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「自然」に魅せられて

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Profile

Bruce Gutlove
1961年ニューヨーク生まれ。醸造技師として世界各地のワイナリーで活躍した後、89年に来日。有限会社ココ・ファーム・ワイナリー取締役醸造責任者としてワインづくりを指導している。




ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
平均斜度38度。耕耘機も使えない急斜面のブドウ畑から、知る人ぞ知る極上のワインが産み出される。世界に通用する日本ならではのワインをつくりたい──未知の土地で、米国人醸造家の夢を支え続けたのは、ともに汗を流して働く知的ハンディをもつ人々との絆だった。

園生の約半分が50歳以上。それぞれのペースで瓶詰めや梱包作業に精を出す



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山あいの美しい畑でブドウを栽培し、ワインづくりに精を出すのは、知的障害者更生施設「こころみ学園」(栃木県足利市)の園生たち。ココ・ファーム・ワイナリーは、彼らの社会的自立を目的に1980年に設立された。

BG 
「園生たちは毎日、黙々と働いています。急な斜面を登り、一房ずつ丹念にブドウを手入れし、選り分け、よい実だけを使う。どんな重労働でも手を抜きません。ワインの出来はブドウで決まりますから、彼らの一所懸命さがなければ、うちのワインの質はとても保てないでしょう」

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着色期(ベレーゾン)を迎える前のブドウ。夏の強い陽射しが健康な実を育て、ブドウ本来の味を引き出す



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ワインづくりを指導するために、ブルースさんが米カリフォルニアから招かれたのは17年前のこと。最初は6カ月間の約束だったという。それがいまでは同社の醸造責任者として地元足利に居をかまえ、流暢な日本語も話すようになった。世界的にも著名な醸造家がなぜこの地を選んだのか。

BG 
「『障害者がつくるワイン』というだけでは意味がない。世界に通じる本物のワインをつくって彼らに自信と誇りをもたせたい」というこころみ学園の理想に共感したからです。ワインは、私にとって人生そのものですが、一般の人はワインがなくなっても困らない。結局は嗜好品、贅沢品ですからね。でも、ここでつくられるワインは、社会で働く道を閉ざされた園生の生きる糧になるんです。私は福祉の専門家ではありませんが、ただ彼らとともに大地を耕し、ブドウを育て、ワインを醸すことにとても大切な意味があるということだけは理解できる。だから、ここにいるのです」

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ブルースさんが醸造責任者に就任して以来、ココ・ファームのワインは飛躍的に進歩した。味と品質が評価されて、2000年には沖縄サミットの晩餐会にも用いられた。いまや国内トップクラスのワイナリーに数えられるようになり、年間15万本を出荷する。

BG 
「最初の頃は、学園の先生たちとよくぶつかりましたね。彼らは園生の体調や気持ちを第一に思いやるけれど、私はどうしてもブドウやワインの都合を優先して、園生にきびしく接してしまう。言葉の壁もあったから、すれ違いはしょっちゅう。それでもみんな、よくついてきてくれました」

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とはいえ、日本でのワインづくりにはいまも悪戦苦闘の連続だ。ブドウが病気にかかりやすい多雨多湿の気候に加え、落果を招く台風にも悩まされる。

BG 
「日本の気候風土はワインづくりに向いていないとよくいわれますが、私は、そうは思いません。一番大切なことは、その土地がワインに適しているかどうかではなく、私たちがその土地に適した、その土地ならではのワインをつくれるか、ということです。シャンパンがいい例でしょう。産地の仏シャンパーニュ地方は、地中海あたりと比べると気温が低いため、ワインの旨味を引き出す発酵が進みにくい。その意味ではワインづくりに向かない土地といえるかもしれません。あるとき、まだ発酵が終わっていないのに間違って瓶詰めされたワインが、瓶のなかで再発酵し、炭酸ガスを含むシャンパンに生まれ変わった。偶然の産物とはいえ、それはまぎれもなく地域の気候風土を反映した、その土地ならではのワインです。そんな世界中でここにしかないというワインを、私たちもつくりたいし、つくれると信じています」

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ココ・ファームのワインは大量生産ができない。足利の豊かな自然の力と、けっして労を惜しまない園生たちの手仕事だけが、そのおいしさを支えているからだ

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山の急斜面に最初のブドウ畑が拓かれたのは1950年代のこと。ココ・ファームの原点だ

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「みんなのために早くワイナリーの経営を安定させたい」とブルースさん。ブドウにも、園生たちにも等しく愛情を注ぐ

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ワインづくりにおいてこだわっているのは、選び抜いた完熟ブドウだけを使うということ。そのブドウが越えてきた1年間の気候風土を、ワインのなかに最大限まで引き出すためだ。

BG 
「ブドウをおいしくするのは自然の力です。私たちには、実がしっかり熟し切るまで、ブドウを病気や虫の被害から守ることしかできません。でも、それが大変なんです。うちの畑では農薬を極力使わない、機械にも頼らない。すべてが手作業ですからね。たとえば夏から秋、園生は毎日畑に出て、病気の原因になる傷んだ実をひとつひとつ手で取り除いていきます。そして残った房に傘をかけ、さらに熟すのを待つのです。炎天下での草刈りや、一日中カラスを追い払う『カラス番』の仕事も欠かせません。私はいま、天然の酵母だけを使う自然発酵に取り組んでいますが、これも園生たちがつくる健康な完熟ブドウがあってはじめてできるチャレンジなんです」

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日本のワインづくりの未来について、年々確信を深めているという。日本人にはまだ、自然に感謝し、自然とともに生きる感性が残されていると思うからだ。

BG 
「こころみ学園のみんなには、人間の力の素晴らしさを学びました。手間ひまを惜しまず、一所懸命に取り組めば、私たちにも世界を驚かすようなワインがつくれるかもしれない。私は本気でそう思っています」

CONTENTS
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コンテンツ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人  片岡義廣(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望 ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ 松本 令以(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動 坂内 啓二(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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