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「自然」に魅せられて
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槌を握り、炎に向かうと、野口さんの柔和な表情はたちまち頑固な職人の顔に変わる

「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)

童謡でおなじみの「村の鍛冶屋」は、おもに鋤や鎌などの農具を扱う「野鍛冶」のこと。産業としての野鍛冶は廃れ、歌も教科書から消えてしまったが、どっこい、その技と職人気質はいまも健在だ。
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バーナーで炭に火を入れ、コークスをかけると、パチパチ爆ぜる音とともに火の粉が高く舞い上がる。120余年前から受け継がれてきた野鍛冶の技が炎に宿る瞬間だ。

野口 
「小学五年の頃から家の仕事を手伝い、鉄の塊がいろんな形に変わるのを面白いなと思っていました。昔は『向こう打ち(むこうぶち)』といって、二人一組でトンカン、トンカンと鉄を叩き合う手伝いをよくやらされたもんです。鍛冶屋のくらしは火と一体化していますから、火を大事にする気持ちが強く、いいものがつくれるように、けがのないようにと、たえず火の神様にお祈りしています。毎月一日に近所の神社にお参りする『一日(ついたち)参り』も、親父の代から半世紀以上欠かしたことはありません」
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「使う人の声に耳をかたむけ、使う人の身になって」が野口さんのモットーだ。店頭でお客さんの注文を直接聞き、裏手にある工房で製作や修理に励む。

野口 
「野鍛治は“地元密着型”の仕事です。土地によって土の硬さが違うし、お客さんの背丈によって使い勝手も違うからね。要望を細かく聞いて、少しでも使いやすいものを、と工夫しています。30年以上も前に『野口式万能両刃鎌』を考案した親父は、ほんとうに研究熱心でしたよ。75歳で引退するまで、朝から深夜まで作業場にいてね。そんな先代の仕事ぶりをこの目で見て、体に染みこませるようにして覚えてきました」

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鉄は熱いうちに打て――いちいち汗を拭いたり、火の粉を払っていては焼きが甘くなる

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左:バーナーで着火した炭にふいごで風を送って炎を熾す。温度は約1000度刃物は切れ味が命。
右:刃物は切れ味が命。火花とモーター音が交錯するなか、心をこめて研ぎ上げる
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昔はどの村にも一軒は野鍛冶がいたが、農業の機械化で需要が減り、同業者は次々と姿を消していった。そんななか、万能両刃鎌や昭和鋏など、評価の高いオリジナル農具の開発が野口鍛冶店の歴史を支えてきた。

野口 
「商売としては効率が悪いですが、やっぱり長く使ってもらえるものを作りたいね。いい道具は修理すれば、10年、20年使えますから。刃物はいま、100円ショップにあるし、海外からも安いものが入ってきていますが、それと競争しても選ばれる道具を追求しなくちゃいけない。いい刃物は野菜や魚の組織を潰さずにスッと切れるから、味が違うって、料理人の方もいってくれますよ」

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火で軟らかくした鉄に鋼を接合し、形を整えるのが仕事の基本。作業場に冷房設備はなく、夏場は汗まみれの重労働だ。火花が体にかかり、炎を凝視して目も痛める。

野口 
「まず『赤める』といって、地金になる軟鉄を火に入れて熱します。これを槌で叩き延ばし、ある程度の形に整えたら、薬と呼ぶ接合剤で鋼をくっつけて、さらに打つ。打つことで薬を飛ばし、軟鉄と鋼の組織を密に、一体化させるんです。これが『鍛造』と呼ばれる作業です。鍛造で一枚の刃物ができたら、鍬、鎌などの形に切り、焼き入れして冷やし、研磨して仕上げます。鍛造で薬が残っていると、冷やしたときに黒い筋が出て、はがれや錆、膨張のもとになる。『スミが入る』という鍛冶屋のミスです。お客さんにとって道具はひとつだけですから、ミスはひとつも出ないようにしないといけません」
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最近はすぐに勤めを辞める若者が多い。厳しい仕事を通じて伝統の技を継承し、文字通り、鍛冶屋の「火」を絶やさないためにはどうすればいいのか。

野口 
「うちはいろんなものを作るから、基本を覚えるだけで3年。鍛治屋として一人前になるには最低10年はかかりますね。もちろん10年やったからって、必ずものになる保証はありませんよ。お客さんに評価され、道具を買ってもらって初めて、職人といえるんですから。でもね、鍛冶屋という商売そのものが今後も成り立つのか、その不安がなければ、修業が辛くても職人になろうという人はもう少しいるんじゃないかな……。私は、高校を出て1年間会社勤めをしましたが、鍛冶屋になってからは、一度もやめたいと思いませんでした。仕事は、好きになれないとなかなか続かない。今後は製造だけでなく、いい道具を選んで販売する目利きの仕事もして、商売の可能性を拡げ、少しでも後を継いでもらいやすい形にしていきたいですね」
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炎の色や焼けた鉄の色で、微妙な温度変化を見極める


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上刃で切って下刃で挟む、野口さん考案の「二段鋏」。ナスなどの摘み採りが片手で楽々
指にはめて使う「野口式フィンガー採果ナイフ」。きゅうり採りや花摘みに最適
Profile

のぐち・ひろお
1948年埼玉県菖蒲町生まれ。1887年創業の野鍛冶「野口鍛冶店」の四代目として工房兼販売店を経営。伝統の技を継承して農具や生活用品を製作修理するとともに、「二段鋏」「かぼちゃスパッター」「ハンドナイフ」など、オリジナルの「野口式」道具を考案し、高い評価を得ている。野口鍛冶店のHPはhttp://www.noguchi-kajiten.co.jp/

CONTENTS
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コンテンツ
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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