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「自然」に魅せられて
漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
滋賀県守山市で漁業を営む戸田直弘さんは、漁師の立場から、琵琶湖の生態系の危機を訴える。伝統の食文化ばかりか彼らの日々の生活さえ危うくする外来魚と向き合う日々。それでも「漁師は天職」という熱い思いとは──。
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琵琶湖独特の伝統漁法を受け継ぐ戸田直弘さん。
 

琵琶湖の漁は“待ち”の漁
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琵琶湖の漁の最盛期は春だ。湖の深みでじっと寒い冬をやり過ごした魚たちは、彼岸を過ぎると活発に動き出す。産卵である。戸田さんの狙いは「イオ」。ニゴロブナのことだ。

戸田
そりゃあ気合が入りますよ。卵をもったこの時期のイオのメスが、鮒ずしには最高なんです。価格も跳ね上がりますし。イオは、コイトと呼ばれる刺し網で獲ります。回遊する魚の通り道を横切るように、水中に網を張るんやけど、その通り道を読むのが漁師の腕の見せどころでね。
新米の頃は、ここと決めて網を入れるんですが、さっぱりです。船に乗っていた母親から「こんなところで何つかむねん」とよう言われたものです。当時は女性も漁に出ていて、私よりずっと経験が豊富なんです。最近、そのすごさがようやくわかるようになってきました。
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戸田さんの地元の守山漁港はエリ漁発祥の地といわれる

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早春限定の琵琶湖の味覚「氷魚の釜揚げ」(左)。獲れたてのアユの稚魚を茹で、風にさらして急速に冷やす(右)のが、ツルっとした食感に仕上げるコツだという
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コイト漁の傍ら、戸田さんは琵琶湖名物の定置網漁「エリ」にも精を出す。こちらはアユが目当て。とりわけ、体が透き通っているところから「氷魚(お)」と呼ばれて珍重される稚アユは、三月までが勝負だ。

戸田 
コイトと氷魚のエリが重なる春先は忙しいけど、湖全体がにぎわってくる感じがして、うれしいですね。「琵琶湖がにぎわっている」というと、最近は地元の人も、バス釣りとかジェットスキーとか、レジャー客でにぎわっている様子を思い浮かべますが、私ら漁師からしたら、そうじゃない。ほんまの琵琶湖のにぎわいというのは、湖にあふれる豊かな恵みをみんなで分かち合うことやと思うんです。琵琶湖の魚と人とのつながりは数千年以上続いているんですから。私らが親や先輩に仕込まれた漁法も、漁具の材質が多少変わったくらいで、大昔からほとんど変わっていません。原始的といえば原始的やけど、先人の知恵がつまっているんです。

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「琵琶湖の漁は“待ち”の漁」だと戸田さんはいう。琵琶湖では魚群探知機や集魚灯も禁止されていて、人が魚を追い回す、動きのある漁法ではない。エリもコイトも、網を仕掛けておいて魚がかかるのを待つ漁だ。

戸田 
琵琶湖は日本最大の湖というからには広いように思いますが、海に比べればはるかに狭い。フナもアユもモロコも、その狭い中で産まれ、子を残して死んでいくんです。その限られた場所で、たとえば底引網みたいな漁で、みんなが根こそぎ獲ったらどうなるか。
以前、琵琶湖の水流と魚の動きの関係を研究されている学者の方に、「研究すれば、この時期に、この場所で、網をこう仕掛けたら誰でも絶対に獲れるという解答が見つかりますよ」と言われたことがあります。私は生意気にも、「申し訳ないけれど、もしそれがわかっても私は聞きたくないし、他の琵琶湖の漁師にも教えないでください」と答えたんです。先生、困っておられましたけどね(笑)。
“広くて狭い”琵琶湖で、魚と漁師が一緒に生き残っていくには、わからんことはわからんままにしておくくらいでちょうどいいと思うんです。漁師も失敗を繰り返さんと腕が上がらんし、だいたい最初から答えがわかりきっている漁なんて、面白くも何ともないでしょう。
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ホンモロコの煮つけ。骨まで軟らかいから子供でも丸ごと美味しく食べられる。ホンモロコは近年、漁獲量が減って値段が上がり、地元の家庭の食卓にも届きにくくなった
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作り方は、①鍋にしょうゆ・砂糖・酒を入れて煮立てる。水はいっさい使わない(左上)。

