bar
文字サイズ
「自然」に魅せられて
田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
マコモやアマモなど水生植物や落穂を好むハクチョウは、昼は田んぼに降り立ち食べ物をついばむ。
なかでも減農薬農業のさかんな笹神地区は、ハクチョウたち渡り鳥の貴重な採食の場となった。
[photo][photo]
稲刈りツアーで指導役を務める石塚美津夫さん(上)。石塚さんの有機農法を助ける冬水田んぼ(下)は、真冬には凍ってシャーベット状になる
 

田んぼの神さまイトミミズを祀る
── 
日本有数の米どころ、新潟。その米作りを支える広大な越後平野の東端、まさに平地が山裾とぶつかるあたりに、「糸(いと)蚯蚓(みみず)神社」という小さな祠(ほこら)がある。
この一風変わった神社を建てたのは、阿賀野市笹神(ささかみ)地区の「JAささかみ」で長年営農指導にあたってきた石塚美津夫さんだ。石塚さんは農協に勤めながら、自身、有機農業に取り組んできた。4年前、定年を待たずに55歳で農協を辞め、有機ひと筋の専業農家となった。

石塚
僕は「農薬や化学肥料を使うな」という指導を20年ほどやってきたんですが、そんな人間が片手間で有機農業をやるのは失礼だと思ったんです。それで農協を辞めて専業になったんですが、最初にやった仕事が、この糸蚯蚓神社を造ることだった(笑)。

── 
いったい糸蚯蚓神社とは何か? 97年、石塚さんの有機農業は10アールの田んぼからスタートした。雑草と格闘する毎日だった。だが、冬水田んぼと出会ってからは、それまでの農業観が一変した。農薬や化学肥料を与えていない冬水田んぼでは、イトミミズが面白いように増える。冬に田んぼに水を張っておくと、半年ほどのあいだにイトミミズの糞が4〜5cmも堆積するという。これをトロトロ層といい、雑草の種はこのトロトロ層に光を遮断され、芽を出すことができないのだ。

石塚 
人間は偉そうに、地球に対して頭を上にしているでしょ。だけど、この50年間でどれだけ環境を悪くしてきたか……。でも、頭を下に向けているイトミミズは、我々がかつて使った農薬まで浄化してくれる。だから僕は、イトミミズが田んぼの神さまだと考えるようになったんです。ちゃんと地元の神社からご神体をいただいてきて、神主さんのご好意で祝詞まで作っていただいたんですよ。

[photo]
朝、ハクチョウたちは家族単位で次々と瓢湖を飛び立ち、笹神の田んぼに降り立つ(上)。石塚さんの冬水田んぼ(左下)と、手づくりのぼかし肥料を撒く石塚さん(右下)
[photo][photo]

笹神の田んぼは渡り鳥を支える台所
── 
石塚さんは、冬水田んぼは、「雑草の種を殺すのではなく、土の中で眠っていなさいという、地球に一番優しい農法」だという。

石塚 
田んぼに水を張ると、まず藻類が生まれて光合成をします。すると、黙っていても光合成細菌が出てきて、次にそれを食べるミジンコのような微生物が出現します。そしてまたそれを食べる小動物が出てきて、最後は大型の鳥や哺乳類へとつながっていく。水から生物の連鎖が始まっていくんです。雑草を取り除くなんて、農薬を使えば簡単なんですよ。でもそれをしないことによって、こういう生物の連鎖が生まれるんです。
[photo][photo]
冬水田んぼで発生した大量のイトミミズたち。農作業の前には、田んぼの傍らに佇む糸蚯蚓神社(上)にお参りする
── 
夏にはホタルが飛び交い、冬にはハクチョウをはじめとする渡り鳥が水草や落穂をついばみにやって来る。石塚さんによると、「ひいき目かもしれませんが、瓢湖のハクチョウの8割は笹神で食事をしている」とのこと。渡り鳥にとって、笹神は貴重な採食の場なのである。

石塚 
いまは合併して同じ阿賀野市になりましたが、ハクチョウで有名な瓢湖はもと水原町、僕らが農業をやっているのはもと笹神村です。だから僕はよく、「瓢湖は水原のものだけど、ハクチョウは笹神のものだ」というんです。だって昼間、ハクチョウは笹神の田んぼにいるんですから。僕は専門家ではないので推測に過ぎませんが、鳥は落穂と一緒に土も食べているんじゃないか。ハクチョウが笹神に飛んでくるのは、有機の田んぼの土が美味しいからじゃないかと思っています。

