bar
文字サイズ
わが街の環境マイスター 干潟に子供たちの歓声を取り戻す
足利由紀子さん
NPO法人 水辺に遊ぶ会理事長

カブトガニが生息する瀬戸内海の中津干潟。その保全活動の陰に、ふとしたきっかけでこの地に移り住んだ女性の熱い想いがあった。


カブトガニの幼生に出会う
 
 九州北部、福岡県北九州市から大分県の国東(くにさき)半島にかけての瀬戸内海沿岸は「豊前海(ぶぜんかい)」と呼ばれ、いまも広い干潟が残る地域として知られている。干潟の総面積では、全国一の有明海に次ぐ広さを誇る。「水辺に遊ぶ会」はその豊前海の中ほど、福岡県境に近い大分県中津市にある「中津干潟」の保全活動をおこなうNPO法人だ。
 理事長の足利由紀子さんに海へ案内してもらうと、見渡す限り、水平線近くまで広大な干潟が続いている。干潮時は沖合3kmまで達し、夏場はカブトガニやアオギスなどの希少生物も数多く見られるという。
「これだけまとまった干潟が見られる場所は珍しいので、よそから来た方は感動してくれますが、地元の人にとっては、これが当たり前の海の姿。干潟という意識はないですね」
photo
潮が満ち始めた干潟にて。「中津干潟」という名称は足利さんたちが命名した

photo
干潮時には沖合3km、はるか水平線のかなたまで歩いて行けるという
 
 会が設立された16年前には名称すらなく、「中津干潟」と命名したのも「水辺に遊ぶ会」だという。 じつは足利さん自身も地元出身ではなく、1991年、夫の赴任がきっかけで中津に来て、居着いてしまったそうだ。出身は長野なので、いまでも高温多湿の夏は苦手だと苦笑する。
 高校の頃、生物の先生に感化され、生き物の保護について学びたいと、生物学科のある東京の大学に進学。鳥が好きだったが、フィールド調査のできる施設が千葉県の海沿いにあったため、調査・研究したのはもっぱら海の生物だった。環境保護団体のボランティア活動にも積極的に参加した。4年間いろいろな活動をするうちに、将来は環境保全や環境学習を手がけたいという意識が芽生えたが、中津に住み始めた頃は、野鳥観察が趣味の仲間と知り合い、よく海にシギやチドリなどの渡り鳥を見に行ったものの、とくに干潟とのかかわりはなかったと振り返る。

 
「昔はざくざく採れたアサリがなぜか採れなくなり、子供が焚きつけの材料として流木や松葉を拾いに行った松林も人が寄りつかなくなり、荒れてしまった。海岸は危ないから行ってはダメという場所になっていたんです」
 そんな足利さんがある日、友人に「あんた、環境、好きやろ」と引っ張って連れて行かれたのが、作家・松下竜一さんを囲む勉強会だった。中津出身の松下さんは小説やノンフィクションを書く一方、火力発電所建設反対の市民運動を主導し、「環境権」を主張したことで知られる。
 1999年、中津港の拡張整備に伴い、干潟の一部を埋め立てるばかりか、泥をさらって白砂を入れ、ビーチにする計画が持ち上がった。生態系への影響を危惧した市民が松下さんに相談、地元の人に問題を提起するための会合が開かれていたのだ。
 その後、数人の仲間たちと、まず海の現状を見に行ってみようと干潟へ出かけたところ、なんとその日にカブトガニの幼生に遭遇した。
 
「図鑑や水族館でしか見たことがないような生き物が身近にいることを子供たちに知ってもらい、遠くなってしまった海と地元の人々の心の距離を近づけたい、そのための『ゆるーい活動』をしようと考えたんです」
 会を始めた当時は、干潟で子供たちを集めて自然観察会を開くかたわら、専門家とカブトガニの産卵を確認すべく、幼いわが子を海岸でゴロ寝させながら、深夜の干潟を調査したこともあると笑う。
photo
干潟観察会で、子供が産卵にきて取り残されたカブトガニを発見。干潟はまさに生き物の宝庫だ
photo
最近は松林の保全にも大勢のボランティアが参加してくれるようになった
photo
左=現在、事務所として借りている一室にて。標本も多数ある。右=新発売のオリジナル商品「カブトガニサブレ」。収益は干潟の保全に役立てられる
湿地を残す「セットバック護岸」
 
