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わが街の環境マイスター 移住者の視点で森の町の課題に挑む
麻生 翼さん
NPO法人 森の生活代表理事

先進的な森林経営と環境教育で知られる北海道下川町。森に魅せられ、この町に根を下ろした麻生さんは、森を活用し、森に癒される暮らしを発信する伝道者だ。


先輩に導かれIターン
 
 北海道北部の下川町は、面積の9割を森林が占める森の町だ。人口約3400人の小さな町だが、循環型の森林経営やゼロエミッション(廃棄物ゼロ)の木材加工など低炭素型の町づくりが評価され、2008年に国の環境モデル都市に、11年に環境未来都市に指定されている。
 この町に、移住者が中心になって活動しているNPO法人がある。その名も「森の生活」。2013年6月から代表を務める麻生翼さんは名古屋市出身で、10年に下川町に移住した。
「都市で生まれ育ちましたが、自然が好きな子供でした。北海道大学農学部森林科学科に進み、学生時代に北海道のあちこちを歩いて、農山村の自然に魅せられました。農山村の可能性を開拓し、未来に伝えていくような仕事に携わっていきたいと考えるようになったんです」
 下川町を初めて訪ねたのは、学生時代だ。「森の生活」の創設者で前代表の奈須憲一郎さんが、大学の森林政策研究室のOBだった。下川町で面白いことをしている先輩がいると耳にし、ボランティアスタッフとして活動に2回参加した。
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地元の木材で作った優しいぬくもりのコーヒーカップを手に

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森のすぐそばに建つ「森の生活」事務所。表札がわりに入り口に立っている木彫りのクマ(左)は、スタッフの一人であるチェーンソー・アーティストの作品だ
 
「初めて訪ねたときは冬だったので、寒くて暗い感じの町だなという印象で(笑)、やがて下川に住むとは夢にも思いませんでした。民間企業で農山村に関わってみようと、大学卒業後は関西の種苗会社に就職しました。離農するのでもう種を買えないと営業先で言われるなど、高齢化や離農の問題を実感しました。農山村にもっと直接踏み込んで課題を解決したい思いが強まり、退職して北海道に行き、『森の生活』が森林環境教育の担当者を募集していると聞いて、下川に移住したのです」
 麻生さんが移住した頃、「森の生活」は変化のときを迎えていた。08年に下川町森林組合からトドマツ精油製造販売事業の移管を受けるなど、活動内容が拡大し、ボランティア団体から事業団体へと舵を切る。奈須さんが町議会議員になって代表を退き、麻生さんが引き継ぐことになった。
「ボランティアでは限界がある、地方だからこそ、仕事を生み出していくことが大切だと、事業型のNPOにする考えが、発足当初から奈須さんの中にはあったようです。僕自身は、『森の生活』の活動が腹の底から頑張れる仕事だったので、下川に来てからは、一つひとつ課題に取り組んでいくことの連続でした」

地元の木材で事業を起こす
 
 現在、「森の生活」の事業は多岐にわたる。森の体験プログラムやコテージ型交流施設の管理運営、幼児・小中高校一貫の森林環境教育、森づくり……。13年1月、美しい森が広がる美桑が丘の隣に事務所を移した。新しい活動では、広葉樹を木工用材に加工する事業を15年に始めた。町外へ運ばれるばかりだった下川の広葉樹を、町内の製材所で木工用材にし、直販する事業である。
「町内で加工と直販を行えば、下川の広葉樹のよさが使い手にダイレクトに伝わります。素性の分かる木を使えるようになりたいという要望もありました。事業を始めてすぐに道内から木工家が移住して来て、木工用材を使ってくれているのは嬉しいです。僕を含めて、あえて下川に移住するのは、自分らしいライフスタイルを切り拓きたいから。自分らしく生きられる魅力的な町に、下川がなっていくことが大事です」
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美桑が丘の森に立つ麻生さん。ここが町民主体の森づくりや環境教育の舞台にもなる

 
「森の生活」では、麻生さんを含め5人のスタッフが、責任者として事業を担当している。働き方も多彩だ。個人で「薪屋」を開業したスタッフは、薪割りシーズンの3〜5月は週3日勤務になる。下川を拠点に世界中を回るチェーンソー・アーティストもいる。麻生さん自身も、自然の中で、農山村の課題に取り組む生活を実現している。
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毎週多彩なイベントが開かれる
 
