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[photo]「自然」に魅せられて
[photo]「私は不器用。だから続けられた」と間島さん。和傘に出会って来年で10年になる
金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)


365日のうち200日は雨か雪といわれる北陸・金沢で、独自の発展を遂げたのが「金沢和傘」だ。堅牢優美な技を守りたい
─ いちずな思いが、途絶えかけた伝統を支える。

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紙は繊維が太くて強い土佐楮を漉いたもの。力のかかる中心部は四重に張って強度を補う


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雨をうけて漆塗りの傘を開くと、鈍色の空にぱっと大輪の花が咲く。閉じた姿形からは想像もつかない金沢和傘の色鮮やかな世界に、間島さんは一瞬で心を奪われた。

間島
「金沢で過ごした大学3年の冬、美術史の研究テーマを探していて偶然出会ったんです。地元の伝統工芸品を紹介する店の片隅で一本の和傘を何気なく手に取り、開いた次の瞬間、私はもう虜になっていました。パリパリという乾いた音とともに、千代紙の鮮やかな朱色が目に飛び込んできて。柄(がら)は、くしくも色とりどりの“傘”の総柄。斬新な意匠に衝撃を受けて、さっそく研究テーマに決めました。その傘を作ったのが、北陸三県で最後の和傘職人である松田弘さんだったのです」


── 
江戸時代に普及した和傘は各地で独自の発展を遂げた。金沢和傘の技もまた、傘を手放せない気候と美を尊ぶ加賀百万石のお国柄に育まれた。

間島 
「多雨多雪に耐えるため、江戸や京の和傘よりも紙が厚く、骨も太い。丈夫で重厚なつくりになっています。それでいて彩りがすごく豊か。本来は補強の目的で施す“千鳥掛け”の技法にも、多色糸をたっぷりと使います。実用に粋好みの装飾性を兼ね備えた、ひとことでいえば『堅牢優美』が金沢和傘の特徴なんです」

── 
しかし、そんな和傘づくりの伝統は失われつつある。当初は研究目的だった間島さんが職人を志し、松田さんに弟子入りを願い出たのも、後継者がいないという現実を知り、その技と美を守りたいと思ったからだ。

間島 
「でも松田さんは、頑として受け入れてくれませんでした。『食べていけない仕事を継がせるわけにはいかない』という職人気質の考えからです。それでもしつこく通ううちに作業場に上がることを許され、仕事も見よう見まねで少しずつさせていただけるようになりました。それから約4年間松田さんのもとへ出入りし、弟子にはなれませんでしたが、『共同制作者』という立場で金沢和傘をつくることを認めていただいたのです」

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糊の炊き加減はその日の天気と相談しながら。柿渋を混ぜて、防水・防腐効果を高める


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紙を張る前に、傘の骨組みを木綿糸でつなぐ

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紙を骨と骨の間三つ分ずつ切って貼っていく

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千鳥掛け。汚れやすい手元に濃い色糸を巻く

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制作日数は全工程を通して1カ月半〜2カ月


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和傘には30以上もの工程があり、本来は下具師、骨師、紙師、張師など十数人の職人が分業してつくる。しかし昭和30年代以降職人が激減し、そのしくみは失われてしまった。

間島 
「だから松田さんは一人ですべてをこなしますし、私も一応、骨づくり以外は全工程を一人で行っています。松田さんから傘づくりの理屈を教わることは、ほとんどありませんでした。ただ『見て盗め』と。そしていきなり仕事をやらせるんですよ。当然うまくできません。そのくりかえしでした。初めて千鳥掛けをやったときも、傘をクルクル回しすぎて眼まで回してしまったのですが、後から「最初はみんなそうなんだ」って(笑)。失敗することを見越して、あえて教えないんです。そうしないと、身体で仕事を覚えないから。先に言葉で理屈を教えれば、もっと早くひと通りのことができるようになるし、材料も無駄にしないですむでしょう。でも、職人の修業にはそういう無駄が必要なんだと、独立してからつくづく思い知らされました」

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独立にあたっては、和紙や竹など材料の仕入れ先の手配も、一人でゼロから行った。“師匠”からの紹介などはいっさいなかったという。

間島 
「何の実績もない私と、簡単に取引してくれるところなどありません。とくに金沢和傘には特殊な厚い和紙を使うので、紙を漉いてもらう職人さんを見つけるのに苦労しました。松田さんは『赤子は放っておいたほうがよく育つ』が持論。当時は大変でしたが、いまは、放っておいてくださってありがとう(笑)。感謝の気持ちでいっぱいですね」

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現在は自宅で1年に60〜70本の傘を制作、ホームページなどを通じて販売している。技術の研鑽(けんさん)に励むととともに、紙に切り張り細工を施すなど、独自のデザインの研究にも力を注ぐ。

間島 
「最近はよく、梅の木や柳の木をモチーフにしています。傘を開くと、その木の下に立っているような気分になれるでしょう。雨の日でも、『さす人が楽しくなれる傘』をつくりたいんです」


── 
ふだんの生活でも和傘を使うことが多いという間島さん。若き和傘職人は“雨”にどんな思いを抱いているのだろうか。

間島 
「和傘と出会ってイメージが変わりましたね。それまではやっぱり鬱陶(うっとう)しかったけれど、和傘をつくり始めてからは、雨を五感で感じられるようになったんです。和紙を弾くポツポツという独特の雨音、防水用の油の匂い、紙を透かしてこぼれおちる柔らかな光――私にとっては大きな発見でした。こういう日本ならではの豊かな雨の趣を、和傘を通じて一人でも多くの人に味わってもらいたいですね」

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Profile

まじま・まどか 1979年神奈川県生まれ。金沢市立美術工芸大学修士課程修了。金沢和傘最後の職人に教えを乞い、独立。注文制作と並行して各地で個展を行う。作品はhttp://www.geocities.jp/karakasamm/で見ることができる。

CONTENTS
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コンテンツ
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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