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「自然」に魅せられて
わくわくドキドキ!夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロナチュラリスト)
都市の公園で催される「夜の自然観察会」がブームを呼んでいる。案内役は、身近な自然の意外な側面を教えてくれることで評判のプロ・ナチュラリスト、佐々木洋さんである。
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Profile

ささき・ひろし 1961年東京都生まれ。(財)日本自然保護協会自然観察指導員や東京都鳥獣保護員などを経て独立。日本初の「プロ・ナチュラリスト」として、テレビ・ラジオの自然番組への出演やエコツアーの企画・ガイドなど、幅広い分野で活躍。著書に『ぼくらはみんな生きている──都市動物観察記』『それいけ! ネイチャー刑事』などがある。
http://hiroshisasaki.com/
 

夜鳴きゼミとコウモリのおしゃべり
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都心の公園での自然観察会は親子連れでにぎわう
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コウモリ探知機を使う佐々木さん。コウモリの「声」が聞こえた!
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「がんばれ!」「もうちょっとだ」そして「やったあー」。夜の公園で出会ったいのちのドラマに、子どもたちから歓声があがった。セミの羽化は夜の観察会のハイライトである。神秘の一瞬を浮かび上がらせたのは、佐々木さんの当てる懐中電灯の光だ。
佐々木
セミが体を起こして殻から抜け切る瞬間が一番盛り上がりますね。子どもたちは大喜びです。保護者のお母さんたちは、セミが産まれているわけじゃないのに、なぜかお産を思い出すみたいで、無事羽化が済むと、皆さんホッとした顔をされます(笑)。羽化のときは敵に襲われやすいので、たしかにセミにとっては人間のお産と同じで命がけなのは間違いありません。だから都会のセミは最近、地面に近い低い場所で羽化するようになってきたともいわれています。上空のカラスなどに見つからないようにしているんです。いま、セミはひと晩じゅう鳴くでしょう。都会の夜が明るいからです。僕は「夜鳴きゼミ」と呼んでいます。僕も都会っ子ですが、子どもの頃、夜にセミは鳴きませんでした。いまの子どもにとってはもうあたりまえの情景なんですよね。
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そんな都会の生きもの事情を織り込みながら、身近な夜の自然を案内する。観察会は日没の少し前から始まる。黄昏どきを見逃すなんてもったいない。この時間帯になるとよく現れて、観察しやすくなる動物がいるからである。
佐々木
たとえばコウモリがそう。彼らのおしゃべりを聞かせてあげると、子どもたちは大興奮です。どうやって? コウモリが出す超音波を人間の耳に聞こえるように変換する「コウモリ探知機」と呼ばれる装置を、頭上を飛び交うコウモリに向けるんです。「ピチピチ…」という音が聞こえたら、それがコウモリの“声”なんですよ。ニホンリスや野鳥のアオサギもこの時間帯によく見られます。そうやって夕方から生きもの探しをはじめると、真っ暗になった頃には、参加者はもうすっかり夜の自然になじんできます。
── 
子どもたちのお目当てといえばカブトムシにクワガタだ。佐々木さんは期待にこたえて、特製のしかけを用意している。名づけて「スーパーバナナトラップ」。
佐々木
ふつうのバナナトラップと違って、虫の集まり方が格段にいいんです。行列のできる昆虫酒場という感じですね。つくり方は、まずよく熟したバナナに焼酎をかけて発酵させます。そこまではふつうのトラップと変わりません。何がスーパーかというと、できるだけアルコール度数の高いお酒をかけること。泡盛なんか、最高ですね。それから隠し味に黒酢を少々。これで匂いがぐっと本物の樹液に近づくんです。僕も呑んべえだから、虫の気持ちがよくわかるんです(笑)。
── 
セミの羽化やトラップに集まる虫を観察するだけでなく、子どもが自分で見つける喜びを味わえるよう、佐々木さんは公園をくまなく歩いて生きもの探しを手助けする。
佐々木
低木の葉の裏をそっとめくってみると、子どもたちがよく知っているチョウやトンボが休んでいたりします。何げない水たまりに懐中電灯を当てて水中をのぞかせる。すると、昼間よりもずっと活発に動いているドジョウやザリガニを発見することがあります。それから植物ですが、夏の夜しか咲かない花も身近にあるんですよ。代表的なのがカラスウリ。赤い実で知られていますが、日が暮れてから白いレースのカーテンみたいな花を咲かせます。これを見たという人は少ないでしょう。夜が明ける頃には閉じてしまいますから。四つ葉のクローバーでおなじみのシロツメクサは、太陽が沈むと葉をピタッと閉じる。だから夜は幸運の四つ葉を見つけるのは難しいんです。
闇を味わう自然“感察”のススメ
