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「自然」に魅せられて
保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田孝義(船士)
京都・保津川の水運は遠く長岡京の時代に端を発し、17世紀初頭の京都の豪商、角倉了以による開削工事を経て花開いた。戦後はもっぱら遊船として親しまれ、年間30万人もの観光客を集めている「川下り」。その伝統を受け継ぐ船頭、森田孝義さんの川に寄せる情熱とは。
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Profile

もりた・たかよし 1997年保津川遊船企業組合の船士一般公募に合格し、3期生として入社。2009年から同組合のエコグリーン委員会委員長に就任。船頭衆の中堅として川下り文化の継承・発展に尽くすかたわら、ライフワークの河川環境保全活動に取り組む。NPO法人プロジェクト保津川の理事としても活躍中。

目と身体で川を覚える
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約16kmの保津川下り。深淵や急流に映える峡谷美は圧巻だが、それ以上に目を奪われるのが、舟を操る船頭衆の技である。川を下るといっても、けっして流されはしない。竿と櫂(かい)で漕ぎ、より速く舟を走らせるのだ。
森田
安全に川を下るには、危険な岩場や浅瀬を避けて、川の中の最適な航路を通らなければいけません。舟に十分な推進力がついていないと、その航路に乗ろうとしても、流れに負けて乗ることができない。だから竿や櫂で漕いで、スピードを出すんです。基本は船首に竿さしが1人、櫂で漕ぐ櫂引きが1人ですが、きょうみたいに水かさが多く、流れが速い日は櫂引きを2人にします。ふだん1時間45分かかるところが、今日なら1時間半でつくでしょう。その15分速い流れに対応するために、舟の推進力を増すわけです。
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上=戦前までさかんに行われていた筏流し。丹波の良質な木材が保津川の水運を発展させた。下=昔は戻り船を人力で運んだ。戦後まもなくトラックでの運搬に変わったが、岸には船頭が綱を曳いて歩いた「綱道」がいまも残る
── 
川の中で舟を正しい航路に導くのは、後方にいる舵取りの役目だ。船頭の仕事は、竿さしが花形のように思われがちだが、そうではないのだという。
森田
よく「巧みな竿さばき」とかいうでしょう? あれは違います。本当は「巧みな舵さばき」が正しい(笑)。竿さしは舟の前に立つので目立ちますが、操船の主役はうしろなんです。舵取りがお客さんの背後から先を見定めて、川の流れを読みながら舟の方向を決めていく。竿と櫂が推進力をつけて、それを補ってやるという関係ですね。
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上=竿さし(画面奥)は川底にさした竿に体重を預けたまま、舳先から、森田さん(手前)の座る櫂場まで走り降りて推進力を生み出す。16kmの行程中、それを延々繰り返すのが新人の修業だ。下=400年の歴史を感じる竿の跡
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川底の凹凸や障害物は舟の上からは見えない。川の流れや水量も刻々と変化する。それなのになぜ航路がわかるのだろう。
森田 
水量が増減すると川の景色も一変しますが、いくつか目印があるんです。この岩のこの辺まで水位が来ていたら、こっちの瀬に仕掛けていこうとか、この水かさやったら、あの岩にギリギリまでつけたほうがいいとか。そういう知恵や技術が、400年間ずっと受け継がれてきているんです。いわば、われわれの伝統文化ですよ。それを守り伝えるのも船頭の腕だと僕は思っています。
── 
川下りの技にマニュアルはない。口伝えや先輩の仕事を見て体得していく。船頭歴18年の森田さんも、そうして修業を積み、腕を磨いた。
森田 
新人はまず櫂引きから。次に竿を任されます。竿をさしながら、川底の状態やどういう流れのときにどの航路を通るかなど、目と身体で川を覚えていくんです。航路上の岩には、長年同じ場所を突いたためにできた「竿つぼ」と呼ばれる凹みや、そこだけコケが生えずに白く光って見えるところがあります。そういうポイントを熟知して、うまくさせるようになるのに、3年はかかるでしょうね。舵を持たせてもらうのは、それからです。規定の水位内で、流れがどんな状態であっても、安全に操船できるようになるには、10年かかるといわれます。
清流魚もはぐくむ「川作」
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それほど川を知り尽している森田さんたちでも、自然の猛威には抗えない。台風が川の様相を根こそぎ変えてしまうことがあるのだ。落石や土砂の流入で航路が塞がり、舟が流せなくなってしまう。そんなとき、保津川では昔もいまも、船頭が自ら川に入り、川の手入れを行う。「川作」と呼ばれる作業である。
