bar
文字サイズ
「自然」に魅せられて
米カリフォルニア州にてジャイアントセコイアの樹冠調査をするギャスライトさん
葦船を編めば世界も渡れる
ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)

木登りを通して自然との一体感を味わうツリークライミング。
「樹の上」といういつもと違う場所では、自然や物事は一体どんなふうに形を変えるのだろうか。
日本にこの活動を広めた第一人者の思いを聞いた。

Profile

ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)アメリカ生まれのカナダ人。1985年、23歳で来日。97年、日本で初めてツリークライミングを紹介し、2000年ツリークライミングジャパンを設立。07年にはツリークライミングを利用したセラピーの研究で名古屋大学大学院生命農学研究科博士課程修了。現在はISA認定アーボリストや中部大学教授等も務める。

普段とは違う景色
── 
ギャスライトさんの木登りの原体験は8歳のころ。祖父からのアドバイスがきっかけだったという。
ギャスライト

当時は僕の両親が離婚し、カナダに引っ越してきたころでした。ただでさえ複雑な感情を抱えていたところに学校でもいじめにあい、大泣きをしていると、祖父が「とにかく樹に登ってみろ」と言うんです。何を言っているのかと思いましたが、その言葉に従って丘の上の樹に登ったら、高いところからちっぽけな学校が見えた。キラキラ光る海も視界に入ってきて、海や空が笑っているようでした。このとき、普段見えている景色だけが人生ではない、視点を変えれば別の世界があるんだと知りました。

障がいを抱えながらも前向きに生きるフィジカルチャレンジャーの子供たちに向けたツリークライミング体験会も実施
── 
その体験を強烈な印象として抱えたまま、23歳で来日したギャスライトさんに、ある日転機が訪れた。
ギャスライト

日本に住むことは子供のころからの夢でした。私が住んでいたカナダのバンクーバー島には、日本から様々な漂着物が流れ着きます。その一つに下駄がありました。「ブックスタンドか何かだろう」と思い、持ち帰って大切にしていたら、後日テレビで履きものだと判明。日本はなんて面白いところなのだと、憧れを募らせていきました。

大人になり住む場所を選べるようになると、迷わず三英傑の出身地である尾張国(おわりのくに)へ。南山大学で学びながら、映画の翻訳やコラムの執筆などで生計を立てていました。コラムでは日本語と英語の文化の違いなどを取り上げ、地元の新聞に寄稿していたのですが、それがやがて『ジョンさんのナゴヤ日記』として出版されることに。このサイン会で運命の出会いがあったのです。来訪者に重度の身体障がいをもつチャレンジャーの女性がいて、「世界一大きな樹に登りたい」という夢を語ってくれた。僕は子供のころの素晴らしい経験を思い出し、一も二もなく“Yes, I can help you”と言ってしまいました。

── 
どこかに木登りを補助してくれる団体があるだろうと考え、勢いでサポートを買って出たギャスライトさんだったが、当時そんな団体はどこにもなく、途方に暮れてしまう。
ギャスライト

でもここで諦めたら、僕はドリームブレイカーになってしまう。日頃から「夢は大切だ」と言っていた僕が、他人の夢を壊すわけにはいきませんでした。それでさらに調べると、アメリカのアトランタに安全に巨木に登るためのプログラムがあった。問い合わせると「重度のチャレンジャーには教えたことがない」と言いつつも、「基本は同じだから、まずは君が登り方を身につけて教えてあげるといい」と、技術を伝授してくれました。

尊敬していた祖父は「自分に夢がないのなら、他人の夢を応援しなさい。それが自分の夢になるから」と言っていました。このとき頑張れたのはその言葉を実践するためですね。チャレンジャーの女性は見事ジャイアントセコイアの樹を78 mも登ることができました。登り終わった後の彼女の「私はチャレンジャーだ!」という叫びは忘れられません。


ドリームメーカーでいたい
── 

このときの様子はドキュメンタリー番組にもなり、他のチャレンジャーたちからもツリークライミングの相談が舞い込むようになった。

ギャスライト

一度は執筆活動中心の日々に戻ろうと思っていたので迷いましたが、僕はやっぱりドリームメーカーでいたい。そこでツリークライミングジャパンという組織を立ち上げ、レクリエーションを提供するだけでなく、アーボリスト(樹護士)や森林保全活動にもつなげていくことにしたんです。