②煮立ったところにホンモロコを入れて強火で炊く(右上)。

③煮汁がねっとりと煮詰まってきたら出来上がり(左)

在来魚の減少傾向は底を打ったか
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戸田さんは漁師の三代目。若い頃は青春ドラマに憧れて教師の道を志した。しかし、「勉強は嫌いやったから、魚を追いかけているうち、いつのまにか漁師になっていた」と笑う。それから30年。いまでは県内の若手漁師のリーダーとして、琵琶湖の環境問題にも積極的に取り組んでいる。戸田さんの眼に、いまの琵琶湖はどう映っているのか。

戸田 
在来の魚はずっと減り続けていましたが、じつは最近下げ止まりというか、底が見えた感じがします。フナもホンモロコも、少しずつやけど回復の兆しがあるなと実感しています。私ら漁師も自主的に漁獲制限をしてきましたし、行政や研究者の方々も動いてくれています。在来魚を食い荒らす外来魚のキャッチ&リリースを禁止する条例もできました。でも何より大きいのは、魚や漁業に直接関係のない人でも琵琶湖に目をかけ、気をかけてくれるようになったこと。これはほんまにありがたい!
先日も農家の友人が嬉しいことを言ってくれました。「うちの親父が畑に化学肥料を撒こうとするから、俺、怒ったんや。そんなことしたら琵琶湖にあかんぞって」。みんながこんなに優しく接してくれるようになった琵琶湖が、これ以上悪くなるはずがない。魚もきっと戻ってくると思えるようになりました。
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戸田さんは、10年前に上梓した著書『わたし琵琶湖の漁師です』(光文社)に、「南湖(琵琶湖大橋より南をこう呼ぶ)の90%はバスとブルーギルに占領された」と記している。その割合はまだ大きく変わらないが、「外来魚の絶対数は確実に減りつつある」と手応えを感じている。従来、琵琶湖の外来魚駆除はコイトやエリでおこなわれていたが、昨年から在来魚の漁としては禁じ手の電気ショックが特別に認められるようになった。一定の水域に電流を流し、魚を気絶させて外来魚を駆除するためだ。

戸田 
たしかに効果は大きいですよ。でも在来生物に影響があってはいけないから、時期と場所を選んで、外来魚だけをピンポイントで獲るようにしています。チャンスはイオが産卵を終えて沖へ帰っていく頃。バスやブルーギルがちょうど入れ替わりに、湖岸の砂礫地へ産卵に集まってくる。そこを狙うんです。まあ、そういう漁に漁師の知恵を活かすのは、切ないものがありますけど。
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港内の処理場で外来魚の魚粉をふるいにかける戸田さん。駆除した外来魚は機械で高温処理され、畑の肥料や養鶏の飼料などに再利用される

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「雪を戴いた山からこの湖まで全部つながっているんです」──戸田さんは6年前から漁師仲間を集めて、琵琶湖に注ぐ河川上流の森の整備にも取り組んでいる
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それでも「琵琶湖の漁師でよかった」と思わない日は一日もないと言い切る戸田さん。魚を自ら手際よく煮炊きするその姿に、「湖(うみ)の子」として生きる歓びがあふれて見える。

戸田 
漁師って結局、人と琵琶湖をつなぐパイプ役に過ぎません。だから、そのつながりを保つために、昔ながらの食文化を支える在来魚を守り、邪魔をする外来魚を取り除く。でも、それだけではあかんのです。琵琶湖を気にかけてくれるようになった人々の気持ちをつなぎとめるには、私らがもっと前へ出て、漁師の考えを発信していかないと。琵琶湖や魚が目をかけてもらえなくなったら、パイプに過ぎない私ら漁師の存在なんて誰が気にしてくれるでしょう。イオやモロコが増えたとしても、それを獲る琵琶湖漁師という職種が絶滅危惧種になってしまったら、シャレになりません(笑)。

Profile

とだ・なおひろ 1961年滋賀県守山市生まれ。20歳で琵琶湖漁師に。滋賀県漁業協同組合連合会青年会監事。生業のかたわら外来魚駆除や環境教育に取り組み、学術会議やマスコミで積極的に発言している。著書に『わたし琵琶湖の漁師です』がある。
CONTENTS
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コンテンツ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人  片岡義廣(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望 ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ 松本 令以(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動 坂内 啓二(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
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・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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