bar
文字サイズ
「自然」に魅せられて
ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦
貫名 涼(京都大学大学院助教)

毎夏、祇園祭で授与される厄除け粽(ちまき)は、京都・北山に生えるチマキザサからつくられる。近年、このチマキザサがシカの食害により激減。京都の伝統を支えるチマキザサを守るために、一人の研究者が立ち上がった。

[photo]
Profile

ぬきな・りょう 1988年京都市中京区に生まれる。子供のころから町衆として祇園祭に参加。現在も囃子方(はやしかた)として伝統を担っている。幼いころから自然が好きだったことから山の保全活動に興味を持ち、京都大学で環境デザイン学を修めた。チマキザサ再生研究会事務局長。

京文化に欠かせない、食べない「粽」
── 
粽といえば和菓子を思い浮かべる人が少なくないが、地元・京都ではササの葉でできたお守りこそが本物の粽だという。
貫名

祇園祭が開催されるエリアの町衆にとって粽は馴染みの深いもの。どこの家の玄関にも飾られており、祇園祭のときに新しい粽に交換します。粽は祭りの期間中に各山鉾(やまぼこ)で授与され、よく町内の子供らが町衆に手渡している姿を目にします。京都の中心部で生まれ育った私にとって、祇園祭は夏の恒例一大イベント。幼いころから囃子方などをして夏の1カ月はほぼお祭り騒ぎの中にいます。

── 
粽は京都の北山に生えるチマキザサの葉を乾燥させてつくる。このササの保全に取り組むきっかけとなったのは祇園祭とのかかわりだ。
貫名

もともと自然が好きで、小さいころは鴨川を泳ぐ魚に惹かれていたので魚の研究をしたかったんです。けれど行動範囲が広がるにつれて北山にも足を伸ばすようになり、山のことを学びたいと。チマキザサがとれなくなってきていると聞いてからは、「これは自分が取り組むしかないのでは」と思うようになりました。研究者は生態を解明することが仕事のメインですし、反対に、保全活動に興味を持つ人は山のことをあまり知らない。両方のことを知っていて、しかも祇園祭に深くかかわっている自分の仕事だと思ったんです。

── 
チマキザサは古来より和菓子や料理をのせるために使われ、京都の文化を支えてきた。どのような植物なのだろうか。
貫名

チマキザサとはクマザサの一種です。標準和名ではチュウゴクザサですが、これはチャイナの意味ではなく中国地方の意味。日本海側の寒冷地を中心に生息地が広がっています。そのためこの植物自体は珍しいものではないのですが、京都の北方にある丹波高原に生えるチマキザサは特別に香りがいい。葉に生える毛もないため肌に触れても不快感がありません。以前和菓子職人の協力を得てどのササの香りが良いと感じるか「利きササ」をしたことがありますが、多くの職人が京都産のチマキザサを高く評価しました。実際に成分分析をしてみても、丹波高原のチマキザサの香りが良いという結果が出ている。ササが生える環境が良いのか、切って天日干しにするという加工の過程が適しているのか、はたまたそこに生えるササ自体の質が良いのかまだわかりませんが、とにかくこのあたりのチマキザサは特別なんです。このことは1680年代に記された『雍州府志(ようしゅうふし)』というガイドブックのような本にも書かれており、粽の項目には「篠葉出自洛北鞍馬山。他産不堪用(=他産のものはつかえない)」と記されています。

貫名

ちなみに、タケとササは基本的には同じと考えていただいて結構です。茎が育った後も鞘が残るのがササ、落ちるのがタケとはよくいわれますが、その基準は曖昧で、鞘が落ちるオカメザサというものもあります。

[photo]
囃子方として祇園祭に臨む貫名さん(右から3人目)。囃子方は年間を通して楽器の練習をし、祭りの準備をする(撮影:長谷川賢吾)
祇園祭で授与される厄除け粽。チマキザサの葉を採取して加工するのは地元の重要な産業になっている

すべてを変えた2004年の一斉開花
── 
丹波高原のチマキザサは2004年から07年にかけて数十kmの範囲ごとに開花した。
貫名

チマキザサの開花は60年に一度ぐらいだといわれています。イネのような小さな花が咲き、やがて種が落ちて、一斉に枯れていきます。順調なら開花後10年もすれば次世代のササが1mぐらいまで育っているはずなのですが、今回はいつまで経っても20cm以上にはならなかった。その原因がシカの食害だということは以前から感覚的にはわかっていましたが、実際に調べられたことはなかったので確証はありませんでした。そこで森の中にカメラをつけたり、一部のササを柵で囲って食べられないようにしたりして調査をしました。新芽に番号をつけ、いつ何cm伸びたかなどを4、5年かけて調べたんです。予想は的中。仕掛けたカメラにはササを食べるシカの様子がはっきり映っていました。