ロープや専用の器具を使って安全に昇り降りできるのがツリークライミングの特徴。こんなふうにみんなで一斉に登ることも
プログラムの前後では樹に感謝の気持ちを伝える
── 
アーボリストとは、ツリークライミングの技術を用いて高木に登り、要らない枝を剪定するなど、樹々の健康を管理する資格を持った人のことだ。
ギャスライト

私たちの団体はカリフォルニアの森を購入して環境整備に励んでいたのですが、驚くことに2019年の山火事でも、その部分は焼けなかったのです。アーボリストの活動によって樹と樹の間隔が適切に保たれていたのと、日本の段々畑のような形状で植わっており地面に水が保たれていたことで、火の手が広がりにくかったと考えられます。翌年の火事では世界の約15%のジャイアントセコイアの森が消失したといわれますから、森を整えることの重要性を改めて実感しました。

── 
こうしてツリークライミングの活動規模は着実に大きくなっていき、それと同時に、チャレンジャーに刺激された子供たちをはじめ体験志望者も続々と増えていった。
ギャスライト

そんな子供たちのためにスタートしたのが、普通の公園の樹に登る、よりレクリエーション性の高いプログラムです。日本の公園は基本的に木登り禁止。でも、ツリークライミングを商標登録して安全なシステムがあることを示したり、海外のアーボリストを招き、登っても安全な樹を見分ける技術を知ってもらったりと、少しずつ応援してくれる人を増やしていきました。

── 
ギャスライトさんのツリークライミングは05年の愛知万博でも披露され、その安全性が示されている。

樹のもたらす効果
── 
ギャスライトさんは、ツリークライミングが人に及ぼす影響についても研究をおこない、農学博士号を授与されている。
ギャスライト

当初はツリークライミングにセラピー効果があることを示そうとしたのですが、森林セラピーとの差を見つけられずリジェクト(却下)されました。そこで同じ条件で樹とコンクリートに登ったときのコルチゾール値を比較したんです。コルチゾールとはストレスを感じたときに分泌されるホルモン。同じ高さであっても、樹に登ったときとコンクリートに登ったときとでは数値に差が現れました。コンクリートでは恐怖を感じる高さでも、樹の上で心が穏やかなのです。ツリークライミングには何かしら心地よさをもたらす効果があるとわかりました。

四角い部屋から出て樹に登れば、今まで感じたことのない大空と自然を体感できます。樹は一本一本形が違いますから、樹上での姿勢もそのときどきで変わり、受ける印象にも違いが生まれます。そんな空間がいかに素晴らしいかは、皆さんの想像にも難くないでしょう。

── 
ギャスライトさんは日本で培ったツリークライミングの技術をハワイでも広めようと、07年から活動を展開している。
ギャスライト

日本の人たちが自然に対して持つ感謝や畏敬(いけい)の念は、素晴らしいものだと思います。樹に挨拶や感謝をするということがごく自然にできる。実はハワイにも、もともと樹への信仰があったんです。しかし近年はそれが薄れつつある。私たちは樹を大切にしながらクライミングを楽しむために、プログラムの前後に森に「おじゃまします」と挨拶し、「友人と接するように樹と遊ぼう」と伝えているのですが、こうした日本のプログラムを取り入れることで、ハワイの人々がもともと持っていた自然への思いを再び呼び起こせないかと探っているんです。

── 
ギャスライトさんの取り組みで始まったツリークライミングの技術は、今は日本中の複数の団体に受け継がれ、たくさんの子供たちの木登りのきっかけとなっている。
ギャスライト

街の子供が森に行くとなるとハードルが高いですが、公園には簡単に行けます。公園に生えている樹に登れば、身近な緑を肌で感じられ、それを大切にしようと思うでしょう。「地球の緑を守ろう」なんて大きな目標はなかなか持てませんが、目の前の樹々を大切にしようという気持ちなら簡単に育(はぐく)めます。そういう気持ちが集まれば、やがて森林保護や海洋保全へとつながっていく。ツリークライミングはそんな可能性を持った最高のレクリエーションだと思います。

[photo]
100mを超える米カリフォルニア西海岸のセコイアに登るギャスライトさん。樹の大きさに比べて人の姿がまるで豆粒のようだ

■ツリークライミング® ジャパン https://treeclimbingjapan.org

■アーボリスト® トレーニンング研究所 https://japan-ati.com

CONTENTS
------------------------------
コンテンツ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人  片岡義廣(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望 ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ 松本 令以(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動 坂内 啓二(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

ご利用にあたってプライバシーポリシー
Copyright(C) 2000-2019 Seven-Eleven Foundation All Rights Reserved.