 会設立の年はちょうど港湾建設整備には地元の市民の意見を聞くことが義務づけられた年だったため、行政、専門家、自然保護団体、漁業者、一般市民などから成る懇談会が立ち上げられ、話し合いが重ねられた。
 この結果、干潟の埋め立てや白砂ビーチ計画は白紙に戻されただけでなく、もう一つ、大きな収穫があった。それは中津干潟の東端に流れ込む川の河口に建設予定だった護岸の位置を内陸寄りに後退させることで、河口付近の湿地帯を残すという、国内初の「セットバック護岸」を実現させたことだ。湿地はカブトガニの産卵地や希少生物の宝庫であり、水の浄化作用に加え、海岸の災害を面的に防御する緩衝地帯としての働きも担っており、土木事業のモデルケースとして注目を集めた。
 最初は胡散臭がられていた漁業者たちとも、いまでは親睦を深め、漁業体験などの活動もできるようになった。海岸清掃や松林の保全にも力を入れており、活動の裾野はどんどん広がっている。一方で、悩みのタネは活動の収入源。会員のボランティアに支えられているだけでは、後継者も育てられないと嘆く。
 それでも、大きな夢も描いている。
 
「韓国の務安(ムアン)のように、干潟にネイチャーセンターをつくりたい。小屋の延長でいいんです。子供たちや地域の人がいつでも来られ、漁師さんも立ち寄れる場所。干潟の生き物の情報発信をしたり、ツーリズムの休憩所として使ったり、海産物の加工や販売をして水産業の6次産業化にもつなげて行きたいですね」
 百かゼロかという対決姿勢の環境活動はしない、徹底的に話し合う──それが会の活動を通して足利さんが身につけた流儀だ。どこまでも明るく粘り強く。困難を乗り越える道はそこにある。
photo
以前はスタッフの家にあふれ返っていた活動グッズも、いまは事務所にまとめて保管中
CONTENTS
------------------------------
コンテンツ
・きれいなだけではない、豊かな海に 志田 崇さん NPO法人 あおもりみなとクラブ 理事
・地域が育てる自然を愛する心 吉元美穂さん NPO法人 登別自然活動支援組織 モモンガくらぶ 事務局長
・中高生たちが体で覚える森の大切さ 宮村連理さん NPO法人 「緑のダム北相模」副理事長
・人の関わりが未来の豊かな湿地環境を育む 上山剛司さん 庄内自然博物園構想推進協議会鶴岡市自然学習交流館ほとりあ
・エコツーリズムで館山を元気に 竹内聖一さん NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団 理事長
・竹林を舞台に地域の輪をつなぐ 豊田菜々子さん NPO法人 環境保全教育研究所 代表理事
・震災10年 子供たちの声が響く海を取り戻す 伊藤栄明さん 松島湾アマモ場再生会議 副会長
・都市のみどりを次世代へ 村田千尋さん 特定NPO法人 みどり環境ネットワーク! 事務局長
・釣り人の聖地・琵琶湖でごみを拾う 木村建太さん プロアングラー、淡海を守る釣り人の会 代表
・土木工学が出発点。海辺の環境保全に挑む「ハゼ博士」 古川恵太さん NPO法人 海辺つくり研究会 理事長
・故郷の廃村に新たなにぎわいを 松浦成夫さん NPO法人 時ノ寿の森クラブ 理事長
・荒れ果てた藪を、ホタルが舞い飛ぶ森に 伊藤 三男さん 学校法人田中学園 学校法人緑丘学園 監事
・美ら海への思いを大地に植える 西原 隆さん NPO法人 おきなわグリーンネットワーク 理事長
・都市の貴重な干潟を守るボランティアの力 橋爪 慶介さん DEXTE-K代表
・浜辺のごみ拾いを20年で大きな運動に 鈴木 吉春さん 環境ボランティアサークル 亀の子隊代表
・「美味しい」を手がかりに大阪湾を再生 岩井 克己さん NPO法人 大阪湾沿岸域環境創造研究センター 専務理事
・環境保全活動を通して、成長する若者たち 草野 竹史さん NPO法人 ezorock 代表理事
・主体性のある人間を自然の中で育てたい 山本 由加さん 認定NPO法人 しずおか環境教育研究会(エコエデュ) 副理事長兼事務局長