── 
原因を突き止めた貫名さんは保全に取り組むべくチマキザサ再生委員会を発足。研究者や役所、地元の有志らをつなぎ、継続してチマキザサを守れるような仕組みをつくった。
貫名

2013年から委員会のメンバーらで保護柵の拡大やメンテナンスをおこないました。研究も続け、講演会等を通じた普及啓発活動にも手を広げています。講演会の参加者の中に地元の猟師さんがいたので、シカの生態をもっとよく知るべく猟へ連れていってもらったこともあります。一時は彼らと組んでシカの数をコントロールできないかと考えたこともあるのですが、獲らなくてはならないシカの数があまりに膨大なのでその方向は諦めました。

[photo]
チマキザサは樹高1~1.5mになる大型のササ。落葉樹林の下に自生する
── 
保護柵は地道に拡大され、現在では5㏊ほどの面積にまで広がっているという。さらにチマキザサが育ちやすいように周辺の樹木を伐採する活動もおこなっている。
貫名

単純な柵ではシカは簡単に飛び越えてしまうので、京大で保護柵の研究をしている人に設計してもらいました。1.8~2mくらいの高さがあり、斜面にも立ち、雪の重さにも耐えられるものです。柵は一度立てたら終わりではなく、維持するためのメンテナンスが必要。そのため拡大していくことは容易ではないのですが、できる限り増やしていきたいと思います。京都市の需要を満たすためには、本当は一山丸ごと囲ってしまうくらい必要なんです。

── 
2014年からはユニークな取り組みを始めた。京都市内の小学校で育てたチマキザサを山の麓の小学校に受け渡して学校の敷地に植えてもらっているのだ。
貫名

チマキザサの消費者である町の子にはその生態を知ってもらうことができ、生産者である山の子には使いみちを知ってもらうことで保全活動に興味を持ってもらうことができる。この取り組みは文科省や博報堂教育財団から、地域と連携して日本文化を継承するための教育・活動ができていると表彰されました。
チマキザサを守ることは京都の文化や生活を守るだけではなく、京都の町そのものを守ることにもつながります。ササは斜面に強く根を張るので、山の土が流れ出すのを食い止め、洪水を防ぐ役割も果たしているんです。


祇園祭もチマキザサもなくてはならないもの
── 
2004年の開花以降、市内に出回るササの多くは他県産のチマキザサか、別の種のササになってしまった。
貫名

かつてチマキザサは京都の北山の一大産業でした。年間で1000万枚以上が消費され、生活の中の至るところにチマキザサがあった。チマキザサを文化として受け継いでいくためには再生させるだけでなく、加工の技術や流通方法も見直していく必要があります。今日チマキザサの加工技術を受け継ぐ人はたったの4人ほど。全員が80歳以上です。さらにチマキザサは1枚あたり3円50~80銭ぐらいの価格で売られています。これではチマキザサの生産を生業とすることはできません。今年度からは京都のチマキザサ文化を残すために再生したササの流通方法を考えていく予定です。

かつてササに覆われていた地域。再生をめざし、ササの現況を計測する
貫名

チマキザサも祇園祭も京都の町衆にとっては、継承すべき文化というより、生活の中に自然とあるもの。これが失われてしまうのはとてもさみしいです。いまはまだ頑張れば保全ができる時期ですから、手遅れにならないうちになんとかしたいと思っています。
チマキザサが減ってしまったのはシカの食害が原因だと話しましたが、じつは祇園祭とシカは切っても切れない関係。囃子方が使う鉦(かね)を打つ道具はシカの角の根元でできているんです。つまり単に「シカが悪い」で終わる関係ではない。京都の文化は豊かな自然ありきで成り立っているんです。そのバランスが正常に戻るよう地道な取り組みを続けていきたいですね。

シカの侵入を防ぐ柵を設置。柵の内側(上半分)のササは無事で、柵の効果が実証された
CONTENTS
------------------------------
コンテンツ
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

ご利用にあたってプライバシーポリシー
Copyright(C) 2000-2019 Seven-Eleven Foundation All Rights Reserved.