「春は山菜を採り、いい沢がたくさんあるので、夏は渓流釣り。狩猟免許も持っていて、シカ猟もします。罠をかけて時々見回りに行く生活を楽しんでいて、前よりもずっと自分らしく、素直に生きています。さんざんお世話になって役割を与えてもらえたので、次は自分が人をサポートする役割になっていきたい」
 16年9月、下川町を含めた全国8自治体が連携し、地方での起業を促す「ローカルベンチャー推進協議会」が動き出した。過疎高齢化が進む地域は、移住誘致も進めている。「地方創生」は大きな課題だ。

 
「地域に溶け込めるか、移住が不安な人もいるようですが、地域の人って誰なんだろう。僕にとっては奈須さんのように、移住前に信頼できる人がいたらいいし、応援してくれる人が10人、いや5人いたら十分だと思います。まあ下川は、無鉄砲な人が多いのかもしれない(笑)。でも、肩に力が入った感じじゃなくて自然体です。森林の生態系と地域は似ていると思います。高さも年齢も違う木があって、さまざまな動植物がいたほうが森は豊かです。ひとつの会社だけ大きくなるよりも、いろいろな人や事業が自然体で調和している、豊かな地域になるといい。だから僕は活動をするとき、目的を明確にすることを心がけています。私欲ではなく、先にあるものをきちんと示して取り組むことが大事です」
 
