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「自然」に魅せられて
「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
村人が総出で屋根を葺く「結」の作業を指揮してきた、村一番の屋根葺き職人の和田利治さん。
「自分の家だけど、自分だけの家ではない」という「結」の精神を教えてくれた。
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上はネソをもつ和田さん。ネソはマンサクの若木。繊維を割き縄のようにして、屋根の部材を固定する。乾けば乾くほど強く締まるので強度を保つのに都合がいい。使うまで乾かさずに、水に浸けて保管する(下)

屋根ができると誇らしい
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ある人は地上で茅を運び、ある人は屋根の上で茅を積み、ある人はみんなに振舞う食事の仕度。集まる人数は総勢300人。村人総がかりの屋根葺き、「結」の風景だ。大きな家になると屋根の高さは優に10mを超える。簡単な足場が組んであるだけで命綱はない。その屋根の上に100人以上もの人がいっせいに上り、身軽に仕事をこなしていく。

和田
私がはじめて合掌の屋根に上ったのは17歳のときです。その時分は、屋根の葺き替えといえばすべて結でしたから、一戸から一人は必ず手伝いに出ます。ここ荻町には150戸ほどがあり、1年に3〜4軒の葺き替えがありますから、何度も手伝いに行けば、技術は自然と覚えてしまうものです。ですから男たちはもう職人のようでした。

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和田さんたちは身軽に、屋根に上る。ちょっとした修理は、みんな自分ですませる
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結では、それぞれの技量に応じて役目が振り分けられる。初心者が担当するのは「茅運び」。屋根に上って技術を学ぶのは、慣れてからだ。屋根の質を左右する「葺き師」は、熟練者の役目。その葺き師と息を合わせ、屋根裏で茅を縫い止めるのが「針さし」の仕事だ。「かけや」は木槌で縫い木を叩き、さらに締めていく。もっとも重要なのは、和田さんが担当していた「片葺師」で、屋根の端をきれいに葺き整えていく作業である。才能のありそうな人を見つけて先輩が指導するが、一人前になるには長い時間がかかる。

和田 
家一軒を葺くのに使う茅は8000束以上ですから、「茅運び」だけでも重労働です。屋根に上る役の人になると、朝の7時半から夕方までずっと上りっぱなし。かなり疲れますから、次の日は、体の節々はひどいことになって、ほとんどの人がダウンです。
仕事が終われば料理が振舞われる。当然のこととして一杯飲む。みんなでひとつの仕事をやり遂げた後というのは誇らしいものです。
ここは山奥ですから、昔は娯楽もなかったし、ふだん贅沢な食事をすることもほとんどなかった。だから結で振舞われる豆腐料理や山菜料理は大ご馳走だったんです。大盤振る舞いの宴は、大変楽しいものですが、結の作業はお祭りとは違います。気楽な気持ちではいられません。

屋根葺きに何日もかけられない厳しさ
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屋根の葺き替えは、基本的に1日で済ませる。多くの人手が必要になるのはそのためだ。なぜそんなに急いで葺くのかといえば、農作業などで忙しいなか、何日も屋根葺きに手を割くことができないのと、ビニールシートがなかった時代は、早く屋根が完成しなければ、雨露をしのぐことができないからだ。

和田 
あれだけ大きな屋根を1日で葺くわけですからね。昔は、夜が明けて手元がようやく見えるようになったとき、春先だと朝5時ごろには、もう親戚や組の人らは屋根に上って、古い茅を落とし始めたものです。それを、みんながやって来る朝7時半までに片づけておかないと、「甲斐性がない」と言われる。だから必死でしたよ。そうでないと、その日のうちに終わりませんから。
── 
いくら大勢の人が集まってくれるといっても、結は、甘えが許される世界ではない。

和田 
手伝ってくれるみんなは我先にと仕事をしますから、ちょっと作業にとまどっていると、そこだけがどんどん遅れていく。そうして、茅の厚みが他と違ってきたりすると、屋根が長もちしないんです。今は屋根をはいでもビニールシートで覆っておけばいいので、遅れても待つことができますが、昔はそうはいきませんでした。

