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日本の国立公園
今も躍動する大地に生きる生命と人々の営み 支笏洞爺国立公園
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公園に人が残すもの
教室では大学生が望遠鏡や双眼鏡を使って植物や野鳥の解説をしてくれる 市街地からのアクセスが良いことからも、支笏湖周辺には多くのキャンパーたちが訪れ、森林浴や釣りやハイキングといった余暇を楽しんでいます。支笏湖ビジターセンターでは夏休みの期間中、環境省と共催で自然に親しむ運動の一環として、自然観察教室を実施しています。道内でも多くの野鳥が生息している森では、少し耳を澄ますとさえずりを聞くことができます。
訪れる人の中には、立ち入り禁止区域に進入するキャンパーの姿も少なくありません。地元住民たちが美しい湖をいつまでも残していこうという想いから保全活動に取り組む一方で、こういった不法キャンパーの残していくごみやふん尿が例年問題となっています。設備の整わない場所に放置されたこれらは、巡りめぐって湖の水質汚染につながります。毎年、対策はたてられていますが、訪れる一人ひとりが自然の恩恵に感謝しながら、マナーを守りたいものです。


クマが森をつくる
道内で生息数が2000頭を下まわるヒグマ 人間が多く訪れる地は、もともと多くの動植物の宝庫でもありました。今は恐れられる存在になってしまったヒグマは、かつて、アイヌの人々からは山の神「キムンカムイ」と呼ばれ崇められていました。善良な人のところには、ヒグマの格好をした神が現れると考えられ、食肉、薬、毛皮などをもたらしてくれるものとして大変喜びました。
しかし、自然を敬い自然を友としていた時代は過ぎ、ヒグマのすむ森は減ってしまいました。支笏湖周辺は、針広混交林の自然林に囲まれ、ヒグマが冬眠する場所でした。かつては一人のアイヌが多くのヒグマの穴を知っていたそうです。しかし、現存するその穴にはもうヒグマの姿を見ることはできません。「ヒグマの会」の前田さんは、かつて生態調査のために電波発信機をつけ追跡調査を行なった“寅次郎”と名づけられたヒグマの話をしてくださいました。寅次郎はヒグマの食料であるドングリを求めて、支笏湖から日高の森まで105キロの距離を渡りました。これは生まれ育った地である樽前山麓では、冬眠に備えて食いだめできる、広葉樹の森が少なかったためです。移動の間、寅次郎は追跡調査の関係者以外には一度も人に目撃されず、高速道路や大きな国道を横断したそうです。開発で森が分断され、広葉樹の森が針葉樹の森にどんどん変わっている現在、ヒグマのすめる森は減っているのです。

ヒグマの会ではクマのすめる森づくりも行っている 「ヒグマと人との共存」を目的に活動している「ヒグマの会」では、ヒグマの保護や生息地の自然林再生、ヒグマフォーラムなどを行っています。また、ヒグマを怖がるのではなくまず知ってほしいという想いから、住民や子どもたちなどを対象に講習会などの啓発活動も実施しています。前田さんは「クマは森の豊かさのものさし、クマが森をつくっているのよ」とおっしゃいます。つまり、ヒグマがすまなくなった森はドングリが実らない森なのです。
今は保護の対象であるヒグマも、約30年前には絶滅政策がとられ毒薬も使われることが検討されていました。ヒグマのすめる場所が限られ、人間のすむ場所と近くなった現在、ヒグマを知り、共に生きていくみちを模索する必要があるといえそうです。


共生への道
夕日 共生という言葉が浸透し始めてからまだ歴史が浅い現代、そんな言葉が必要なかった昔、ヒグマを「キムンカムイ」と呼んでいた先人たちのような気持ちで、私たちはどれだけ自然や生き物と向き合っていけるでしょうか。寅次郎が今も、人間が作った“障害物”を人知れず乗り越え、悠然と暮らしている事を願ってやみません。



協力
財団法人自然公園美化管理財団支笏湖支部
ヒグマの会
北海道虻田町役場観光振興課
写真協力
財団法人国立公園協会
社団法人洞爺湖温泉観光協会
社団法人登別観光協会


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