 暮らしてみて、下川町の自然に魅了されているという。そろそろ秋かなと思っていたら、たちまち雪に覆われた冬が来る。長い冬があるから、春をありがたく感じる。森林の町には、たくさんの可能性がある。自然と調和した生活が麻生さんの願いだ。
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森の生活が管理・運営する下川町の交流施設「ヨックル」。ガーデンでは有機野菜を栽培中
CONTENTS
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コンテンツ
・きれいなだけではない、豊かな海に 志田 崇さん NPO法人 あおもりみなとクラブ 理事
・地域が育てる自然を愛する心 吉元美穂さん NPO法人 登別自然活動支援組織 モモンガくらぶ 事務局長
・中高生たちが体で覚える森の大切さ 宮村連理さん NPO法人 「緑のダム北相模」副理事長
・人の関わりが未来の豊かな湿地環境を育む 上山剛司さん 庄内自然博物園構想推進協議会鶴岡市自然学習交流館ほとりあ
・エコツーリズムで館山を元気に 竹内聖一さん NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団 理事長
・竹林を舞台に地域の輪をつなぐ 豊田菜々子さん NPO法人 環境保全教育研究所 代表理事
・震災10年 子供たちの声が響く海を取り戻す 伊藤栄明さん 松島湾アマモ場再生会議 副会長
・都市のみどりを次世代へ 村田千尋さん 特定NPO法人 みどり環境ネットワーク! 事務局長
・釣り人の聖地・琵琶湖でごみを拾う 木村建太さん プロアングラー、淡海を守る釣り人の会 代表
・土木工学が出発点。海辺の環境保全に挑む「ハゼ博士」 古川恵太さん NPO法人 海辺つくり研究会 理事長
・故郷の廃村に新たなにぎわいを 松浦成夫さん NPO法人 時ノ寿の森クラブ 理事長
・荒れ果てた藪を、ホタルが舞い飛ぶ森に 伊藤 三男さん 学校法人田中学園 学校法人緑丘学園 監事
・美ら海への思いを大地に植える 西原 隆さん NPO法人 おきなわグリーンネットワーク 理事長
・都市の貴重な干潟を守るボランティアの力 橋爪 慶介さん DEXTE-K代表
・浜辺のごみ拾いを20年で大きな運動に 鈴木 吉春さん 環境ボランティアサークル 亀の子隊代表
・「美味しい」を手がかりに大阪湾を再生 岩井 克己さん NPO法人 大阪湾沿岸域環境創造研究センター 専務理事
・環境保全活動を通して、成長する若者たち 草野 竹史さん NPO法人 ezorock 代表理事
・主体性のある人間を自然の中で育てたい 山本 由加さん 認定NPO法人 しずおか環境教育研究会(エコエデュ) 副理事長兼事務局長
・付加価値の高い木材で山を元気に 藤﨑 昇さん NPO法人 もりずむ 代表理事長
・自然を大切にする人を育てる幼児教育 内田 幸一さん 信州型自然保育認定園「野あそび保育みっけ」 園長
・企業経営で培った組織のマネジメント 秋山 孝二さん 認定NPO法人 北海道市民環境ネットワーク 理事長
・移住者の視点で森の町の課題に挑む 麻生 翼さん NPO法人 森の生活 代表理事
・生ごみの堆肥化で循環社会を創る たいら由以子さん NPO法人 循環生活研究所 理事長
・「地球の消費者」から「地球の生産者」へ 加藤大吾さん NPO法人 都留環境フォーラム 代表理事
・干潟に子供たちの歓声を取り戻す 足利由紀子さん NPO法人 水辺に遊ぶ会 理事長
・日本型の環境教育を求めて 新田章伸さん NPO法人 里山倶楽部 副代表理事
・カメラに託した「水」への熱き思い 豊田直之さん 写真家
・「月に一度は山仕事!」のすすめ 山本 博さん NPO法人 日本森林ボランティア協会 事務局長
・奥能登の昔ながらの暮らしを“再発見” 萩野由紀さん まるやま組主宰
・北海道から広げる自然教育ネットワーク 髙木晴光さん NPO法人 ねおす 理事長
・「森のようちえん」は毎日が冒険 原淳一さん NPO法人 アキハロハスアクション 理事長
・東北に国産材のサイクルを築く 大場隆博さん NPO法人 日本の森バイオマスネットワーク 副理事長
・魚食復活をめざし、本日も全力疾走 上田勝彦さん 魚食復興集団 Re-Fish 代表
・「竹害」との戦いにかけた第二の人生 松原幸孝さん NPO法人 かいろう基山 事務局
・ニッポンバラタナゴの楽園を守る 加納義彦さん NPO法人 ニッポンバラタナゴ高安研究会 代表理事
・雁の里から発信「ふゆみずたんぼ」 岩渕成紀さん NPO法人 田んぼ 理事長
・「夢」は最高のエネルギー 杉浦嘉雄さん 日本文理大学 教授
・宮沢賢治に導かれて山村へ 吉成信夫さん NPO法人 岩手子ども環境研究所 理事長
・「海のゆりかご」再生にかける 工藤孝浩さん 神奈川県水産技術センター 主任研究員
・お金に換えられない価値を知る 澁澤寿一さん NPO法人「樹木・環境ネットワーク協会」理事長
・自然界に学ぶ最先端の技術 仲津英治さん 「地球に謙虚に運動」代表
・豊かな森を人づくりに活かす 萩原喜之さん NPO法人「地域の未来・支援センター」理事長
・自然が先生──生きる力を育てる 広瀬敏通さん NPO法人「日本エコツーリズムセンター」代表理事
・ホタルに託した鎮魂の思い 冨工妙子さん ながさきホタルの会・伊良林小学校ホタルの会 会長
・人とトキのかけはしになる 高野毅さん 生椿(はえつばき)の自然を守る会 会長
・民間の力で都立公園の緑を守る 佐藤留美さん NPO法人 NPO birth 事務局長
・花の湿原を守る肝っ玉かあさん 三膳時子さん 認定NPO法人 霧多布湿原トラスト 理事長
・干潟を拠点に人と自然をつなぐ 立山芳輝さん NPO法人 くすの木自然館 理事長
・子どもたちの冒険に寄り添う 佐々木豊志さん NPO法人 くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所 理事長
・北海道にシマフクロウを呼び戻す 菅野正巳さん NPO法人 シマフクロウ・エイド
・ふるさと新城をもう一度桜の名所に 松井章泰さん 「100万本の桜」プロジェクト発起人
・1960年代の武蔵野の自然を取り戻す 佐藤方博さん NPO法人 生態工房
・緑ふたたび──三宅島に苗木と元気を! 宗村秀夫さん NPO法人 「園芸アグリセンター」 理事長
・冬の山中湖を彩るキャンドル 渡辺長敬さん NPO法人 富士山自然学校 代表
・年に10万匹のホタルを育てる 坂井弘司さん 旭川市西神楽ホタルの会 事務局長
・築230年の古民家に生きる 時松和宏さん 大分県九重町 農家民宿「おわて」 主人

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