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100人あまりがいっせいに屋根に上って葺き替えをする。ヘルメットをかぶり、大世話役として陣頭指揮をとっているのが和田さん(右端)

新しい「結」のかたち
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古くから労働の貸し借りを地域社会の伝統として継承してきた結。だが、最近はめっきり数が減ってきた。生活の変化とともに、結が成り立ちにくくなっているのだ。

和田 
みんなが農業で自給自足をしていたころは、1年の仕事のサイクルが決まっていました。春は、田植えの前に屋根の葺き替えをする。夏は、田んぼや畑の世話をしながら茅場の手入れ。秋は稲刈りを済ませてから「茅かき」(茅刈り)です。でも、観光業や民宿経営、会社勤めで忙しくなると、みんなのスケジュールが違ってきてうまく合わないんです。茅やネソ(柱を固定する縄として使うマンサクの若木)を集めて回る時間もなく、やりたくてもできないという人も多い。だから、昔ながらの結は、今は3〜4年に一度あるかないか……。
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以前はそれぞれの集落が茅場を持ち、「茅頼母子(かやたのもし)」という講(こう)をつくって融通し合っていた。しかし、現在は白川郷で採れる茅はわずかだ。大部分を隣の荘川村や他県に頼らざるを得ない。ネソにしても、葺き替えには最低300本は必要だが、山に入って自力で採らねばならず、さらにそれを1本ずつ練るのは大変な仕事だ。

和田 
それに、トタン屋根にしている家には、結返しができないという心苦しさが残ります。合掌屋根ならいずれ返せますが、トタン屋根の家には借りっぱなしになってしまう。だから、この頃は業者の力を借りることが多くなりました。ただ気苦労がいらないかわりに、弊害もあります。村総出の結が少なくなると、若者が技術を習得しにくくなる。たまに結に参加したといっても、おそらくは覚えていないでしょう。すると、次に結があるときには素人ばかりが集まるわけで、熟練者の負担は増えるわ、仕上がりの質は落ちるわで、この先が心配です。

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荻町ではこうして伝統的な結が姿を消すいっぽう新しい結のかたちが見られるようになった。葺き替えの準備や下地作り、あるいは屋根葺きの途中までを業者に任せ、できる部分を村総出の結でおこなったり、合掌の家々が結成した組合で本来は一日で済ます葺き替えを、1週間ほどかけておこなったり、地元の中学生や全国のボランティアの力を借りたり……こうした手法は、伝統的な結と区別して「現代結」とも呼ばれる。ただここでいう業者(、、)も技術を習得した地元の住民だから、完全な外注とはいえない。和田さんの息子の茂さんも屋根葺き職人だ。いまや若い弟子も増え、技術の伝承につとめている。

和田 
合掌の家は、ご先祖様が人様の力を借りて建てたもの。自分も大勢の人に助けてもらわなければなりません。だから「自分の家だけど、自分だけの家ではない」とみんなが思っている。その気持ちが結の原点でしょう。その思いさえなくさなければ、たとえ形は変わっても、結の精神は残っていく。守るというのは、形ではなく心の問題なのです。ふるさとに誇りを持ち続けるためにも、この結の精神を守り続けることが大切だと思います。

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屋根の上の飾り茅は、縄を腐らせないよう毎年入れ替える。家の見栄えをよくするため置き方にもそれぞれ工夫がある。立っているのは若き日の和田さん
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一面に茅が生い茂る村の茅場。これでも1軒分の屋根にはとうてい足りず、他の村から調達する。
Profile

わだ・としはる 1933年生まれ。白川村荻町に生まれ、17歳から合掌造りの屋根葺きに携わる。30代後半から棟梁的な立場である「片切師」として活躍、後進の育成にも力を注ぐ。自宅は築110年以上の合掌造り。民宿「わだや」を経営。
CONTENTS
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コンテンツ
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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