生きものと共に生きる「百姓」でありたい
── 
旧笹神村では、早くからJAささかみを主体に、村ぐるみで「環境創造型農業」に取り組んできた。石塚さんはその旗振り役の一人だ。
バブル経済華やかなりし1990年、「土づくりは村づくり」を合言葉に、村は「ゆうきの里」を宣言した。竹下政権下で交付された1億円の「ふるさと創生金」も堆肥センターの建設に投じた。こうした取り組みに支えられて、JAささかみ管内の田んぼでは、その60%以上を減農薬・減化学肥料栽培米が占めることになった。

石塚 
じつはこの取り組みが進む前は、僕も「とにかく農薬を使え」といっていたんです。でも、消費者とじかに交流するようになって、考え方が変わりました。消費者が求めているものがわかってくると、減農薬や減化学肥料、そして有機にたどりつく。有機を始めてから、改めて生きものと共生する大切さを感じました。
── 
笹神で消費者交流がスタートしたのは、減反政策が恒久化する1978年からだ。稲作が基幹産業である笹神では、減反政策に村をあげて反対、その年の減反達成率は全国ワーストワンだった。その報道に目を留めたのが、米の産直の可能性を模索していた首都圏コープ(現・パルシステム)だった。さっそく笹神を訪れたのをきっかけに、消費者交流が始まった。

石塚 
産直が実現したのは、特別栽培米制度がスタートした1988年ですが、その前からずっと都市の消費者を受け入れて田植えや稲刈りツアー、サマーキャンプなどを実施してきました。笹神で減農薬・減化学肥料の取り組みが進んだのは、この産直に支えられたからです。とはいえ、完全有機農業となると、相当な信念がないとできません。
[photo][photo]
鎌で稲を刈り、手で稲を束ね、稲架に掛ける(左)。稲刈りツアーでは、慣れない作業に四苦八苦。でもそれも楽しみのひとつだ

── 
農協で村ぐるみの取り組みに邁進し、自分のやりたいことはだいたいやってきたという石塚さん。有機農業を徹底してつきつめるためには、職場を辞め専従する必要があった。石塚家の食料自給率は、現在70%を超えている。米や野菜はもちろん、育てた大豆で味噌や納豆も作れば、エゴマを搾って油も作る。飼っているニワトリから新鮮な卵を毎日いただき、ヤギの乳を搾ってチーズを作る。池に泳ぐ鯉も食卓に並ぶ。田んぼをめぐる水路ではドジョウが獲れ、裏山では山菜が採れる。すべて有機の食材ばかりだ。

石塚 
でもそんなの、半世紀前の農家なら当たり前だったんですよ。それがいつの間にか、米なら米だけ、牛なら牛だけというふうに分かれてしまった。だから、僕は農家である前に「百姓」でありたいと思っているんです。お金だけが目的なのではなく、生き方、暮らし、すべてをひっくるめると、「百姓」という言葉がしっくりきます。僕は「百姓」として、生き物と共に暮らしていきたい。人間だけの世界よりも、イトミミズもいればハクチョウもいるという多様な世界のほうが、ずっと面白いでしょ。

[photo]
石塚家で飼っているヤギ(左)は、乳を提供してくれるだけでなく、田畑の雑草まで食べてくれる隠れた助っ人。
[photo][photo]
ニワトリ(左上)餌まで有機だ。石塚家の食卓には、新鮮な卵をはじめ、家から半径500m以内で採れた有機食材ばかりが並ぶ
Profile

いしづか・みつお 1953年生まれ。JAささかみで営農指導に当たりながら、首都圏コープ(現・パルシステム)との交流事業、堆肥センター建設事業等、数々の事業に携わる。04年にNPO「食農ネットささかみ」、06年に農家民宿「オリザささかみ自然宿」と耕作放棄地を復田した「夢の谷ファーム」を設立。07年にJAささかみを退職、専業農家に。
CONTENTS
------------------------------
コンテンツ
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

ご利用にあたってプライバシーポリシー
Copyright(C) 2000-2016 Seven-Eleven Foundation All Rights Reserved.