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わが街の環境マイスター 震災10年 子供たちの声が響く海を取り戻す
伊藤栄明さん (松島湾アマモ場再生会議副会長)

松島湾は東日本大震災の津波でアマモ場の大半を失った。
海の復興を目指し、立ち上がった人々の10年とは──。

 

10分の1に減ったアマモ場
 

東日本大震災が起きたとき、伊藤栄明さんは塩竈市の自宅にいた。父が1962年に創業した釣り具店を継いでいた伊藤さんの自宅は、塩釜港に程近い場所にある。津波の第一波の到達は約30分後。高さは4mに及んだ。

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最近は他の地域からアマモの再生方法について問い合わせを受けることも増えてきた
 

「店では釣り船も営んでいたんですが、船はあきらめて、山のほうに逃げました。その日は車中泊して、翌日戻ってきたら、津波が1階の店舗部分を抜けていったようで、2階がかろうじて残っている状態でした」

塩竈市では市民65人が犠牲になり、住宅やライフラインに甚大な被害が出た。全国各地からの支援も受け、復興は進んだが、海とともに生きてきた伊藤さんには、とりわけ海の復興が気にかかった。

塩釜港のある松島湾は島が多いため波がおだやかで、湾内のあちこちにアマモ場が広がっていた。海草の一種であるアマモは、魚やイカの産卵場所になり、小さな魚のかくれがにも、魚のえさ場にもなる。松島湾の多種多様な魚類、貝類、海藻などは、健康なアマモ場のもたらす恵みといえるが、その貴重なアマモの多くが津波で流されてしまったのだ(震災前に1400haあったアマモ場が、およそ10分の1に減ってしまったことが、のちの調査によってわかっている)。震災翌年の2012年2月、伊藤さんたちが「松島湾アマモ場再生会議」を立ち上げたのは、傷ついたアマモ場を再生することで海の復興を進めようと考えたからだった。

 

「じつのところ、震災前にはアマモの重要性を考えたことなどありませんでした。水産関係者は、むしろ『ジャマモク』といって、アマモがはびこるのを嫌っていた。とくに海苔の養殖では、海苔を摘むときアマモの葉が混じると海苔が赤くなってしまうといって邪魔もの扱いされていました。しかし、かつてお雑煮の出汁をとるのに重宝したハゼはすっかり高級魚になってしまったし、昔はよく見かけたタツノオトシゴもいまではほとんど見られない。私たちはアマモがなくなって初めて、その大切さに気づいたわけです」

アマモの再生活動については、神奈川や大阪など先行地域の人々から学んだ。勉強するにつれ、アマモは海の生物たちのゆりかごになるだけでなく、水質を浄化したり、波の流れを穏やかにして海の濁りを防いだりする役割を果たしていることもわかってきた。

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鹽竈(しおがま)神社より塩釜港を望む。八百八島といわれる松島湾の島の半分以上は塩竈市に所属する
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6月、アマモの花枝採取会で花枝を集める。花枝の中に小さな黒い種がある
 

活動はアマモの成長のサイクルに合わせておこなわれている。毎年6月に湾内の生き残っているアマモ場からアマモの花枝を採取する。これを袋に入れて海中につるし、秋まで熟成させる。秋に花枝から種を取り出して選別し、腐葉土と砂で苗床を作った水槽に植える。芽が出て、株が30cmぐらいまで成長する翌年5月、湾内のアマモの生育に適した場所に苗を移植する。

学校ではこの活動が4年生の授業として定着している。ある年の4年生が水槽に種を植えたら、翌年の4年生がそれを海に移植するというサイクルだ。アマモがどんな場所に生えるのか、そこにはどんな生物がいるのかを同時に学ぶため、年間を通して松島湾の生態系を考えることになる。

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集めた花枝を袋に入れて秋まで海中に吊るしておく。熟成して芽が出やすくなる
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秋に種を取り出して水槽に植えたあと、30cmほどに成長したら湾内に移植する