・付加価値の高い木材で山を元気に 藤﨑 昇さん NPO法人 もりずむ 代表理事長
・自然を大切にする人を育てる幼児教育 内田 幸一さん 信州型自然保育認定園「野あそび保育みっけ」 園長
・企業経営で培った組織のマネジメント 秋山 孝二さん 認定NPO法人 北海道市民環境ネットワーク 理事長
・移住者の視点で森の町の課題に挑む 麻生 翼さん NPO法人 森の生活 代表理事
・生ごみの堆肥化で循環社会を創る たいら由以子さん NPO法人 循環生活研究所 理事長
・「地球の消費者」から「地球の生産者」へ 加藤大吾さん NPO法人 都留環境フォーラム 代表理事
・干潟に子供たちの歓声を取り戻す 足利由紀子さん NPO法人 水辺に遊ぶ会 理事長
・日本型の環境教育を求めて 新田章伸さん NPO法人 里山倶楽部 副代表理事
・カメラに託した「水」への熱き思い 豊田直之さん 写真家
・「月に一度は山仕事!」のすすめ 山本 博さん NPO法人 日本森林ボランティア協会 事務局長
・奥能登の昔ながらの暮らしを“再発見” 萩野由紀さん まるやま組主宰
・北海道から広げる自然教育ネットワーク 髙木晴光さん NPO法人 ねおす 理事長
・「森のようちえん」は毎日が冒険 原淳一さん NPO法人 アキハロハスアクション 理事長
・東北に国産材のサイクルを築く 大場隆博さん NPO法人 日本の森バイオマスネットワーク 副理事長
・魚食復活をめざし、本日も全力疾走 上田勝彦さん 魚食復興集団 Re-Fish 代表
・「竹害」との戦いにかけた第二の人生 松原幸孝さん NPO法人 かいろう基山 事務局
・ニッポンバラタナゴの楽園を守る 加納義彦さん NPO法人 ニッポンバラタナゴ高安研究会 代表理事
・雁の里から発信「ふゆみずたんぼ」 岩渕成紀さん NPO法人 田んぼ 理事長
・「夢」は最高のエネルギー 杉浦嘉雄さん 日本文理大学 教授
・宮沢賢治に導かれて山村へ 吉成信夫さん NPO法人 岩手子ども環境研究所 理事長
・「海のゆりかご」再生にかける 工藤孝浩さん 神奈川県水産技術センター 主任研究員
・お金に換えられない価値を知る 澁澤寿一さん NPO法人「樹木・環境ネットワーク協会」理事長
・自然界に学ぶ最先端の技術 仲津英治さん 「地球に謙虚に運動」代表
・豊かな森を人づくりに活かす 萩原喜之さん NPO法人「地域の未来・支援センター」理事長
・自然が先生──生きる力を育てる 広瀬敏通さん NPO法人「日本エコツーリズムセンター」代表理事
・ホタルに託した鎮魂の思い 冨工妙子さん ながさきホタルの会・伊良林小学校ホタルの会 会長
・人とトキのかけはしになる 高野毅さん 生椿(はえつばき)の自然を守る会 会長
・民間の力で都立公園の緑を守る 佐藤留美さん NPO法人 NPO birth 事務局長
・花の湿原を守る肝っ玉かあさん 三膳時子さん 認定NPO法人 霧多布湿原トラスト 理事長
・干潟を拠点に人と自然をつなぐ 立山芳輝さん NPO法人 くすの木自然館 理事長
・子どもたちの冒険に寄り添う 佐々木豊志さん NPO法人 くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所 理事長
・北海道にシマフクロウを呼び戻す 菅野正巳さん NPO法人 シマフクロウ・エイド
・ふるさと新城をもう一度桜の名所に 松井章泰さん 「100万本の桜」プロジェクト発起人
・1960年代の武蔵野の自然を取り戻す 佐藤方博さん NPO法人 生態工房
・緑ふたたび──三宅島に苗木と元気を! 宗村秀夫さん NPO法人 「園芸アグリセンター」 理事長
・冬の山中湖を彩るキャンドル 渡辺長敬さん NPO法人 富士山自然学校 代表
・年に10万匹のホタルを育てる 坂井弘司さん 旭川市西神楽ホタルの会 事務局長
・築230年の古民家に生きる 時松和宏さん 大分県九重町 農家民宿「おわて」 主人

ご利用にあたってプライバシーポリシー
Copyright(C) 2000-2019 Seven-Eleven Foundation All Rights Reserved.