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東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
日本のサンゴの太平洋側の北限が東京湾であることをご存じだろうか。岸のすぐ近くでサンゴが観察できる千葉県館山市・沖ノ島。この島でエコツアーを実践する竹内聖一さんが傾ける熱き想いの相手とは。
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不思議の海の不思議な生き物
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東京湾の南端に浮かぶ館山市・沖ノ島では、夏休みに入ると連日、子供たちの歓声が響く。NPO法人たてやま・海辺の鑑定団の自然体験ツアーである。代表の竹内聖一さんは、島のとっておきの場所を誰よりもよく知っている。
竹内
沖ノ島を含む館山の海には、東京湾とは思えない世界が広がっています。その代表格がサンゴで、キクメイシ、イボサンゴ、トゲイボサンゴなど、沖ノ島には約30種類が確認されています。サンゴというと、あたたかい南の海にいるイメージがあるでしょう。緯度が高い、しかも都市に近い場所で見ることができるのは珍しいのです。北限域のサンゴとして、世界的にも注目されています。ほら、あのあたりの浅瀬にも。
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沖ノ島は陸続きの無人島。歩いて渡れるようになったのは戦後のことで、隆起した海底に砂が堆積し砂洲ができた。南房総一帯は地震による隆起が著しい
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竹内さんが指した場所は、岸の岩場から数mも離れていなかった。潮が引けば、サンゴは海水面すれすれまで顔を出す。大潮の干潮時には完全に露出することもある。
竹内
館山のほかの海域と比べて、沖ノ島のサンゴは岸に近い、浅い場所に生息しているので、観察に非常に適したフィールドです。大潮の干潮時には、岸からでも海面越しに見えるときもあります。海に入って直接見てみたいという人は、ぜひスノーケリングに挑戦してください。私たちが実施するプログラムでもスノーケリングは大人気。少し深いところまで行けば、サンゴの数や種類も増え、その周囲に色鮮やかな魚たちの姿を見ることができますよ。
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右=サンゴの仲間ではもっとも北にまで分布するキクメイシモドキ。浅場に生息し、干潮時には水面から顔を出すことも。左=ヨロイイソギンチャクは岩礁のくぼみに潜む。砂粒や貝殻片を付着させて身を守る
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東京湾にサンゴが生息できる最大の要因は南から流れ込む黒潮だ。
竹内 
黒潮は、海水をサンゴに適した温度に保つと同時に、強い潮の流れによって、沖ノ島の海をたえずフレッシュにしてくれます。雨のあと、川から濁り水が流れ込んでも、他の海域より早く透明度が戻るのはそのためです。澄んだ水はサンゴの生育に欠かせません。サンゴは動物ですが、着床してしまうと自分では動けないので、体内に「褐虫藻」という藻類を共生させ、その褐虫藻が光合成して作る養分と、自ら摂る動物食のエネルギーとを吸収して生きているのです。水の透明度が低いと、太陽の光が届かないので、褐虫藻は光合成ができなくなってしまいます。サンゴの生息には海が穏やかであることが大切です。波が荒いと、卵から孵化したサンゴの幼生が流されやすく、岩などに着床できません。その点、東京湾に面したこの沖ノ島一帯の海は、“鏡ヶ浦”とも呼ばれるほど穏やかなんです。北限域のサンゴはいくつもの好条件に恵まれているわけですが、島を訪れる人に見てほしいのはサンゴだけではありません。
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自然体験ツアーでは、磯の生き物探しや砂浜で漂着物を観察する「ビーチコーミング」が楽しめる。渚を散策しながら海の奥深さに触れるには、沖ノ島はこれ以上ない環境だと竹内さんはいう。
竹内 
海岸を少し歩けば、流木や流れ藻、人工物まで、いろいろなものが流れつきます。なかでもこの島に打ち寄せられる貝殻は非常に多く、地形的に集まりやすい場所なのか、珍しい貝が見つかることも少なくありません。貝殻の量と種類の多さには目を見張るばかりです。岩場では潮が引くと、潮だまりがたくさんできます。石を少し動かすだけで小魚やカニ、ヤドカリと、驚くほど多くの生き物に出会えます。
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水中眼鏡とスノーケルを使って海に入ると、そこは神秘の世界。真っ青なソラスズメダイなどサンゴを隠れ家にする南方系の魚たちの姿も

楽しんでこそ自然は守れる
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竹内さんは15年ほど前、縁もゆかりもない館山へ移住してきた。この海の豊かさに惚れ込んだからである。
竹内 
出身は東京・港区。東京湾のすぐそばで生まれ育ち、父の影響で、小さい頃から海と魚と釣りが大好きでした。都会の生活にはどうもなじめなくて……。社会人になってからも、休日はいつも地方の海で釣り三昧。そうこうするうちに、自然に触れて帰ってくるだけでは、物足りなくなってきたんですね。ちょうどバブルが崩壊して、仕事を含めて自分の生き方を見つめ直したいという思いも重なりました。そこで、移り住むなら、前から気に入っていた館山の海辺しかないだろうと。ある調査で、ここに生息する魚の種類は全国で2番目に多いという結果を出したことがあるそうです。魚好き、釣り好きには館山はもってこいでした。
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潮だまりは自然体験学習の絶好のフィールド。図鑑でしか知らない生きものを見つけるたびに大きな歓声が上がる
「岩場も砂浜も変化に富み、しかも荒々しくなくて穏やか。そんな館山の海辺が大好き」と竹内さんはいう
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まず地元のホテルに転職。そして仕事のかたわら、ホテルに利用客向けの自然紹介コーナーを設けるなど、自分なりに館山の海の魅力を伝えたいと活動を始めた。
竹内 
当時、館山市では地域の自然資源を活かす観光振興に着目し、地元有志と連携してエコツーリズムを推進しようとしていました。私もぜひ手伝いたいと、自然体験のガイドを買って出たのですが、やはり仕事の合間では思うように動けません。そこでガイドとしての経験を積みながら、2004年にNPOを設立して、活動に専念することにしました。もともとこの海が好きで移り住んだわけですが、こちらへ根をおろしてみて初めて知る魅力や発見に感動する毎日でした。沖ノ島のサンゴや漂着物にしても、海を育む山や森の豊かさにしても、地元の人たちにとってはあたりまえかもしれない自然が、実はかけがえのない地域の宝物なのだと実感しました。
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竹内さんは一人でも多くの人に、エコツアーでこの宝探しを楽しんでほしいという。自分で知って楽しむことが自然を守ることへの第一歩になると思うからだ。
竹内 
ここは東京湾の一角。われわれの暮らしにとって身近な海辺なのに、サンゴや色とりどりの魚たちが生息するという希少な場所です。そう考えると、周囲わずか1kmのこの島は本当に宝島なんだということに、あらためて気づくでしょう。
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アオウミウシ(左)とシロウミウシ。殻はないが貝の仲間だ
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サンゴイソギンチャクの触手に包まれて身を守るクマノミ
Profile

たけうち・しょういち 1964年東京都生まれ。2001年に館山市へ移住し、ホテル勤務を経て04年4月NPO法人たてやま・海辺の鑑定団を設立。同市沖ノ島を拠点にスノーケリングやビーチコーミング、無人島探検など、さまざまな海辺の自然体験プログラムを実施している。06年第2回エコツーリズム大賞特別賞受賞。
CONTENTS
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コンテンツ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人  片岡義廣(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望 ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ 松本 令以(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動 坂内 啓二(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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