大漁旗のもとで一つになる
 

アマモ場再生会議には、もう一つの目的がある。震災をきっかけに海を怖がるようになってしまった子供たちに、もう一度海の楽しさを体験してもらうことだ。

「塩竈の人たちは海育ちです。子供はみんな海や釣りが大好き。それなのに、震災後のアンケートで、『海が怖くて入れなくなった』という答えが多かった。海の楽しさを取り戻さないと、本当の塩竈の復興はないと思いました」

結果は上々。子供たちは喜々として活動に参加するようになった。一番人気は曳き網だ。海から引き揚げた網の中にはたくさんの生物が入っている。楽しみながら湾内の生物調査ができるイベントだ。地球温暖化による水温の上昇のせいか、網に入る魚の種類は以前と違ってきているという。

震災2年後の2013年、第6回全国アマモサミットが塩竈市で開かれた。再生会議が始動したばかりで、まだ成果といえるものはほとんどなかったが、活動を推進する機運は大いに盛り上がった。伊藤さんたちはこのとき、アマモサミットの象徴として大漁旗を製作した。

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2019年アマモサミットの終盤、塩竈から博多へ受け渡される大漁旗
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右は会長の桑原茂さん。2人は塩竈の伝統的な製塩の復活も手がけている
 

「水産の町だから、われわれは大漁旗を見るだけで意気が上がるんです。アマモを守るのはどこも海辺の町だから、大漁旗との相性がいい。『旗のもとで一つになろう』という意味でこれを作ったんですが、以後、翌年のアマモサミットの開催地に受け渡されるようになりました」

大漁旗は2019年、第12回アマモサミットの開催地となった塩竈市に6年ぶりに戻ってきた。2020年の開催地は福岡市博多区だったが、残念ながら新型コロナ感染症の影響で、中止になっている。

「10年近い活動で、アマモが劇的に戻ったわけではありません。まだヘドロがたまっている場所も多く、そういうところでは根付きませんから。むしろ自然の力で、アマモ場が少しずつ広がってきているのを感じます。私たちはできるかぎりその力を後押ししたい。海の楽しさを知った子供たちが、私たちの活動を引き継いでくれると信じています」

