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「自然」に魅せられて
タカの渡りを追う 久野公啓(写真家、渡り鳥研究家)
翼を大きく広げ、上昇気流にのって旋回する数羽のタカ。しだいに高度を上げると、どこかへ向かって滑るようにその場を離れていく──タカの渡りはなぜこんなに人を惹きつけるのだろうか。
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Profile

くの・きみひろ 1965 年愛知県生まれ。信州大学農学部卒。長野県伊那市在住。信州ワシタカ類渡り調査研究グループに属し、白樺峠や龍飛崎での渡り鳥のカウント調査をライフワークとする。著書に『タカの渡りを楽しむ本』『田んぼで出会う花・虫・鳥』などがある。
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タカ柱。上昇気流をつかまえながら飛ぶのは、翼の幅が広くて尾が大きく広がる種類のタカが得意とする飛行術だ

「タカ柱」の壮観
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日本には鳥の渡りが見られる場所がいくつかある。その一つ、長野県松本市郊外の白樺峠は、ワシタカ類の飛翔が肉眼でも観察できる絶景スポットである。タカの渡りが始まるのは毎年9月中旬頃からだ。
久野
まずサシバ、ハチクマが飛び始め、多いときは1日に1000羽を超える大集団になります。それが一段落した10月初め頃からはノスリとツミの数が増えてきて、これが11月中旬ぐらいまで続きます。ここで見られるタカの9割はこの4種ですが、ほかにミサゴ、トビ、ハヤブサ、オオタカ、ハイタカ……と、およそ15種類ものタカが見られるのが白樺峠の魅力です。
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双眼鏡と双眼のスコープを駆使してタカを追う。スコープは三脚を高めにセットし、真上も狙えるようにしてある
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話している間にも、眼下の谷あいから、肉眼にはゴマ粒ほどの大きさに見えるタカがゆっくりと舞い上がってきた。そして、1羽、また1羽とその数を増やし、天空を悠然と旋回し始める。
久野
あれが「タカ柱」です。地表が太陽光で温められることによって上昇気流が発生し、タカたちはその風をとらえて、旋回しながら上空へのぼっていくんです。そしてある程度の高さまでのぼったら、目当ての方角へスーッと流れるように飛んでいく。それが渡りの飛び方です。いま見えているのはノスリですが、ほとんどはばたいていないでしょう、グライダーと同じで、風に乗っているだけですからエネルギー消費がきわめて少ない。タカの仲間やツル、コウノトリなど大型の鳥が得意とする飛び方です。
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たとえば春に日本から中国大陸を経由して東南アジアへ向かうハチクマは、五島列島から先、はるか600kmの東シナ海の上を飛ぶという。とすると、海上でも上昇気流にのる飛び方をしているのだろうか。
久野

そのようです。ハチクマに発信機をつけて追跡したとき、五島列島から海上に出たあとも、旋回して旋回して、ちょっと流れて……というのを繰り返していることがわかりました。そういう飛び方をすると、目的地に到達するのに時間がかかりすぎるように思えますが、そのほうがエネルギーを使わなくて楽なんでしょうね。

タカに限らず、渡り鳥は海に出ようとするときには勇気がいるようで、ためらう様子がよく見られます。いったん海に出てしまうと、飛び続けるしかなくなる。休むこともエサを食べることもできませんからね。そこで、最短距離にするために、いよいよここから海に出るしかない、というところまで行って、そこから一気に飛び立とうとするわけです。運悪く風が強かったり、気流が悪かったりすれば、飛び立てません。岬のような突き出た場所が渡りの観察スポットになるのは、そこが海へ出ようとする鳥たちが最後に通過する場所だからです。愛知県の伊良湖(いらご)岬はその典型です。


