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わが街の環境マイスター 都市の貴重な干潟を守るボランティアの力
橋爪 慶介さん
DEXTE-K代表

水鳥の宝庫としてラムサール条約湿地に指定された東京湾沿いの人工干潟。会社員のかたわら続けてきたクリーンアップ活動が水鳥と人の憩いの場所を守っている。


東京湾の豊かさに驚く
 

2018年10月、東京都江戸川区の葛西海浜公園が、国際的に重要な湿地の保全を目指す「ラムサール条約湿地」に都内で初めて登録された。葛西海浜公園は30年前、都が葛西臨海公園の南側につくった二つの人工干潟で、東なぎさは環境保全のため立ち入り禁止だが、西なぎさは葛西臨海公園と橋で結ばれており、人々の憩いの場として賑わっている。

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自身が住んでいる街の足元に希少性の高い生き物が様々 生息していることを知って驚き、何か地域に貢献する活動がしたいと思ったと語る
 

「この辺は江戸時代は三枚洲と呼ばれ、豊かな漁場でした。いま水鳥の宝庫になっているのは、砂地にゴカイや二枚貝、エビやカニがいっぱいいるから。江戸前の漁場に近づきつつあるんです。こんな都心で多種多様な野鳥が見られ、干潟が身近に感じられる場所は世界的にも珍しい」

西なぎさで漂着ごみのクリーンアップ活動に携わって今年で10年目になる任意団体「DEXTE-K(ディクテック)」の橋爪慶介さんは、そう言って顔をほころばせる。

しかし、次に西なぎさの隅に設けた漂着ごみの集積場に案内されると、干潟のもう一つの現実に直面する。眼前には大小さまざまなごみの山が広がっている。また、砂浜をよく見ると、色とりどりの微細なプラスチック片も目に付く。最近プラスチックのストローを廃止する企業が相次いだことでにわかに注目されているマイクロプラスチックだ。

「ここは首都圏に住む人たちが主に生活の中で出したごみが、川から海に流れて海岸に戻ってくる場所なんです」

3月から11月まで毎月の活動日には、参加者にまずこの公園の相反する二面性を伝えると橋爪さんは言う。

公園にほど近い区内に居を構える橋爪さんが活動を始めたきっかけは、ランニングの途中、公園主催のイベントの一環としておこなわれていた地引き網体験に遭遇したことだ。

「びっくりしたのは、網に鮎の稚魚がいっぱいかかっていたんです。こんな足元で命が生まれていたのかと感動し、何かしなきゃと思って一人で海岸のごみ拾いを始めました」

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開園当時の葛西臨海公園(上部分)と、葛西海浜公園(左の弓形が西なぎさ、右の弓形が東なぎさ)
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東なぎさの海辺に浮くスズガモの群れ。(冬季)2万羽以上の水鳥の飛来がラムサール条約登録の条件だ

地元に軸足を置いて
 

橋爪さんは建築関係の企業に勤め、自ら開発した特許を複数持つという建築技術のエキスパートだ。40代半ばまでは地方の建設現場に単身赴任し、週末ごとに東京に戻って家族と短い時間を過ごす日々が続いた。自然災害やテロの報道を見るたびに、自分が地域や社会とつながっていないことを痛感したと振り返る。そこで、東京本社勤務に戻ってまもなく、現在の任意団体を設立。どんな社会活動をおこなうかを模索中だった。

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西なぎさの一角にある漂着ごみの集積所。壊れた家具家電などの大物もある。右はマイクロプラスチック
 

「遠方の自然豊かな場所に出かけて保全に協力したり寄付したりするよりは、地元に軸足を置き、身の丈に合った活動で周りの人たちを支えることが、自分が目指す形だとカチッとはまった感じでしたね」

1年間、一人でこつこつごみを拾っては記録してブログに公開する一方、同じ志を持つ江戸川区や荒川流域の団体が主催する活動にも参加した橋爪さんは、セブン-イレブン記念財団の助成制度を知り、初年度に早くも支援を受けることに成功。翌年から参加者を募って市民活動を始めた。さらに、同記念財団の「環境NPOリーダー海外研修」にも応募し、10日間の研修に参加した。

