お知らせ

九重ふるさと自然学校 Reborn 2026 
~第1章「茅葺き改修プロジェクト」~<続報>

2026年3月~

2026年夏、九重ふるさと自然学校が「茅葺き家屋」にリニューアルします!

完成までを随時レポートしていきます。


4.茅葺き工事 後半戦に突入(4月15日)

竹組みから約1か月。茅葺き棟梁の中谷さんから「いよいよ後半戦に入りました!」と報告が。雨が続くと工事が進まないことから、なんとか梅雨入り前の完成を目指したいと当初おっしゃっていました。あと1か月、お天気に恵まれ、無事に進むことを祈るだけです。

天井は吹き抜けになっており開放感抜群。存在感のある棟は、棟づくりを担った大工棟梁・藤原さんの技術の粋が詰まっている。ブルーシートに覆われた棟の部分まで茅が葺かれるのが待ち遠しい
今回の茅葺きに必要な茅は約4000把。1把は茅の単位で、直径20~25cmの茅の束を指す。2月にボランティアの方々の協力をいただき、自然学校などで刈り取った茅と熊本・阿蘇産のものを使用している

3.平葺き(4月3日)

幾重にも重なる茅の重厚感と滑らかで立体感のあるフォルム。惚れぼれする美しさの軒が仕上がりました。軒付けの工程が終わると、次は「平葺き(ひらぶき)」に移ります。屋根の平面部分をススキなどの茅で下から上(棟)に向かって順に葺き上げる工程です。作業のスピードがぐっと上がり、毎日見るたびに葺き上がっていく印象。4月に入って雨が多くなり、工事できない日もありましたが、週末の休日返上で職人さんたちが作業して下さっています。ありがとうございます!

「角付け(かどづけ)」は屋根の隅(隅棟)部分に茅を葺いていく工程。高度な技術が必要とされ、見栄えの決め手となる
足場を作りながら、上へ上へと平葺き作業が進んでいく

2.竹組みと軒付け(3月15日)

棟上げが終わり、いよいよ茅葺きの工事が始まりました。まずは屋根の面を形作るため、「垂木(たるき)」と茅を支える「屋中(やなか)」を竹とわら縄で組んでいきます。そして茅の葺きはじめは軒の部分から。「軒付け(のきづけ)」と呼ばれる工程で、茅-稲わら-茅の3層構造になっています。稲わらを使うのは、軒の厚みを出すこと、そして屋根の急な角度(勾配)を確保するため。軒の厚さは約50cm。この厚みでこれから屋根が葺き上がっていきます。

垂木と屋中で組みあげた美しい骨組み
茅葺き職人さんの丁寧な手仕事で組まれていく。竹は丸いため、竹や茅を縄で縛って固定するのに材として適している
屋根の表面に近い上から「茅」-「稲わら(断面が粗い部分)」-「茅」の構造。茅も稲わらも一部で自然学校産の材が使われている
「雁木(がんぎ)」と呼ばれる道具で叩き、茅を平らにならし、締めていく。写真は茅葺き棟梁の中谷さん。「失われつつある風景を守り、自然と調和する風景を未来へ紡ぎたい」という“茅葺き愛”に溢れる九重町出身の職人さん

1.上棟式(3月7日)

茅葺きに改修するためにまずは屋根の構造を変える必要があります。既存のスレート屋根は勾配が緩やかなため、そのままでは茅は葺けません。そこで、茅葺きに必要な傾斜角40°~45°を確保する棟づくりが始まりました。角度をつけることで、雨が茅葺きの表面をサッと流れ雨漏りを防ぎます。最大8mにもなる杉の丸太を職人の皆さんの連携技で組み上げ、迫力のある見事な棟が仕上がりました。
そして3月7日(土)。工事関係者や自然学校の運営にご協力いただいている方々、地域の皆様など約50人がお集まりくださり、賑やかに上棟式を開催しました。お天気にも恵まれ、笑顔があふれる素敵な式ができました。ありがとうございました!式の準備でお世話になった方々にも感謝申し上げます。

