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「自然」に魅せられて
大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
固有種ニホンイシガメの国内有数の生息地のはずなのに、なぜ激減したのか ── 自ら教鞭をとる大学構内に飼育施設を作り、自然繁殖に乗り出した先生がいる。
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岐阜大学「淡水生物園」で生まれたニホンイシガメの幼体。孵化は毎年9月初め。銭の形を連想させることからゼニガメとも呼ばれる

外来種のアカミミばかりが甲羅干しする「不自然」な環境
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専門は動物園動物の繁殖学なのに、なぜ爬虫類のニホンイシガメの研究を、それも保護増殖を手がけることになったのか。

楠田
子供の頃からなぜかカメが好きでしたからね。生まれ育ったのが神戸の河口付近だったのでよく川遊びをしましたが、目にするのはクサガメばかり。一度、野生のニホンイシガメを見てみたいと思っていたんです。大学は神奈川県にあったのですが、動物園動物の研究を続けたくて、同じ研究分野のあった岐阜大学の大学院を選びました。東海地方は日本でも有数のニホンイシガメの生息地として知られているので、岐阜に行けば、さすがにイシガメを見られるだろうという期待もあって。ところが来てびっくり。2002年当時ですが、大学構内を流れる小川や池の石の上で甲羅干しをしているのは、外来種のアカミミガメ(ミドリガメ)ばかり。本来、自然であるべき環境が不自然な環境になっている。これはなんとかしなければ、というわけです。
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応用生物科学部の助教になって2年後の2010年8月、学生と、構内と周辺の河川の実態調査を始め、翌年11月までに4種のカメ、453匹を捕獲した。その結果わかったのは、ミシシッピアカミミガメが64%、クサガメが31%、ニホンイシガメは、わずか3%、残り2%がスッポンという、思った以上に深刻な実態だった。

楠田 
ニホンイシガメを守るためにはアカミミガメを駆除しなければという話になりがちですが、アカミミガメを駆除すればするほど、今度はそこにクサガメが入り込み、ニホンイシガメと交雑して、交雑種が増えていくという可能性も否定できない。交雑種ばかりになって固有種がいなくなれば、生物多様性は失われてしまいます。アカミミガメの駆除対策はもちろん大切なことですが、それと並行して、危機に瀕しているニホンイシガメを繁殖させることも考えなければ、というのが私たちの立場です。
ニホンイシガメの自然飼育エリアで院生と。左奥の茂みがカスミサンショウウオの飼育エリア。中央の看板には造形作家・守亜(もりあ)さん作のフィギュア(右)が
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2010年、大学構内に空き地を確保。資金のあてもないまま、学生たちとスコップを手にイシガメの保護増殖池作りに着手した。ところがそこは砂利の廃棄場所だったところで、掘っても掘っても出てくるのは石ころばかり。見かねた地元の建材会社の会長が重機作業と人手の提供を申し出てくれた。あとは学内の助成金でなんとかやりくりし、翌年6月、ようやく思い描いていた「淡水生物園」が完成をみる。しかし大学周辺のニホンイシガメは絶滅寸前。親ガメの確保はままならず、当初の池は、アカミミガメ数百匹に対してニホンイシガメ10匹弱という、なん都も心細い状態だった。ところがその年の9月、なんと8匹のイシガメが孵化したのである。
楠田 
嬉しかったですよ、予想もしていませんでしたから。その後は大学エリアでやっと見つけた個体を捕獲しては、淡水生物園の自然飼育池に入れることをしているうちに、2012年には4匹、13年は13匹、14年には20匹の孵化後幼体を園内で発見できるまでになりました。これで園内で着実に増えているのはわかったのですが、あらたな問題も起きました。昼間はカラスが、夜はネコが侵入するんです。ほとんどの卵が食べられてしまった年もあります。天井を網で覆ったりして園内を整備する必要があるのですが、なかなかお金がなくて。希少種の保護を支援したいという個人や企業があったらぜひご連絡いただきたい。

カスミサンショウウオの「保険地」にもなった
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園内は自然飼育エリアと研究飼育エリアに分かれているが、2つのエリアの中央、木立の茂る場所には、両生類の希少種も自然飼育されている。環境省のレッドリストで絶滅危惧Ⅱ類に指定されたカスミサンショウウオだ。県内に生息地は2カ所のみ。そのうちの1カ所はなんと住宅地に隣接する駐車場の側溝。そこが産卵場所になっていたという。