森田 
嵐山の渡月橋が水に浸かった昨年の台風11号の際は、なかなか水が減らず、ほんまに大変でした。ほぼ1カ月運休を強いられ、8月の売上げが前年比で1億円以上減ったんですから。「船頭は水商売」とは、よくいったもんですよ(笑)。そのときも、みんなで協力して「川作」をやりました。山あいの保津峡には重機が持ち込めないので、じゃまな岩を退けるには人力に頼るしかありません。若手が潜水してワイヤーを岩にくくりつけ、それを岸から引っ張り、少しずつ動かしていくんです。また夏に渇水が続くと、川底の根石(岩盤)を舟が擦って、船底を傷めかねません。その前に、胴木と呼ばれる丸太を根石の上に沈めて、クッション代わりにする。これも昔から続く川作の技のひとつです。
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保津川といえば、アユが有名。他にも希少なアユモドキなど、生息する魚類は50種を超す。川下りのために、人の手で作られ、守られてきた清流は環境が安定し、生き物の貴重なすみかにもなっている。
森田 
川の中には、角倉了以の開削工事で作られた石組みの水路など、400年前の構造物が至るところに残っています。先人は、それを繰り返し手入れして守ってきました。いつの時代でも、昔ながらの知恵が水の流れを落ち着かせ、舟を安全に導いてくれたからでしょう。だから、われわれも川作の仕事は怠りません。ほんまは、本業の川下りよりずっと疲れるんですけどね。
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川下りの船頭は3人体制が基本。乗客の前で竿指しと櫂引きが漕ぎ、後方の舵取りが全長12mの舟を操る
クリーン作戦、展開中
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保津川下りの船頭衆が所属する「保津川遊船企業組合」では最近、〝新しい川作〟ともいうべき活動を展開している。その牽引役を担っているのが森田さんだ。
森田 
2006年に組合の環境部門として、「エコグリーン委員会」を設立しました。初代委員長が組合の現代表理事で、僕がいま、2代目をやらせてもらっています。目的は、河川環境の保全。保津川流域に漂着するごみの清掃や河川敷の不法投棄ごみの回収といった活動をクリーン作戦と銘打ち、われわれ船頭が行政、学校、各種団体などと協働しながら実施しています。
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上=命綱を頼りに、航路上の岩を動かす「川作」の仕事。下=船頭衆による河川清掃活動。「僕たちがやらないと、このごみが全部嵐山まで行ってしまう」──森田さんらが回収する河川ごみは年間で10tトラック1台分にも達する
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07年には環境教育や啓蒙にも活動範囲を広げるため、NPO法人プロジェクト保津川を立ち上げた。森田さんはその理事も務める。
森田 
僕は小さい頃に京都市内からこちらへ引っ越してきたのですが、船頭になるまではあまり川に関心がありませんでした。舟に乗ってみて初めて気づいたんですよ、保津峡の美しさと、それを台無しにしているごみの多さに。大雨で増水したあとなんてひどいもんです。岸辺の木の枝にはレジ袋がいっぱい、川原にはタイヤや冷蔵庫がゴロゴロ転がっている。そんな川を下っていくのが、自分でもふがいなくて。当時はまだ船頭として一人前じゃなかったので、会社や先輩には言い出せず、1人でごみを拾い始めたんです。最初はバカにされたりしました。でも、続けているうちに、少しずつやけど、応援してくれる人が増えていったんですよ。いまでは組合の正式な活動として、さらには地域ぐるみの活動として評価されるまでになりました。
われわれ船頭が率先してやっているからこそ、共感してもらえるんじゃないでしょうか。船頭にとってこの川は、先人が作り、守り育てた宝物です。汚れたまま、お客様に見ていただくわけにはいきません。生意気なようですが、それが保津川を愛する船頭としての、僕のプライドです。

CONTENTS
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コンテンツ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人  片岡義廣(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望 ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ 松本 令以(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動 坂内 啓二(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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