クレーンで吊りながら慎重に棟づくりが進みます
大工の棟梁、藤原さんによる祝詞。声高らかに完成と工事中の安全を祈願しました
皆さん楽しみにしていた餅まき。子どもから大人まで、皆さんに喜んでいただきました
お餅は地域の皆さんのご協力による手作り。愛情がこもっています

0.はじめに ~茅葺きに改修する理由~

2007年に自然学校が開校し、今年で丸19年。九重町飯田高原の豊かな自然環境のなかで、自然から、そして、地域の皆さんからたくさんのことを学ばせていただきました。
なかでも草原は、脈々と続く人と自然の営みによって育まれてきた自然環境の一つであり、今日においても九重町を代表する自然景観です。

改修前の事務所外観

草原は地域の暮らしや畜産業を支える重要な資源として、数百年以上にわたり、野焼きや放牧、採草(草刈り)によって維持・管理されてきました。そこには草原の環境を好み、人との関わりの中で寄り添いながら生きてきた多くの動植物がすみ、また、草原との暮らしの中で衣食住の多様な文化が生まれ、それは地域の誇りや愛着を育んできました。
日本の草原のほとんどは人が手を入れなければ環境を維持できません。それは温暖で雨が多い日本の気候条件下では、放置された草原には数年で樹木が侵入し、数十年で森林へと遷移するからです。草原は人と自然が絶妙に調和しながら共生の道を歩んできた歴史のもとに、いまも存在し続けているのです。

野焼きは春の風物詩。風が吹くと火は走り、ゴォゴォと勇ましく、生き物のように燃え上がる
自然学校の草原・カシワの丘。春から秋にかけて様々な花が目を楽しませてくれる
サクラソウとヒメシロチョウ。草原の生きものは絶滅に瀕しているものが少なくない
秋のタデ原湿原。ススキの銀世界が一面に広がる風景は圧巻

しかし、時代とともに社会や暮らしの変化によって、九重町の草原も大きく縮小しました。例えば、戦後に起きた石油革命によって、農耕や運搬のための使役として飼育されていた牛馬はトラクターへと姿を変えました。草原は牛馬を飼うために必要な餌などを得る大切な場所でした。また茅葺き屋根は耐久性、耐火性に優れた瓦葺きに置き換わり、緑肥として使われていた野草も化学肥料の台頭で利用が減少しました。このように草原と暮らしの関わりが希薄になっていったことで、草原の利用価値は低下し、しだいに放置されて森林に、また植林地に姿を変えた場所も少なくありません。

飯田高原の野焼きは地域の皆さんがボランティアで実施。3日間、のべ約250名が参加
秋に刈られる干し草は、冬の牛馬のエサとして貴重な栄養源に

それでも九重町では畜産業を中心に綿々と草原が維持されてきました。しかし、近年では畜産業の衰退や過疎・高齢化による野焼きの中止などで、草原の維持が危ぶまれることもありましたが、地域の皆さんの想いとたゆまぬ努力で、飯田高原では現在も650ヘクタールの草原で野焼き等が行われています。九重町の草原はこの地に暮らす皆さんだけでなく、ここを訪れ、愛する多くの方々にとっても大切な宝物です。そして草原にすむ生きものにとっても、貴重でかけがえのない揺りかごなのです。

吹いて楽しいヨシ笛♪
昆虫のボランティア調査活動。草原は子どもから大人まで、生きものとふれあえる大切な場所

約20年に渡り、地域の皆さんとともに守り、育んできた草原を次の20年、そして100年後の未来にも受け継いでいきたい。その想いを胸にこれからも草原と共に生き、活動を続けていくシンボルにしたい。それが茅葺き家屋へと生まれ変わる理由です。


工事は2026年2月に着工し、現在、屋根の葺き替えに向け順調に進んでいます。
完成は8月の予定です。定期的に工事の様子をお届けしますので、お楽しみに。