました。ところが、近ごろはその宝の山がほったらかしにされている。山主さんはあまり木を伐らず、植林もしません。お線香の原料だけでなく、水車や水路をつくる材木も、地元で手に入れるのがだんだん難しくなってきました。ほんとうは“地産地消”が一番いいんだけどね」
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筑波山周辺で伐採された杉の葉。
十分に乾燥させてから粉にする

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杉の粉が舞い上がる作業場にはフィトンチッドが充満
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杉線香づくりに必要なのは山の恵みだけではない。駒村さんの先祖は約100年前、この地に移り住んだ。豊かな清流と、水車を回すのに適した地形があったからだ。

駒村 
「明治から大正時代にかけて、この近所だけでも10軒以上の水車小屋があったそうです。もともとこのあたりは水車で商売をする人が集まってできた集落ですからね。私が子供の頃はまだ、水車で菜種油を絞ったり、そばやうどんの粉を挽(ひ)いたりしている家が、何軒か残っていました。それがいつの間にか少なくなって、気がついたら、水車が回っているのはうちだけになっていた。まあ、無理もないでしょう。水車で杉の粉を搗くのも、小麦を挽くのも、手間がかかるばかりで儲からない商売ですから」
── 
現在、県内で水車を使った線香づくりを受け継いでいるのは駒村清明堂だけだ。その珍しさもあって、最近は線香を買うついでに水車を見ていく人が増えたという。

駒村 
「環境学習の一環で見学にくる小・中学生も多いのですが、接していて面白いなと思うのは、大人と子供で反応が違うんですよ。子供のほうが素直に水車のしくみに興味をもってくれる。大人は機械万能の世の中に毒されているのでしょうか。ひととおり説明しても、『すごいですね。それで、モーターはどこにあるんですか』と聞いてくる人がいるくらいですから。それにみなさん、『大変ですね』と心配してくれるんだけど、正直なところ、そういわれても困るんですよ(笑)。こっちは大変だと思っていないし、そう思っていたらとてもできる仕事じゃない。結局は、平成の便利な生活より明治の暮らしのほうが、私の性分にあっているということでしょう。自然の力をうまく活かせば、ここでは何も不自由することはない。100歳の現役水車にそう教えられている気がします」
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細い線香を正確に取り分けて束にする。製品の包装もすべて手作業
右側が無着色の杉線香。自然な色と純粋な杉の香りが楽しめる
Profile

こまむら・みちひろ
1954年茨城県石岡市生まれ。明治時代からつづく線香製造業「駒村清明堂」の五代目として、伝統的な杉線香づくりの技をいまに伝える。製造から販売・営業までこなす傍ら、見学や作業体験の受け入れも行い、その丁寧な解説が参加者の好評を博している。

CONTENTS
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コンテンツ
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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