シーズン中はテント暮らし
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久野さんの観察場所は、標高約1600m、若いカラマツ植林地を少し切り開いた見晴らしのよい一角だ。信州ワシタカ類渡り調査研究グループ(信州タカ渡り研)の一員である久野さんは、秋の渡りのシーズンになると、ここにテントを設営して常駐し、通過するタカの数を種類別に毎日カウントし、ウェブサイトに速報を掲載する仕事をしている。個体数の推移は瞬時にグラフ化され、データは毎年蓄積されていくので、種類ごとの毎年の個体数や、ピーク時期がどう変動しているかが一目瞭然だ。
久野
カウントに参加している主要メンバーは10人ほどですが、毎年9月1日から11月半ばまでは、私はこのテントに住み込んでいます(笑)。雨が降るとタカはほとんど移動しないので、伊那市の自宅に帰れるのはそんなときだけです。ここで調査が始まったのが1991年だから、もう20年以上、ずっとこんな調子で、おまけに10年ほど前から春に1カ月半ほど龍飛崎でのカウントに参加しているので、ほぼ1年キャンプ生活です。
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信州タカ渡り研の調査基地。タカを見つけるたびに種類を識別してカウントし、記録する。飛んでいく方向が決まっているので、同じタカを2度カウントしてしまうことは基本的にない
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衛星追跡されたハチクマ(成鳥♀)の渡りルート(樋口広芳『鳥たちの旅』参照)
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久野さんのタカとの出会いは小学生のとき。1972年、地元に近い愛知県・伊良湖岬で大規模なサシバの渡りが観察されたことが全国紙で報道され、いつか見たいと思っていた。夢がかなったのは中学のとき、父に伊良湖岬に連れていってもらい、勇壮なサシバの飛翔を見た。植物を研究するつもりで信州大学農学部に進むが、名城大学理工学部助手で、地元愛知の野鳥や環境保全の論客だった辻淳夫さん(現・日本湿地ネットワーク代表)に出会って進路は変わった。
久野
辻先生はのちに藤前干潟の保全活動を主導した方で、私にとっては偉大な恩師といっていい存在です。当時はマスコミの取材が頻繁にありましたが、先生のコメントは常に科学的に正確で、予備知識のない記者にもわかりやすいものでした。大学に通うかたわら、伊良湖岬での先生の調査を手伝うようになって、卒業後も、秋になると車で寝泊まりしながら伊良湖岬の調査を続けました。白樺峠のタカの渡りのカウント調査は、その延長線上にあります。

にぎわう「たか見の広場」
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久野さんたちが調査を始めて、白樺峠にはハチクマが多いことがわかった。ハチクマはハチの幼虫を食べることから命名されたタカで、松本市周辺に繁殖地があることはわかっていたが、どこへ、なぜ渡るのか、いつ戻ってくるのかなど、その生態は謎に包まれていた。そこで、久野さんたちは、ハチクマの体に送信機をとりつけて人工衛星で位置情報を受信し、渡りのルートを明らかにしようという衛星追跡プロジェクトに参加した。
久野
プロジェクトのトップは鳥類学の第一人者、樋口広芳先生(東京大学名誉教授)です。先生は90年代からコハクチョウ、ツル、サシバと衛星追跡の実験を進めていて、ハチクマに取り組んだのは2003年のことです。その頃には太陽電池を使った軽量の送信機が開発されて、最大で数年の追跡が可能になっていました。問題は、どうやってハチクマを捕獲して送信機をとりつけるかです。ハチクマが飛んでくるという養蜂場でなんとか捕獲に成功しましたが、1年以上もかかりましたよ。トラップづくりでは試行錯誤を繰り返しました。初めて送信機をつけた1羽が、翌年の春、長野県の繁殖地に戻ってくることが受信データでわかったときは、うれしくてみんなで出迎えたほどです。この調査で、ハチクマの移動経路は想像していたよりずっと長く複雑であることがわかりました。
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NHKの動物番組「ダーウィンが来た!」に貴重なハチクマの映像を提供した。
久野
ハチクマがスズメバチの巣を襲う映像です。取材班はねばったんですが、結局目当てのシーンが撮れませんでした。しかし私たちは、そのあとしつこく撮影を続けましてね、ハチクマが土の中のハチの巣を掘り出す様子を撮ることができたのはその4年後のことです。お蔵入りになりそうだった番組が復活したのはそのせいです。
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ヒマワリの種を目当てに、小鳥がやってくる。小鳥を狙うタカが近くにいないか、かれらはいつも警戒しているという

にぎわう「たか見の広場」
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久野さんたちが拠点を構えて以来、白樺峠のタカの渡りは、バードウォッチャーたちの間で少しずつ知られるようになったものの、調査基地は狭く、観察会をおこなうにはいかにも窮屈だ。一般の人でもタカを見られる、もっと広い場所はつくれないか……久野さんたちは、基地から少し離れた場所を見つけ、そこを「たか見の広場」として整備する計画を立てた。
久野
土地は所有者の松本市(当時は合併前の奈川村)から提供してもらえましたが、現場に生えているカラマツの林は、複数のオーナーが共同で管理の費用を負担する代わりに、伐採時の収益も応分に分ける「分収育林」という国の制度の対象になっていて、伐採には複雑な手続きが必要でした。苦労しましたが、なんとかクリアしました。いまでは観光バスも乗り付ける名所になっています。地元でも、まだこの場所のことを知らない人も多いので、ぜひ足を運んで、存分にタカ柱の壮観を味わってほしいですね。
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白樺峠のたか見の広場。上空を長時間観察できるよう椅子が設置されている。悪天候時の避難小屋(下)も完備
CONTENTS
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コンテンツ
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
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ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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