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「自然」に魅せられて
大自然がくれた至福の味カニ漁師奮戦記
吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
沖縄県宮古島市の離島、伊良部(いらぶ)島で、「マングローブ蟹」と呼ばれるアミメノコギリガザミのカニ漁体験ツアーを実施している漁師さんがいる。環境保全と観光の両立をめざした、島の自然を愛するがゆえの挑戦である。
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ワタリガニとも呼ばれるタイワンガザミ

マングローブ林でカニ漁体験
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マングローブ観光といえば、カヌーなどに乗って水面から岸辺を眺めたり、整備された遊歩道を散策するのが定番だが、吉浜さんが案内するツアーはちょっと趣が違う。自分の足で森の奥深く分け入って、干潟の生き物と直接触れ合うのだ。さながらジャングル探検といってよい。伊良部島の入り江に広がるマングローブ林は細かな水路が入り組んでいて、潮が引くとそこが道になるのである。
吉浜

ここは琉球列島一歩きやすいマングローブ林でしょう。泥の下がサンゴ礁由来の砂地になっていて、足が沈みにくいんです。干潟の表面をよく見ると、ほら、小さな泥ダンゴみたいな砂粒がびっしり落ちているでしょ。シオマネキやミナミコメツキガニなど小さなカニたちの食痕です。泥に含まれる有機物を餌にしているんです。きょうはあいにく気温が低いので巣穴から外へ出てきませんが、ふだんは、そっと見ているとぞろぞろと這い出てきます。

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この仕掛けはエサが獲られ、ハサミでかごが破られていた。かなりの大物が入っていたらしい
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ときおりパチンという音が響く。テッポウエビがハサミを打ち鳴らす音だ。生き物の気配を感じながら、森のさらに奥へと進む。吉浜さんがあちらこちらに仕掛けておいたカニ漁のかごを、一つ一つ引き上げていく。この日は3カ所目に獲物がかかっていた。かごの中をのぞいてみると……。
吉浜
マングローブ蟹の王様と呼ばれるアミメノコギリガザミの子です。1cmほどの稚ガニを飼育すると重さ1kgくらいにまで成長しますが、自然界でこのサイズの個体がそこまで生き延びる確率はかなり低いと思われます。カニの一番の天敵はじつは他のカニで、生存競争がすごく厳しく、ほとんどが脱皮の最中にやられてしまう。この入り江で獲った一番の大物は、かごから甲羅がはみ出るほどの巨大なアミメノコギリガザミでした。ハサミではさむ力はおよそ1tもあるそうです。私も何度かはさまれて大けがをしましたよ。獰猛なうえに動きも速い。ときには大きな魚などもつかまえますからね。でも食べると、これがもう、めちゃくちゃ美味しいんです。
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この日の漁では、他にタイワンガザミやベニツケモドキが獲れた。吉浜さんは、ツアー客に美味しいカニ料理を食べてもらうために、天然の餌を与えてサンゴ礁のきれいな海水で育てたカニを提供している。味はもちろん絶品だ。
吉浜

最近では超高級食材ですが、うちのオジイ、オバアたちの時代は、みんな当たり前のように海で獲って食べていたといいます。カニがいまよりたくさんいましたから。そもそもマングローブの入り江も、その先に広がる真っ白な砂浜も、いまよりずっと広かった。その砂浜からいかだで漕ぎ出したりして遊んだのです。私の子供の頃は豊かな自然がかろうじて残っていました。ところが、いまは大きく環境が変わってしまいました。


