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[photo]「自然」に魅せられて
癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
やさしい木漏れ日を浴びながら雑木林を散策すると、日頃のストレスがうそのように消えていく──森林療法の第一人者がすすめる「武蔵野の歩き方」とは。
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ストレス解消には明るい森が効く
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東京郊外、小金井市の雑木林に、午後の日差しが差し込んでいる。「ストレス解消には、こういう森がうってつけなんですよ」そういいながら、降矢氏は枝先を仰いだ。
降矢
木漏れ日が差し込んで、明るいでしょう? これがいいんです。日本の森は、スギやヒノキの針葉樹か、うっそうとした照葉樹の森が多く、どちらもあまり日が差さないので暗いのです。森の香りのもとになるフィトンチッドには、自律神経を安定させたりする効果があって、その成分は何十種類もあるんですが、多くは針葉樹から出ています。その意味では、スギやヒノキの森を歩くほうが理にかなっているわけですが、心身ともに疲れきっている人には、雑木林のような明るい森のほうが向いています。雑木林はたいてい、あまり勾配のきつくない土地にありますから、体力の衰えた人、山歩きをしたことのない人でも歩きやすいという利点があります。
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降矢氏のおこなう「森林養生プログラム」には、都市近郊や、草津、清里などへ出かけるいくつかのコースが設けられている。都市近郊では、『となりのトトロ』の主人公のお母さんが入院していた「七国山病院」のモデルとなった都立公園・八国山緑地も人気コースのひとつだ。どの森も歩きやすく、ちょっとしたネーチャーゲームや運動ができる広場を備えている。
降矢
プログラムには、中国の先生に教えていただいた「補気養生功」という気功法を取り入れています。それも、①両手を上に伸ばし、息を吸って天から気をもらう。②横に伸ばして、森林から気をもらう。③下に伸ばして、大地から気をもらう、という三つの動作をするだけです。太極拳と違って、はじめての人でも覚えやすく簡単なので、散策のときにはぴったりです。森の中で大切なのは、木と交流するつもりで呼吸することです。元気な人は気功のゆっくりした呼吸と動作になかなか慣れませんが、このリズムを味わえるようになれば、ストレスはだいぶ軽減されます。
「目標達成」が自然嫌いをつくる
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降矢氏の森とのつき合いは古い。そもそも両親が山歩きのグループで知り合ったカップルだった。育ったのは東京郊外の調布。武蔵野らしい風景が、そこここに残っていた。
降矢 
父が山歩きをしなくなってからゴルフに凝って。会員だったゴルフ場が山に近いところにあった。夏休みになると、一家そろってその高原のゴルフ場に出かけ、ロッジに1週間ぐらい泊まりこむんです。ゴルフ場のロッジに1週間も泊まっている家族なんてうちぐらいで、浮いてましたね(笑)。私と弟は、近くでもっぱら虫を捕ったりして遊びました。山好きの友達と数人で奥多摩あたりにハイキングに行くようになったのは中学のときからです。大学はもちろんワンダーフォーゲル部。
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だが、山好きが高じて森林療法に行きついたわけではない。森林養生プログラムをおこなうようになったのは、心療内科医となって20年ほどたった頃のことである。
降矢 
医者を志したときから、人間の健康を全体的なものとしてとらえるホリスティック医学や、代替医療に興味をもっていました。卒業した年に、当時できたばかりで評判になっていた安曇野市の穂高養生園(ヨガや森の散策を通して心身をリフレッシュする宿泊施設)へ見学に行ったりしました。でも、勤務医ですから、治療にそうした方法を取り入れることはできなかった。じっさいに森林療法をするようになったのは、林業や行政にかかわる人たちと出会ってからです。林業の衰退が社会問題になって、森の活かし方を考えようという自治体が出てきた。その頃すでに私は自分のクリニックを開いていて、日々カウンセリングするだけでは物足りないという思いがあって。そこで、彼らとの話し合いながら、森を利用するプログラムを実践してみることにしたわけです。
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ふつうの山歩きやハイキングは、ストレスケアに向いていないという。目的地に向かってひたすら歩き、山頂で達成感を味わうのは爽快ではあるが、もともと体調の悪い人には苦行になる場合があるからだ。
降矢 
それに気づいたのは、史上最高齢でエベレストに登頂したプロスキーヤーの三浦雄一郎さんの話を雑誌で読んだときです。彼は子どもたちに自然のすばらしさを伝えたいのに、林間学校に来た子たちは、嫌々山に登らされて、「こんなところ二度と来るもんか」と思って帰っていく、残念だ、というのです。
生きがい療法というのがあって、がん患者さんたちがモンブランに登頂した例がありますが、あれは困難を乗り越えることが目的であって、山に癒しを求めに行ったわけではないんです。ストレスケアのために森に行く場合は、むしろ「何かを達成する」という目標をかかげてはいけない、ということに気がついたのです。目標を設けたのでは、ストレスの原因になっている企業社会と同じことになってしまいます。森では、ただのんびりと過ごし、ちょっとしたキャンプや、ネーチャーゲームを楽しめばいい。自然が好きになって、また森に行きたくなれば、癒し効果が現れた証拠です。
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小金井市の大学構内でおこなわれたワークショップにて。自然の素材を使ったネーチャーゲームも森林療法のひとつ
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赤坂溜池クリニックに「ホリスティックヘルス情報室」を併設、西洋医学に限界を感じている人の要請にこたえている
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目的もなくただ歩くことに飽きる人もいる。現代人はどうも森とのつき合い方が苦手なのではないか。

降矢 
私自身、ワンダーフォーゲル部にいたときは、目的地をめざして頑張って歩く、というスタイルでしたから、飽きる気持ちはわかります。そこですすめたいのが、森の動植物について詳しくなることです。木肌の違い、葉の特徴、虫の生態といったものがわかるようになると、しめたもの。ゆったりと森を味わえるようになります。私の役目は、その味わい方を教えることなんです。
森を歩けば価値観が変わる
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クリニックの患者さんには、治療として森を歩いてもらうことはしない。行くのが義務になれば、リラックスできなくなるからだ。待合室に森林養生プログラムのチラシを置いておいて、関心のありそうな人に「一緒に行きませんか」と誘う。
降矢 
初期のがんが見つかった患者さんがいまして、森に関心があったので、奥さんと一緒に森を歩こうということになりました。じつは、それまでお二人は夫婦関係が破綻していて、会話もできない状態だったらしいのです。ところが、何度か森を歩いているうちに会話が戻ってきて、関係も劇的に回復しました。価値観が変わって、仕事一辺倒だったのが、バランスのとれた生活が送れるようになった。がんも初期だったので治りました。塾の理科の先生だけに、森であれこれ発見するのが楽しくて、しまいにはそれで教材をつくって授業に使うようになりました。森を歩くことで人生が変わったんです。
Profile

ふるや・えいせい 1959年東京都出身。東京医科大学卒。LCCストレス医学研究所心療内科、帯津三敬病院などを経て、97年に赤坂溜池クリニックを開設。NPO法人日本ホリスティック医学協会副会長。『疲労を治す81のワザ+α』『森林療法ハンドブック』などの著書がある。
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気功の最後に、頭を木につけて上を見上げる。「これだけの大木だと、木から大きなパワーがもらえそうな気がします」
CONTENTS
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コンテンツ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人  片岡義廣(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望 ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ 松本 令以(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動 坂内 啓二(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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