CONTENTS
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コンテンツ
・エコツーリズムで館山を元気に 竹内聖一さん NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団 理事長
・竹林を舞台に地域の輪をつなぐ 豊田菜々子さん NPO法人 環境保全教育研究所 代表理事
・震災10年 子供たちの声が響く海を取り戻す 伊藤栄明さん 松島湾アマモ場再生会議 副会長
・都市のみどりを次世代へ 村田千尋さん 特定NPO法人 みどり環境ネットワーク! 事務局長
・釣り人の聖地・琵琶湖でごみを拾う 木村建太さん プロアングラー、淡海を守る釣り人の会 代表
・土木工学が出発点。海辺の環境保全に挑む「ハゼ博士」 古川恵太さん NPO法人 海辺つくり研究会 理事長
・故郷の廃村に新たなにぎわいを 松浦成夫さん NPO法人 時ノ寿の森クラブ 理事長
・荒れ果てた藪を、ホタルが舞い飛ぶ森に 伊藤 三男さん 学校法人田中学園 学校法人緑丘学園 監事
・美ら海への思いを大地に植える 西原 隆さん NPO法人 おきなわグリーンネットワーク 理事長
・都市の貴重な干潟を守るボランティアの力 橋爪 慶介さん DEXTE-K代表
・浜辺のごみ拾いを20年で大きな運動に 鈴木 吉春さん 環境ボランティアサークル 亀の子隊代表
・「美味しい」を手がかりに大阪湾を再生 岩井 克己さん NPO法人 大阪湾沿岸域環境創造研究センター 専務理事
・環境保全活動を通して、成長する若者たち 草野 竹史さん NPO法人 ezorock 代表理事
・主体性のある人間を自然の中で育てたい 山本 由加さん 認定NPO法人 しずおか環境教育研究会(エコエデュ) 副理事長兼事務局長
・付加価値の高い木材で山を元気に 藤﨑 昇さん NPO法人 もりずむ 代表理事長
・自然を大切にする人を育てる幼児教育 内田 幸一さん 信州型自然保育認定園「野あそび保育みっけ」 園長
・企業経営で培った組織のマネジメント 秋山 孝二さん 認定NPO法人 北海道市民環境ネットワーク 理事長
・移住者の視点で森の町の課題に挑む 麻生 翼さん NPO法人 森の生活 代表理事
・生ごみの堆肥化で循環社会を創る たいら由以子さん NPO法人 循環生活研究所 理事長
・「地球の消費者」から「地球の生産者」へ 加藤大吾さん NPO法人 都留環境フォーラム 代表理事
・干潟に子供たちの歓声を取り戻す 足利由紀子さん NPO法人 水辺に遊ぶ会 理事長
・日本型の環境教育を求めて 新田章伸さん NPO法人 里山倶楽部 副代表理事
・カメラに託した「水」への熱き思い 豊田直之さん 写真家
・「月に一度は山仕事!」のすすめ 山本 博さん NPO法人 日本森林ボランティア協会 事務局長
・奥能登の昔ながらの暮らしを“再発見” 萩野由紀さん まるやま組主宰
・北海道から広げる自然教育ネットワーク 髙木晴光さん NPO法人 ねおす 理事長
・「森のようちえん」は毎日が冒険 原淳一さん NPO法人 アキハロハスアクション 理事長
・東北に国産材のサイクルを築く 大場隆博さん NPO法人 日本の森バイオマスネットワーク 副理事長
・魚食復活をめざし、本日も全力疾走 上田勝彦さん 魚食復興集団 Re-Fish 代表
・「竹害」との戦いにかけた第二の人生 松原幸孝さん NPO法人 かいろう基山 事務局
・ニッポンバラタナゴの楽園を守る 加納義彦さん NPO法人 ニッポンバラタナゴ高安研究会 代表理事
・雁の里から発信「ふゆみずたんぼ」 岩渕成紀さん NPO法人 田んぼ 理事長
・「夢」は最高のエネルギー 杉浦嘉雄さん 日本文理大学 教授
・宮沢賢治に導かれて山村へ 吉成信夫さん NPO法人 岩手子ども環境研究所 理事長
・「海のゆりかご」再生にかける 工藤孝浩さん 神奈川県水産技術センター 主任研究員
・お金に換えられない価値を知る 澁澤寿一さん NPO法人「樹木・環境ネットワーク協会」理事長
・自然界に学ぶ最先端の技術 仲津英治さん 「地球に謙虚に運動」代表
・豊かな森を人づくりに活かす 萩原喜之さん NPO法人「地域の未来・支援センター」理事長
・自然が先生──生きる力を育てる 広瀬敏通さん NPO法人「日本エコツーリズムセンター」代表理事
・ホタルに託した鎮魂の思い 冨工妙子さん ながさきホタルの会・伊良林小学校ホタルの会 会長
・人とトキのかけはしになる 高野毅さん 生椿(はえつばき)の自然を守る会 会長
・民間の力で都立公園の緑を守る 佐藤留美さん NPO法人 NPO birth 事務局長
・花の湿原を守る肝っ玉かあさん 三膳時子さん 認定NPO法人 霧多布湿原トラスト 理事長
・干潟を拠点に人と自然をつなぐ 立山芳輝さん NPO法人 くすの木自然館 理事長
・子どもたちの冒険に寄り添う 佐々木豊志さん NPO法人 くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所 理事長
・北海道にシマフクロウを呼び戻す 菅野正巳さん NPO法人 シマフクロウ・エイド
・ふるさと新城をもう一度桜の名所に 松井章泰さん 「100万本の桜」プロジェクト発起人
・1960年代の武蔵野の自然を取り戻す 佐藤方博さん NPO法人 生態工房
・緑ふたたび──三宅島に苗木と元気を! 宗村秀夫さん NPO法人 「園芸アグリセンター」 理事長
・冬の山中湖を彩るキャンドル 渡辺長敬さん NPO法人 富士山自然学校 代表
・年に10万匹のホタルを育てる 坂井弘司さん 旭川市西神楽ホタルの会 事務局長
・築230年の古民家に生きる 時松和宏さん 大分県九重町 農家民宿「おわて」 主人

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