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「自然」に魅せられて

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Profile

あさみ・てつお
1950年埼玉県生まれ。大手企業の営業マンを経て、「阿左美冷蔵」の四代目当主に。天然氷づくりのかたわら、版画家としても精力的に活動。氷を使った独自の技法「氷画」を考案し、高い評価を得る。

氷の匠─冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)


「10年後は無理かなあ」──秩父・長瀞(ながとろ)で野天製氷の伝統を守る阿左美さんはため息をついた。冬場に沢の水を専用池に引きこんでつくる天然氷。
毎夏何万人もの人を魅了する絶品のかき氷が危機に瀕している。

── 
やさしい冷たさ、というんでしょうか。ふつうのかき氷よりも、舌の上でふんわりと溶けるから、氷そのものの甘みがよくわかりますね。これが天然氷の味ですか。

阿左美 
「やっぱり水がうまいんですよ。このあたりにはまだ、秋になれば色づいて枯れ葉がたっぷり積もるような、昔ながらの里山が残っているでしょう。そういう山の腐葉土をゆっくりくぐって湧いてくる水だから、養分が溶け込んでいて旨味や甘みが濃いんです。落葉広葉樹林に育まれたいい水がなければ、この氷は絶対にできません。だから山を守りたくて、地元の森林組合に一人でかけあったこともありましたよ。15年ほど前かなあ。伐採・植林が進められて、山が杉やヒノキに占領されそうになったとき、もうやめてくれって。それでなんとか開発が止まり、いまのところ水質悪化を免れているんです」

── 
かつて秩父には、天然氷をつくる蔵元が10軒近くあったそうですね。

阿左美 
「私が子どもの頃にも、うち以外に1、2軒は残っていました。このあたりは水質がいいだけでなく、もともと天候や地形の面でも野天製氷に適した土地ですから。冬場は、放射冷却で朝の冷え込みが厳しいし、沢沿いの氷池には、1月の中旬まで一日じゅう陽が当たらない。張った氷が溶けにくいんです。もっとも作業するほうは凍えて大変ですけどね。いくらいい水といい気候条件がそろっていても、それだけでいい氷ができるわけじゃありませんから」

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店の庭先で味わう氷の味は格別。店内には阿左美さんの版画も展示されている
── 
阿左美さんの技の見せ所ですね。作業はどういうふうに進められるのでしょう。

阿左美 
「天然氷づくりというのは、ひと言でいうと、氷が育つまでひたすら"掃除"することなんです。まず10月初旬、池の周りの草刈りから始まります。11月中旬までは池の清掃や補修に費やし、11月下旬、霜が降り始めたら沢の水を引き込みます。寒さの程度にもよりますが、木々の落葉が終わるのが12月10日頃。それまでは池に落ちた葉をすくったり、葉が混じった氷をはらったり、枯れ葉とのたたかいです。そして12月中旬に本格的な寒さを待って全面結氷。氷の表面を掃除する作業は、その後も約1カ月間続きます。氷に異物が混じったら、食べられなくなりますからね。氷は、朝方の気温が氷点下5、6℃まで下がると、1cm程度の厚さになります。日中少し溶けるので、氷の成長は1日5mmずつぐらい。天気が順調なら、20日余りで切り出せる厚さになりますが、実際はたいてい雨や雪に降られるので、採氷まで1カ月ぐらいかかるのがふつうです」

── 
雪もだめなんですか? 寒くなって凍りやすくなるように思いますが。

阿左美 
「雪は、天然氷づくりの大敵なんですよ。降ったそばから取り除いていかないと、氷に混じって透明感が損なわれる。油断すると一からやり直しになることもあるんです。ここよりも冷え込みが強く、天気の良い土地ならそういう苦労はありません。氷はもっと早く、きれいにできるでしょう。でも、私の経験では1週間で採氷するよりも、じっくり1カ月かけて凍らせたほうが伏流水の旨味が凝縮しやすい。雨や雪に触れて多少の濁りは出るけれど、見た目と味は違うんです」

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桃(左)と里ぶどうのかき氷。貴重な天然氷を驚くほど山盛りに

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左:無添加、天然素材にこだわった特製シロップ。食べても舌に色がつかない / 右:氷をかく阿左美さん


左:厳寒期に行われる氷の切り出し。2面の製氷池(中央:水を引いていない状態)から今年は約40トンの氷が採れた 右:切り出された板状の氷が氷室に並ぶ。氷の中にうっすらと白く見えるのは雪の層



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天然氷の蔵元は全国に数軒しか残っていない。この水の豊かさが伝統の生命線だ

── 
お話を伺っていると、氷をつくるというより"育てる"という感じですね。

阿左美 
「たしかに天然氷は"つくる"なんて簡単なものじゃないですね。大げさでなく、最近は急激な温暖化とのたたかいなんです。昔はよくひと冬に2回氷がとれたのに、年々凍らなくなってきている。子どもの頃から氷と接しているだけに、ひしひしと実感します。このままでは、いつ天然氷がとれなくなっても不思議はありませんよ。もちろんうちの店では、仮にそうなったとしても、きちんとしたかき氷を出すつもりですが、この秩父の自然に根ざした天然氷の伝統が消えてしまうということは、たんに阿左美冷蔵だけの問題ではありません。もっと大きな危機として、毎年、天然氷を楽しみにしてくれているお客さんにも、考えてもらわなきゃいけないことなんだと思います」

CONTENTS
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コンテンツ
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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