bar
文字サイズ
「自然」に魅せられて
スズメバチハンター走る! 松丸雅一(養蜂家)
スズメバチに刺されて、人が死亡する例は、クマや毒ヘビのそれより多いという。
里山の開発によって、人とハチとの接触機会が増えたためだ。
千葉県市川市で、スズメバチ駆除に取り組む養蜂家の松丸雅一さんはきょうも大忙しである。
[photo]
Profile

まつまる・まさいち 千葉県生まれ。有限会社松丸農産代表。市川市内数カ所で養蜂を営み、自家製蜂蜜の販売や花粉交配用のミツバチの貸し出しなどをおこなうかたわら、市民や行政からの依頼でスズメバチ駆除に取り組む。ハチの習性を熟知する駆除の名人としてメディアの取材も多い。NPO法人東京ミツバチ研究会理事。

獰猛なオオスズメバチが床下に!?
── 
養蜂家にしてハチ駆除の名人、市川市在住の松丸雅一さんが一年で一番忙しいのは、地元特産のナシが旬を迎える秋の盛りだ。スズメバチの被害が頻発し、駆除の依頼が殺到するからである。依頼は多いときで年間300件。大半が9、10月に集中するという。
松丸
ピーク時には、一日に10件近く回ることもあります。なぜそれほど秋にスズメバチの被害が多いかというと、春に女王バチ一匹で作り始めた巣が秋口になると巨大化し、巣内のハチの数が爆発的に増えるんです。しかもこの時期は、次の世代の女王バチを作るため、幼虫に大量のエサを与える必要があるので、働きバチは獲物を探して活発に飛び回ります。スズメバチの幼虫は昆虫が主食です。だから攻撃性が強く、人にも襲いかかってくるんです。
[photo]
前日に駆除したコガタスズメバチの巣。巣室に“蜂の子”(幼虫やサナギ)が詰まっている
── 
秋が深まり、エサになる昆虫が減ってくると、ミツバチなど小型のハチの巣を集団で襲うことも珍しくない。スズメバチが養蜂家の天敵とされるゆえんだ。
松丸
ミツバチをよく襲うのは最も大型で獰猛なオオスズメバチです。巣箱に入られたらもうダメ、あっという間に二、三群が全滅してしまいます。私が養蜂業のかたわら駆除の仕事を始めたのも、育てていたミツバチを襲われたのがきっかけでした。市川は都心近くで、いまなお貴重な自然を残す地域ですが、やはり宅地開発が広がるにつれ、棲み家を追われたハチが人間の生活圏にまで出てくるようになったんですね。最近は意外な場所で巣を発見することが多くなりました。たとえば、人の足音がドンドン響くような家の床下です。オオスズメバチの女王バチはすごく神経質で、本来、そういう場所には営巣しないはずなんですがね。だから住民の方も、まさか危険なスズメバチが、そんな身近にいるなんて思いもしませんから、知らずにハチを刺激してしまうんです。
── 
巣の駆除作業も、年を追うごとに難しくなってきた。人とハチの生活圏が複雑に重なり合ってきているからだ。ハチの習性を熟知する名人でなければ、手に負えない現場も少なくない。
松丸 
一番神経を使うのは、人家や通勤・通学路に面した場所の巣を取るときです。時間帯を選び、安全かつ迅速に作業を進めなければいけません。駆除中に人が通りかかったり騒いだりすると、ハチはますます興奮し、被害が広がってしまいますから。殺虫剤はかえってハチが暴れるので、うちではほとんど使いません。ハチを一時的に麻痺させる煙幕と捕獲箱で生け捕りにしながら、巣を取り除くのが私のやり方です。
── 
それでもハチの興奮はなかなか治まらない。巣を守ろうと必死で攻撃してくる。松丸さんも何度となく防護服の上から刺されたという。
松丸 
防護服の中は暑いでしょう。汗で生地が肌に張りついてくると、スズメバチの大きな針が皮膚に届きやすくなるんですね。依頼者の前では、刺されたって平気な顔をしていますけど(笑)、そりゃあ本当は痛いですよ。とくにオオスズメバチは、痛みも毒性の強さも段違い。すごく腫れるし、人によってはアナフィラキシーショックと呼ばれるショック症状が現れ、命にかかわる事態になりかねません。本当に危険です。