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見慣れたはずの自然が、夜と昼とでは驚くほど違う表情を見せる。佐々木さんが案内する夜の生きもの探しに、大人も魅せられる理由はそこにある。
佐々木 
この仕事に就いた当初から、昼と夜の自然を比較して観察することが大切だと思っていました。それが夜の観察会を始めた、そもそものきっかけなんです。自然はいつもそこにあるけれど、じつは刻々と変化している。だから参加者の都合が許すかぎり、同じ場所で昼と夜の両方の姿を見てもらうようにしています。夜の森を深く味わいたければ、昼の森もよく見てほしい。夜に観察した場所を昼もう一度見直すと、意外な発見があったりして、感動が2倍、3倍になるんですよ。タヌキにしろ、ヒキガエルにしろ、夜中に動き回る生きものというのは意外と大胆で、都会でも野生を感じられる。そんな目立つ動物たちにたくさん出会えるのも、夜の観察会ならではの楽しみかな。
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「でもね…」といって、佐々木さんはほほ笑んだ。じつはそうした動物たちは、どちらかというと観察会の脇役だというのだ。では、本当の主役は?
佐々木 
「闇」そのものなんです。だって、暗闇の中を歩くだけで、わくわくドキドキするじゃないですか。セミの羽化もコウモリのおしゃべりも、闇の中で見たり、聴いたりするからこそおもしろいんですよ。視覚が制限されることで、ふだん聞いたことのない音が聞こえたり、いろいろな匂いに敏感になったりします。五感は使えば使うほどとぎすまされます。それも闇の効果です。だから僕は、子どもに花や葉っぱの匂いを嗅いでもらうとき、「ほら、いい匂いだよ」とか「ミントみたいでしょ」なんて言いません。「どんな匂いがする?」と聞くんです。自分自身の感覚を呼び覚ましてほしいから。目で見て「観察」するだけでなく、五感を全開にして、自然を「感察」してほしいんです。
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「自然案内の世界で後進を育てたい」と佐々木さん
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光で昆虫を集めるライトトラップ。白い幕についた虫を観察する
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オニグモは夜、巣作りをして獲物を捕らえ、朝には身を隠す
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殻を脱ぐ直前のセミを見つけて観察。羽化には1時間ほどかかる
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現代の子どもたちは本当の闇を知らないとよくいわれる。しかし佐々木さんは「子どもの本能的な感覚は昔もいまも変わらない」という。
佐々木 
暗闇に刺激されると心の眼が開くんでしょうね、トラがいるとか、キリンが見えたとか、いるはずのない生きものがいると言う子がいるんですよ。デタラメだと言ってしまえばそれまでですけど、僕はその感覚って大切だと思うんです。昔、僕らが、いるはずのないオバケをこわがったのと同じで、自然に対する畏怖がそうさせるんでしょう。優しさや人を思いやる気持ちは、そういうところから生まれるんじゃないかと思います。昼間の観察会では、はしゃいだり、勝手に動き回ったりする子も多いけれど、そんな子たちでも夜の森へ連れて行くと、いつの間にか手をつないだり、肩を組んだりしているんです。暗くて怖いから助け合うんですね。東京にまだ原っぱが残っていた頃、僕もそうやって友だちと探検したものです。いまとまったく変わりませんよ。
佐々木先生から
夜の生きもの探しのアドバイス
◎服装は、薄手の長袖・長ズボンが基本。素足やサンダル履きはダメ。
◎夜でも熱中症対策は必須。飲み物を携帯してこまめに水分補給を。
◎懐中電灯はむやみにつけると生きものが逃げてしまうので、子どもにはなるべくもたせない。
◎樹液やバナナトラップを見に行くときは、ムカデやスズメバチがいることもあるので、いきなり近づかず、大人がまず遠くから確認を。
CONTENTS
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コンテンツ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人  片岡義廣(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望 ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ 松本 令以(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動 坂内 啓二(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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