bar
文字サイズ
「自然」に魅せられて


[photo]
若き日の小宮さん。クマやヤギなど「普通の動物」を担当し、飼育全般を任されたことがとても役に立ったという
クマのクーちゃん 人口冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)


地球温暖化の影響か、自然界では冬眠しないクマが増えているという。そんななか、上野動物園のツキノワグマの冬眠展示が3年目を迎えた。この世界初の試みに、発案者の小宮園長は「クマも人も幸せ」と大きな手応えを感じている。
[photo]

上:クマの木登りが間近で観られる放飼場

右:野生のツキノワグマは大木の幹にできたムロ(穴)で冬眠するのを好む

[photo]

── 
飼育下のクマを人工的に冬眠させ、その姿を公開する――「冬眠展示」のアイデアは、30年以上前、かけ出しの飼育係だった小宮園長の、ある思いつきから生まれた。

小宮 
「飼育係になって、最初に担当したのがクマだったんですよ。彼らは冬が近づくと、運動場に出してもボーっとしている。落ち葉をかき集めてそこで寝ちゃったりするから、これは冬眠したいんだな、と。以来、構想を温め続け、2006年にようやく実現にこぎつけました。動物園では普通、冬でも起きているクマが観られるでしょう。考えてみれば不自然だし、ウソなんですよ。私は、動物の“ほんとうの姿”をお見せすることも動物園の大切な使命と考えています。だから冬眠に限らず、展示を工夫するときはいつも自然をお手本にする。それが私のやり方です」

── 
冬眠させるのはツキノワグマの「クー」(メス3歳)。例年11月になると屋内に移し、室温や明るさを自在に制御できる専用施設で冬眠状態へと誘導する。

小宮 
「寒い、暗い、餌がない、そして静かであれば冬眠することは経験的にわかっていましたが、ほんとうに眠ってくれるかどうか、最初はやはり不安でしたね。手順としては、屋内展示室とその奥の準備室の温度を徐々に下げていって、冬の屋外環境をつくりだす。同時に餌の量も減らし、最終的には絶食させます。そうすると、12月の下旬には一番奥の冬眠ブースに籠ってくれるのですが、最初はマイナス5℃の準備室のほうで寝入ってしまって、あわてたこともありました。そこではデータを測定する装置が働かないし、肝心のカメラにクーが映りませんからね。準備室を明るくしてみたら、暗い冬眠ブースに移って丸一日眠るようになりました」


「動物以上に動物園が好き」という小宮園長は新しい展示を次々と生み出すアイデアマン



── 
今までクマの冬眠には謎が多かったが、撮影された映像や呼吸、心拍数、体温などのデータからさまざまなことがわかってきた。

小宮 
「爬虫類や小動物は冬眠中、気温と同じくらいまで体温が下がり仮死状態に近づくのですが、クマは平温から5℃程度しか下がりません。呼吸は1分間に2、3回、心拍数は10から20。約3カ月間飲まず食わずで、排泄もしませんが、ずっと丸まって眠り続けているわけではなく、目覚めが近づくと一日の間に少しずつ起きて、伸びをしたりするんです。こういうことは、推測されてはいたものの、今回の研究で初めて実証されました」

── 
07年3月、クーが初めての人工冬眠から無事に目覚めたとき、小宮園長は喜びと同時に驚きを覚えたという。

小宮 
「体重が12キロも落ちているのに、出てきたとたん、すごく活発に動き始めたんですよ。人間なら考えられないでしょう、私たちが3カ月も寝ていたら筋肉が落ちてヨロヨロですよ(笑)。じつは冬眠展示を始めるにあたっては『冷蔵庫みたいな場所にクマを入れるな』とか『餌をあげないなんてかわいそう』といった批判がかなりあったんです。苦労といえば、それが最大の苦労かもしれません。でもクーの姿を見て改めて確信しましたね、冬眠することはクマにとって幸せなんだと。
逆に、冬眠できない動物園のクマは栄養過多になることが心配ですよ。野生ではありえない、体重100キロ以上のメタボな個体も珍しくありませんから」

── 
クマは冬眠中に出産する。将来は、その不思議な生態もぜひ展示したいと小宮園長。今年もまた、クーの冬じたくが始まった。

小宮 
「冬眠展示は一石数鳥、クマだけでなく人間も幸せにしてくれるんですよ。ひとつは新しい試みに挑戦することによって、うちのスタッフの技術力が高まること。そしてもうひとつは、お客様にも動物のほんとうの姿を知っていただけることです。これまで動物園で動物が寝ていると、つまらないとお客様に叱られたものですが、今回は初めて寝ている姿を見せて喜ばれましたからね。ゆくゆくは冬眠する動物は、みんな冬眠させてやりたいなあ。自然のすばらしいしくみを目の当たりにすれば、誰も『かわいそう』なんていわないでしょう。でもそうすると、上野動物園の冬じたくはてんてこまいになるかな(笑)」

[photo]

樹洞を模した冬眠ブース。

[photo][photo]

左:冬眠中のクー。体重の変化などが自動的に測定される。 / 右:来園者にはモニターで展示

Profile

こみや・てるゆき
1947年東京生まれ。明治大学農学部卒業後、東京都職員となり多摩動物公園に飼育係として配属。上野動物園の飼育係長や同課長などを経て、2004年に15代園長に就任。飼育畑出身の園長就任は同園では初。動物や動物園に関する著書多数。

CONTENTS
------------------------------
コンテンツ
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

ご利用にあたってプライバシーポリシー
Copyright(C) 2000-2016 Seven-Eleven Foundation All Rights Reserved.