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「自然」に魅せられて


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「竹のこころ」を伝えたいジョン・海山・ネプチューン


日本人の生活に欠かせなかった竹林が、いま邪魔者扱いされている。
たけのこご飯のほのかな香り、竿先に伝わるかすかな魚信(あたり)、そして竹林を縫う風の声に似た尺八の音……
竹と私たちの長いつきあいの中ではぐくまれた、たおやかな感性の歴史をもう一度思い起こそう。

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上:最近のステージから。尺八には作務衣(さむえ)がよく似合う

右:「ウドゥブー」を叩くネプチューンさん。シンプルな楽器ながら、その音色をじつに多彩

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一本の竹に五つの穴を開けただけ
「樹」ではない。「草」でもない。
 植物界にあって唯一無二のその姿かたちに尺八奏者、ジョン・海山・ネプチューンさんの心は惹かれてやまない。
「竹はとてもシンプルで美しい。まっすぐに伸びて、中は空っぽ。だからしなやかでいられる。日本文化の根底にある『無』の考えとどこか通じるんじゃないですか」
 古今東西の音楽に精通するアーティストはそういって、おもむろに愛管を構えた。竹林をバックにジャズの名曲を一節。「尺八だけに『タケ(=TAKE)・ファイブ』です」としゃれた。
 故郷のアメリカに、竹類はほとんど生えていない。初めて見たのは少年の頃、パンダの飼育で有名なサンディエゴの動物園だった。音楽一家に育ったが、当時は、尺八の存在はおろか、「竹から楽器がつくられることさえ知らなかった」という。ましてそれが生涯の相棒となり、自らを未知の国・日本へ導いてくれるなんて想像もしなかった。

 大好きなサーフィンを究めたくて、大学はハワイへ。東洋哲学を専攻したことから民族音楽に興味を持った。当初はインドの伝統的な打楽器「タブラ」を学ぶつもりだったが、あいにく現地では指導者が見つからなかったため、第二候補の楽器を手にとった。それが尺八との出会い。ネプチューンさんのひと目惚れならぬ“ひと耳惚れ”だった。
 尺八以外にも韓国の横笛「テグム」や雅楽の龍笛、インドネシアの打楽器「ガムラン」など、さまざまな民族楽器を大学の図書館で聴き比べた。しかし「フルートのような高音からサックスさながらの枯れた低音まで」、尺八の音色の豊かさほどネプチューンさんを驚かせたものは、ほかになかった。
「それが一本の竹に五つの穴を開けただけの簡素な笛と知って、さらに驚きました」
 六世紀以前に中国から伝わり、聖徳太子も吹いていたといわれる尺八は、長さ一尺八寸(約54.5cm)を標準とすることからその名がついた。江戸時代に栄えた禅宗の一派、普化(ふけ)宗の僧侶たちはこれを法器(修行や法事に使う仏具)として携え、全国を行脚した。いわゆる虚無(こむ)僧である。
「そういう歴史や伝統も含めて、尺八という楽器のすべてが気に入った」とネプチューンさん。「持ち運びだって楽でしょう。それにここだけの話、背中がかゆいときには便利な『孫の手』にもなるんですよ(笑)」。

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独特の姿が面白い竹の打楽器「ウドゥブー」。アフリカの民族楽器をヒントにネプチューンさんが考案した


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尺八作りのために自宅近くに新しく建てられた工房

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「竹には一本一本個性があります」——工房に入ると、演奏家から職人の顔に変わる