楠田 
淡水生物園を作るとき、淡水生物の水族館「アクア・トトぎふ」や市の自然環境課、岐阜高校でカスミサンショウウオの保全活動をしている人たちと知り合いまして、「もし生息地の環境が激変してサンショウウオが棲めなくなったら、市内の生息数はゼロになる。万一のために淡水生物園を“保険地”として使わせてくれないか」と相談されて。園のまんなかは日陰だし、生息にはちょうどよい。空いているので、ぜひどうぞと。岐阜市役所と岐阜高校の生徒たちは、毎年、生息地からすべての卵嚢を回収して高校の実験室で孵化させ、上陸する直前まで育てて、それを現地へ再放流するという活動を2007年から続けていたんです。園に放流されたのは2011年からですが、その後幼生が発見されているので、順調に繁殖しているようです。
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ゾウの直腸で体温を測る楠田さん。人間と同じように基礎体温から性周期がわかることを発見した
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淡水生物園の研究飼育エリアの水槽では、ミシシッピアカミミガメも飼育されているが、あくまでも研究用だ
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本来の生息地に何か起きて、種が存続できなくなる事態を見越して、生息地以外の場所を確保し繁殖させる……淡水生物園は、ニホンイシガメやカスミサンショウウオを絶滅させないための、いわば保険としての役割を担っているのだ。

楠田 
私の専門の動物繁殖学というのは、家畜・家禽の繁殖と同時に、哺乳類・鳥類の種の保全という命題も与えられています。近年は動物園がこの「域外保全」の役割を果たしています。日本がワシントン条約に加盟した80年代頃から動物の輸出入が厳しくなり、世界の動物園は、それまでの、飼育して展示するというあり方から、展示を続けるには繁殖させなければならなくなった。少ない数のなかからいかに効率よく繁殖させるか。私の研究室では、繁殖の難しい動物の一種であるゾウなどの妊娠判定などをしています。妊娠の兆候をとらえるのは容易ではないので、おもに性ホルモンの変化を分析して判定しますが、人だったら採尿や採血ができるけど、ゾウはそう簡単にさせてくれない。そこで糞で代替させて、ホルモンの代謝物を測定するわけです。私たちがかかわったなかで、2013年に東山動物園で生まれたアジアゾウのさくらは、その代表的な成功例です。目下、アカミミガメがなぜこんなに増えるのか、イシガメがなぜ増えないのか、こういった生理学の手法を使って解明できないかと。

同じ種でも生息場所によって遺伝子が違う
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淡水生物園の存在が報道されてから、イシガメを提供したい、引き取って欲しいという電話が相次いだ。

楠田 
そんなときは、まずどこで捕まえたのかを聞くことにしています。それが岐阜大学の周辺か市内だったら、遺伝子的に変わらない可能性が高いので引き取りますが、それ以外の場所だったら、そのまま飼い続けるか、自分で里親を探してください、と。淡水生物園は、この付近で生まれ育ったカメの遺伝子を守るために繁殖させているわけですから。野生生物は生息場所によって違う遺伝子を持っています。それが生物多様性であり、野生のなかで命をつないでいく大切な要素なのです。たとえば、平行して流れるA川とB川が海でしかつながっていないとすれば、A川とB川のメダカは遺伝子が違います。同じメダカだからといって放流してしまうと、人為的に交配させることになり、自然を改変することにつながるんです。そればかりか、ペットの放流は、それまで人間とのかかわりのなかで貯めこんだ細菌を野外に放つことにもなり、何が起こるかわかりません。
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繁殖させたニホンイシガメを本来の生息地へ戻すことは可能なのか。

楠田 
川や池が汚すぎて、生息に適した場所が少ない。放したいけど、放せる環境にないというのが現実ですね。フィールドを守るのは私たちの分野ではありませんが、環境工学的なことも含め、行政と市民団体が連携して、早急に河川の環境を向上させないと。
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クリッとした目、端正な顔立ちが特徴のニホンイシガメ。中国で珍重されることから、近年、日本から大量に輸出され、規制がかかった。現在は、繁殖可能な成体を国内に残すため、輸出できるのは背甲長8cm未満のみ
Profile

くすだ・さとし 1978年兵庫県生まれ。小さい頃から動物が好きで、動物のことを勉強するために日本大学生物資源科学部へ。動物園動物の繁殖学の分野に惹かれて岐阜大学大学院へ進み、2013年より現職。岐阜県のニホンイシガメが絶滅の危機に瀕しているのを目の当たりにして、個体数を増やそうと、2011年、大学構内に「淡水生物園」を開設。同じ園内で絶滅が危惧されるカスミサンショウウオの域外飼育にも取り組んでいる。
CONTENTS
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コンテンツ
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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