[photo]
トックリを逆さまにしたような形の巣はコガタスズメバチの営巣初期のもの。松丸さんによると、この頃の巣なら女王バチ1匹しかいないので比較的容易に駆除できる
変わってきた営巣場所
[photo]
使い込まれた防護服にハチの警戒フェロモンがしみついているため、「現場へ着いた瞬間から襲ってきます」と松丸さん。駆除作業は少しの油断も許されない
── 
松丸さんは、ハチをめぐる環境に、新しい変化が起こりつつあることを実感している。常識が通用しなくなったのだ。
松丸 
営巣場所が明らかに変わってきています。一昨年、「公園に置かれた野鳥の巣箱にスズメバチが巣を作っているので駆除してほしい」という依頼を受けました。営巣の状況から、小型種のキイロスズメバチかコガタスズメバチだと思って行って見たらびっくり! オオスズメバチだった。オオスズメバチは本来、土中や木の根元の狭い空間に好んで巣を作ります。人家の床下もその環境に近い。逆に見晴らしのいい高い場所や開けた空間には作らないのがふつうでした。ところが近年は、高い木の洞などに営巣するようになった。温暖化の影響で夏場に見舞う豪雨のために、地面近くに巣を作ると流される危険があるからかもしれません。
 温暖化は、ハチの生活史にも影響を与えているように思います。数年前の11月末、お寺の境内のシイの木の洞から、12段ほどある巨大な巣を取り除いたことがあります。もう冬ですよ。本来なら子育てを終え、越冬準備に入る頃なのに、巣の一番上の新しい部分では、女王バチがまだ卵を産んでいて、働きバチが一所懸命子育てをしていました。繁殖時期が伸びれば、それだけ被害が増えることを考えなければいけません。
ハチたちに現れる農薬の影響
── 
松丸さんは市川市内の数カ所で、父の代から続く養蜂を営んでいるが、そこでも深刻な環境の変化に直面している。農薬の影響でミツバチの免疫力が低下し、病気にかかりやすくなっているのだ。
松丸 
うちでは蜂蜜を採るだけでなく、周辺のナシやイチゴ、ブルーベリーなどを栽培する農家に、ミツバチを巣箱ごと貸し出しています。ミツバチの習性を利用して、果樹の花粉交配を効率的におこなうためです。ただ、農薬を多く使うところに貸し出すと……。せっかく苦労して育てたハチですからね。無農薬の果樹園では、ハチは元気どころか、数が増えて戻ってくることさえあるんです。ミツバチを捕食するスズメバチにも、農薬の影響が及ばないはずはありません。私が見た限りでは、実際にその兆候が現れています。
── 
人にとって危険で有害なスズメバチも、自然界にとっては生態系のバランスを支える一種である。むやみに排除せずに被害を避ける知恵はないものか。
松丸 
被害に遭った人はたいてい、それ以前からハチの姿を見かけてはいるんです。だけど、それがスズメバチだと気づかない。自分の生活圏内の風景や自然に、もうちょっと注目してほしいですね。春のまだ巣が小さいうちに発見すれば、ハチの数も少なく、おとなしいので、一般の方でも駆除できます。最近は、郊外より植栽が進んだ都市部のほうが、ハチにとって棲みやすい環境になっているということは、頭に入れておいてください。
[photo]
生け捕りにしたスズメバチは焼酎漬けにすると精のつく飲みものに。生活習慣病の予防などに効果がある。毒と薬はまさに紙一重
[photo]
松丸さん手製のミツバチの巣箱。スズメバチは襲った獲物にも激しく執着するので、いったん占拠された巣箱はうかつに開けられない
CONTENTS
------------------------------
コンテンツ
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

ご利用にあたってプライバシーポリシー
Copyright(C) 2000-2016 Seven-Eleven Foundation All Rights Reserved.