研修先のドイツでは、自分と同様に専門職を持つ現役の人が仕事の合間を縫ってボランティア活動をおこなう「プロボノ」が根づいていることに勇気づけられたという。また、ドイツには、環境保全活動に参加した証明書があれば税制控除が受けられる制度があることを知り、それをヒントに帰国後さっそく、参加者のうち、希望者に「感謝の証明書」を発行することにした。目下、地元の店でこれを掲示すると割引になるしくみをつくり、地域通貨化を進めている。

市民活動を始めた2010年から昨年までに参加したのべ人数は3289名。リピーターが多く、企業単位での参加も少なくない。遠方から参加する人もいるそうだ。

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西なぎさの干潟。奥に野鳥保護区域の東なぎさ、ディスニーランドのホテル群が続く
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コアジサシの雄が雌に給餌する求愛行動も観察できる(初夏)
 

「ごみを拾っていると無心になれるんですよ。渚の音を聞いていると日頃の忙しさを忘れてリフレッシュするし、自分も気持ちがいいとリピーターの方もよくおっしゃいますね」

橋爪さんは当初から、単にごみを拾うだけではなく、発生源を特定し、ごみの減少につなげる働きかけをすることも大切だと考え、毎回ごみの種類や数量を調査票に記録してきた。それが、荒川流域の団体や企業などの清掃活動を取りまとめるNPO法人を介し、全国的な環境NGOや世界的な組織にも送られている。ストローは問題の一端にすぎないが、こうした地道な活動が個人や企業の意識改革につながっているという手応えを感じるという。

東京五輪のカヌー・スラローム競技会場の建設予定地が、環境への影響を配慮し、葛西臨海公園から隣接する都有地に変更されたが、実はこれを最初に提案したのも橋爪さんだ。持ち前の行動力を武器に、人知れず多様な地域貢献を果たしている。

 

「将来は次世代を担う人材育成が不可欠ですが、プロボノ活動で任意団体を一人で運営したほうがNPOとしての成果が早く出せるし、費用対効果も高い。いまは行政や民間団体との連携を図りながら、一粒でもピリリと辛い活動ができればいいかなと思っています」