加速する入り江の環境悪化
吉浜
開発によって入り江を掘り返し、橋や道路を通すために入り江は狭く深くなりました。その結果、何が起こったか。潮の流れが激しくなり、カニや小魚たちの餌になるプランクトンが砂とともに流されてしまうようになったんです。生態系も変わって、カニを捕食する大きな魚種が外海から入ってくるようになりました。畑や宅地が増えたことで、干潟への赤土の流出もあります。いまも自然は減りつづけています。カニにしてみれば、新手の天敵が増えるだけでなく、家や食べ物が奪われているというのが実態なんです。
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吉浜さんは高校卒業後、県外で働いていたが、20代で故郷に戻り、15年ほど前からカニ漁と養殖を始めた。帰省して久しぶりに食べたガザミの味に衝撃を受けたのがきっかけだったという。
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左=最大で3kg近くに達するアミメノコギリガザミ。「マングローブ蟹」と総称されるノコギリガザミ類の一種で、ハサミや脚に見られる網目模様が特徴
上=ハサミのないタイワンガザミを見つけた。「外敵と戦ってハサミを失ったんです」
吉浜

「伊良部のカニは世界一美味しい!」と。でも、それ以上に驚いたのが、子供の頃に遊び回った入り江や砂浜が、恐ろしい勢いで失われているという現実でした。こんなに美味しいカニが獲れるんだから、カニの存在をもっと広めることで、彼らが生息できる環境を守れないだろうか──そう考えてカニ漁師になり、養殖やマングローブ体験ツアーを始めたのです。島に生まれて生活している人ほど、この奇跡のような自然を当たり前のことと考えるんでしょうか、環境の変化にはあまり危機を感じていないような気がします。当時はよく笑われましたよ。「安定収入を捨てて、なぜ漁師になったんだ。カニでメシが食えるか」と。

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毎日漁に出るかたわら、自宅のベランダにペットボトルの飼育槽を並べ、自己流でマングローブ蟹の生態や育て方の研究を始めた。現在は海のそばに養殖場を構え、20基のタンクでおよそ1000匹のアミメノコギリガザミを飼育している。
吉浜

カニの養殖はむずかしく、あまりおこなわれていません。私は立派な設備も、高度な知識も持ち合わせていないところから始めました。見学に来られた大学の先生から「遺伝子レベルでは……」なんて話をされてもチンプンカンプンです。カニを育てるためには何をすればよいか、大切なことは全部、この入り江から教わりました。入り江に入ると、言葉では言い表せないことをものすごく感じます。「カニは何を求めているのか」と、カニ目線で毎日入り江を歩き回っていると、そういう知恵が自然と浮かんでくるんですよ。


故郷の海をカニ目線で守る
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養殖の研究を通じて、カニが生息する環境とカニの生態を知れば知るほど、「カニをとりまく自然の生態系を守っていかなければという思いが強くなった」と吉浜さんは力を込める。
吉浜
昔の伊良部島について調べると、現在とはくらべものにならないくらい自然が豊かだったことがわかります。開発によって発展することはいいことでもありますが、伊良部の自然が減りつづけることは島の本当の魅力が失われていくことにつながります。島の子供たちが大人になったとき、「昔の伊良部の海はもっときれいだった」なんて言わせたくない。もしそんなことになったら後悔してもしきれません。このすばらしい自然を未来に残すためには、何としてもいま自分たちの世代が行動を起こさないと。私はとことんカニ目線に立って、訪れる人々に、かけがえのないマングローブの入り江の豊かさを伝えていくつもりです。
Profile

よしはま・たかひろ 1977年伊良部島生まれ。高校卒業後、県外で就職するが、帰省の際、特産のカニの美味しさと自然破壊が進む故郷の現実を再認識し、20代でUターンを決意。隣接する下地島の空港職員として働きながら、15年間独自にカニの研究と漁を続ける。現在はカニ養殖や体験ツアーなどを手がける「蟹蔵」を経営。島の魅力を発信し、環境保全に努める。
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「子供の頃、オジイやオバアには『妖怪が出るから一人で来てはいけないよ』といわれていましたが、ほぼ365日この入り江で遊んでいましたよ」と笑う
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入り江の環境に近づけた水槽が並ぶ養殖施設。水質管理や餌の与え方など養殖技術の向上に余念がない
CONTENTS
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コンテンツ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人  片岡義廣(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望 ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ 松本 令以(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動 坂内 啓二(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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