尺八に触れる前から稽古が始まる
 ハワイでは、大学の近くに住む禅僧と知り合い、英語で手解(てほど)きを受けることができた。素人には音を出すことさえ難しいといわれる尺八だが、トランペットなどの経験があったせいか、意外と簡単に吹けたという。やがてもっと本格的に学びたいという思いが募り、大学を休学して日本へ。1973年、京都の都山流家元、三好芫山(げんざん)氏の門を叩いた。
 尺八の稽古は、技術の習得だけではない。当時40〜50人いた門下生の中でただ一人の外国人だったネプチューンさんも、日本流の礼儀作法を厳しく教えられた。弟子入りして間もない頃、早く稽古がしたくて師匠の部屋に入ろうとすると、先輩に止められた。部屋に入る前にまず正座。静かにふすまを開け、きちんと挨拶をしてから入りなさい、と。
「びっくりしましたよ。まだ部屋に入ってもいないのに、稽古が始まっているんですから(笑)。でも、そういう厳しさがむしろ新鮮でしたね。銭湯に行き、ふとんで眠る京都の暮らしはカルチャーショックの連続で、けっして楽ではなかったけれど、忍耐を学ぶいい経験になりました」
 本物の竹や竹林の美しさも、京都で初めて知った。日本独自の風土の中で改めて尺八の音色を聴くと、ハワイで味わったあの感動がさらに幅や深みを増すように思われた。
 つらくても、選んだ道に間違いはない——そう確信できた。
 学位を修めるためにいったん大学へ戻り、77年にふたたび来日。京都でさらなる精進を重ねた末に都山流師範の免許を得て、雅号「海山」を受けた。一本の竹笛に魅せられて海を渡った外国人サーファーが、尺八奏者、ジョン・海山・ネプチューンとしてデビューを果たしたのである。以来、伝統音楽の枠にとらわれない独自の世界を追究し、演奏家としても、作曲家としても内外から高い評価を受けている。


豊かな音を生み出す竹の恵み
 日本に住んでもう30年。「最初は2、3年のつもりだったのに」と振りかえるネプチューンさんは現在、千葉県・鴨川の竹林の中に居を構える。
 文字通り、竹に囲まれた暮らしぶりだ。
 手づくりの自宅の一角には本格的な工房を備え、尺八製作にもいそしんでいる。自分の目で竹を選び、自分の手で掘り出すこだわりよう。確かな技術と音に対する繊細な感性が評判を呼び、注文はひきもきらない。
「修業を積むうちに、既製品の尺八の音では満足できなくなったんです。メーカーにあれこれ文句をいうくらいなら、自分でつくったほうが早いと思って始めました」。
 楽器の素材は、できるだけ近場で探すのがネプチューン流。良質な竹の産地として知られる南房総だけに、「歩いて5分」の裏山で手頃なマダケやモウソウチクが見つかることも珍しくはない。
 しかし最近は各地の里山同様、この辺りの竹林にも人の手が入らず土地の荒廃が目立つという。日本人と竹が縁遠くなり、竹の恵みが忘れ去られつつある現状には、陽気なネプチューンさんもさすがに顔を曇らせた。
「手入れが大変なのは私もよくわかります。うちの竹林もちょっと怠けると、大変なことになってしまいますからね。でも日本人は、昔からすぐれた竹文化を受け継いできたでしょう。天然資源としての竹のすばらしさを、ほかのどの民族よりも深く理解していたからです。なのに、もったいない! 使わないで放ったらかしにするなんて」
 製作者として手がけるのは、尺八だけではない。竹の管や竹の板、竹の皮に竹炭など、さまざまな竹材を巧みに活かして新しい楽器づくりに挑戦している。そんな竹の楽器のみで編成されたグループ「竹竹」(“竹だけ”という得意のダジャレ!)を10年ほど前に結成。精力的に活動を続けているのも、その音色を通して、人々に竹という植物の可能性を見直してほしいと願うからだ。
「見てよし。聴いてよし。もちろん食べてもおいしいですね」
 春になると、自宅周辺の竹林で「採っても採っても採れる」たけのこが、ネプチューン家の食卓を彩るという。
 日本人が忘れつつある「竹のこころ」を追い求めて、尺八奏者の旅はどこまでも続く。

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尺八用の竹は採ってから最低2年間は乾燥させる
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尺八はマダケの根元を使う。掘り出してみないとその良し悪しはわからない

Profile

John KAIZAN Neptune 1951年米カリフォルニア州オークランド生まれ。尺八奏者・作曲家。ハワイ大学在学中に尺八と出会い、72年に来日。数年の修業を経て都山流師範となり、雅号「海山」を授かる。79年、アルバム『バンブー・テクスチャー』でプロデビュー。翌年には外国人アーティストとして初めて芸術祭優秀賞を受賞。以来、尺八と世界の民族音楽の融合をテーマに国際的な活躍を続けている。

CONTENTS
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コンテンツ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人  片岡義廣(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望 ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ 松本 令以(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動 坂内 啓二(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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