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毎月の活動の様子。のべ9年間に45ℓ袋に換算して1791袋分のごみと、粗大ごみ819個を回収した
CONTENTS
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コンテンツ
・きれいなだけではない、豊かな海に 志田 崇さん NPO法人 あおもりみなとクラブ 理事
・地域が育てる自然を愛する心 吉元美穂さん NPO法人 登別自然活動支援組織 モモンガくらぶ 事務局長
・中高生たちが体で覚える森の大切さ 宮村連理さん NPO法人 「緑のダム北相模」副理事長
・人の関わりが未来の豊かな湿地環境を育む 上山剛司さん 庄内自然博物園構想推進協議会鶴岡市自然学習交流館ほとりあ
・エコツーリズムで館山を元気に 竹内聖一さん NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団 理事長
・竹林を舞台に地域の輪をつなぐ 豊田菜々子さん NPO法人 環境保全教育研究所 代表理事
・震災10年 子供たちの声が響く海を取り戻す 伊藤栄明さん 松島湾アマモ場再生会議 副会長
・都市のみどりを次世代へ 村田千尋さん 特定NPO法人 みどり環境ネットワーク! 事務局長
・釣り人の聖地・琵琶湖でごみを拾う 木村建太さん プロアングラー、淡海を守る釣り人の会 代表
・土木工学が出発点。海辺の環境保全に挑む「ハゼ博士」 古川恵太さん NPO法人 海辺つくり研究会 理事長
・故郷の廃村に新たなにぎわいを 松浦成夫さん NPO法人 時ノ寿の森クラブ 理事長
・荒れ果てた藪を、ホタルが舞い飛ぶ森に 伊藤 三男さん 学校法人田中学園 学校法人緑丘学園 監事
・美ら海への思いを大地に植える 西原 隆さん NPO法人 おきなわグリーンネットワーク 理事長
・都市の貴重な干潟を守るボランティアの力 橋爪 慶介さん DEXTE-K代表
・浜辺のごみ拾いを20年で大きな運動に 鈴木 吉春さん 環境ボランティアサークル 亀の子隊代表
・「美味しい」を手がかりに大阪湾を再生 岩井 克己さん NPO法人 大阪湾沿岸域環境創造研究センター 専務理事
・環境保全活動を通して、成長する若者たち 草野 竹史さん NPO法人 ezorock 代表理事
・主体性のある人間を自然の中で育てたい 山本 由加さん 認定NPO法人 しずおか環境教育研究会(エコエデュ) 副理事長兼事務局長
・付加価値の高い木材で山を元気に 藤﨑 昇さん NPO法人 もりずむ 代表理事長
・自然を大切にする人を育てる幼児教育 内田 幸一さん 信州型自然保育認定園「野あそび保育みっけ」 園長
・企業経営で培った組織のマネジメント 秋山 孝二さん 認定NPO法人 北海道市民環境ネットワーク 理事長
・移住者の視点で森の町の課題に挑む 麻生 翼さん NPO法人 森の生活 代表理事
・生ごみの堆肥化で循環社会を創る たいら由以子さん NPO法人 循環生活研究所 理事長
・「地球の消費者」から「地球の生産者」へ 加藤大吾さん NPO法人 都留環境フォーラム 代表理事
・干潟に子供たちの歓声を取り戻す 足利由紀子さん NPO法人 水辺に遊ぶ会 理事長
・日本型の環境教育を求めて 新田章伸さん NPO法人 里山倶楽部 副代表理事
・カメラに託した「水」への熱き思い 豊田直之さん 写真家
・「月に一度は山仕事!」のすすめ 山本 博さん NPO法人 日本森林ボランティア協会 事務局長
・奥能登の昔ながらの暮らしを“再発見” 萩野由紀さん まるやま組主宰
・北海道から広げる自然教育ネットワーク 髙木晴光さん NPO法人 ねおす 理事長
・「森のようちえん」は毎日が冒険 原淳一さん NPO法人 アキハロハスアクション 理事長
・東北に国産材のサイクルを築く 大場隆博さん NPO法人 日本の森バイオマスネットワーク 副理事長
・魚食復活をめざし、本日も全力疾走 上田勝彦さん 魚食復興集団 Re-Fish 代表
・「竹害」との戦いにかけた第二の人生 松原幸孝さん NPO法人 かいろう基山 事務局
・ニッポンバラタナゴの楽園を守る 加納義彦さん NPO法人 ニッポンバラタナゴ高安研究会 代表理事
・雁の里から発信「ふゆみずたんぼ」 岩渕成紀さん NPO法人 田んぼ 理事長
・「夢」は最高のエネルギー 杉浦嘉雄さん 日本文理大学 教授
・宮沢賢治に導かれて山村へ 吉成信夫さん NPO法人 岩手子ども環境研究所 理事長
・「海のゆりかご」再生にかける 工藤孝浩さん 神奈川県水産技術センター 主任研究員
・お金に換えられない価値を知る 澁澤寿一さん NPO法人「樹木・環境ネットワーク協会」理事長
・自然界に学ぶ最先端の技術 仲津英治さん 「地球に謙虚に運動」代表
・豊かな森を人づくりに活かす 萩原喜之さん NPO法人「地域の未来・支援センター」理事長
・自然が先生──生きる力を育てる 広瀬敏通さん NPO法人「日本エコツーリズムセンター」代表理事
・ホタルに託した鎮魂の思い 冨工妙子さん ながさきホタルの会・伊良林小学校ホタルの会 会長
・人とトキのかけはしになる 高野毅さん 生椿(はえつばき)の自然を守る会 会長
・民間の力で都立公園の緑を守る 佐藤留美さん NPO法人 NPO birth 事務局長
・花の湿原を守る肝っ玉かあさん 三膳時子さん 認定NPO法人 霧多布湿原トラスト 理事長
・干潟を拠点に人と自然をつなぐ 立山芳輝さん NPO法人 くすの木自然館 理事長
・子どもたちの冒険に寄り添う 佐々木豊志さん NPO法人 くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所 理事長
・北海道にシマフクロウを呼び戻す 菅野正巳さん NPO法人 シマフクロウ・エイド
・ふるさと新城をもう一度桜の名所に 松井章泰さん 「100万本の桜」プロジェクト発起人
・1960年代の武蔵野の自然を取り戻す 佐藤方博さん NPO法人 生態工房
・緑ふたたび──三宅島に苗木と元気を! 宗村秀夫さん NPO法人 「園芸アグリセンター」 理事長
・冬の山中湖を彩るキャンドル 渡辺長敬さん NPO法人 富士山自然学校 代表
・年に10万匹のホタルを育てる 坂井弘司さん 旭川市西神楽ホタルの会 事務局長
・築230年の古民家に生きる 時松和宏さん 大分県九重町 農家民宿「おわて」 主人

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