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「自然」に魅せられて

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Profile

ふじわら・せいた
1957年岩手県生まれ。東京農業大学卒。藤原養蜂場場長として養蜂の指揮をとるかたわら、母校の客員教授も務める。89年「日本在来種みつばちの会」を発足。独学で日本ミツバチの飼育法を確立し、注目される。人工巣をはじめ、養蜂関係の特許も多数保有。
日本ミツバチに学んだこと
藤原誠太(養蜂家)


[photo]日本近代養蜂のパイオニアとして名高い、岩手県盛岡市の藤原養蜂場。
その歴史とノウハウを受け継ぐ三代目藤原誠太さんはいま、古くて新しい養蜂に心血を注いでいる。
日本ミツバチの復活 ── 一度は失われた、在来種と日本人との豊かなきずなを取り戻すために。

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「甘い」という言葉ではとても足りない。藤原さんにすすめられて初めて口にした日本ミツバチの蜜の味は、驚くほど濃く、深く、そして優しかった。この味わいを、私たちはいつから忘れてしまったのか。

藤原 
「明治初期までは、日本で蜂蜜といえばこれだったんですよ。ところが近代養蜂の技術とともに、欧米から西洋ミツバチが入ってくると、伝統的な養蜂は急速に廃れていきました。在来種より飼いやすく、蜜の生産量が多いという理由で、各地の養蜂家はこぞって西洋種を導入したのです。日本ミツバチは、野山の片隅に追いやられてしまいました。『蜜を集めない』とか『神経質ですぐ逃げる』とか言われてね。私も以前はそう思っていましたが、本格的に飼育してみて、それがとんでもない誤解だとわかったんです」

── 
いまでこそ「在来種による日本ならではの養蜂」を追求する藤原さんだが、養蜂家を志した頃は、むしろ海外に目を向けていたという。大学時代には、1年間かけてブラジルなどを遊学し、現地の広大な自然のなかで、大規模養蜂を営む夢を膨らませた。

藤原 
「そうすれば、尊敬する祖父を超えられると思っていたんです。ところが私はもともと、1匹のミツバチに刺されただけで生命の危険に陥るほどの、ひどいハチアレルギーでした。幸いにも南米に渡る直前、わざとミツバチに何度も刺されるという荒療治で克服できたのですが、そんな危険を冒してでも、向こうで大規模養蜂をやってみたかった。でも結局、移住は思いとどまりました。理由ですか? いろいろありますが、一番はやはり日本ミツバチに出会ったことに尽きますね」

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北上山麓の早池峰(はやちね)山にある養蜂場。極上の蜂蜜をねらって、ときどきクマも現れる
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転機は19年前の夏に訪れた。帰国後、家業を手伝っていた藤原さんのもとへ、日本ミツバチを飼いたいという人が現れたのだ。

藤原 
「もちろん止めました。祖父たちの受け売りで『無理です、すぐ逃げますよ』って。でもどうしても飼いたいというので道具を渡し、飼い方を教えたところ、ひと月ぐらいして、その人がまた道具を買い足しに来たんです。聞けば、順調に巣作りが進んでいるという。私は驚いて、すぐ見に行きました。巣箱を開けると、私の教えた方法が無視されていて、巣枠が、西洋種なら絶対に失敗するような形で入れてあったのです。それでもちゃんと巣を作り、蜂蜜も蓄えている。目から鱗が落ちました。日本ミツバチが養蜂に向かないといわれ、見捨てられたのは、まだ西洋種の種蜂が高価だった頃、ただで手に入る野生の在来種を、西洋種の飼育方法で飼おうとしたからではないか。そう確信したのです」

── 
その日から藤原さんは、日本ミツバチに熱中した。1989年には「日本在来種みつばちの会」を結成。見過ごされていた日本ミツバチの性質や能力に注目し、在来種に合った養蜂技術の確立に力を尽くしている。

藤原 
「日本ミツバチの最大の長所は、病気に強いことです。西洋ミツバチに深刻な被害をもたらすふそ病や、チョーク病といった恐ろしい病気にかかりません。また西洋ミツバチにはダニがつきやすいのですが、日本ミツバチはそれをお互いにとりあう習性を持っている。西洋ミツバチの天敵であるスズメバチもあっという間に取り囲み、自分たちの体温で蒸し焼きにしてしまいます。寒さにも強く、飼いやすい。日本の風土に適応した在来種だからこそ、人に見捨てられても絶滅せずに、野山で生きのびてこられたのです。病気、天敵、寒さ……蜜を集める道具として人工的に改良された西洋ミツバチにとっては環境が厳しすぎて、もし野山に放たれたら2年以上もたないでしょう。日本ミツバチは、特定の花の蜜を効率的に集める西洋ミツバチとちがい、あらゆる花を巡って花粉を媒介します。日本独特の多様な草花や木々の実りも、日本ミツバチの働きがあればこそ。小さな身体で、地域の生態系を黙々と支えているのです。こうした在来種の魅力や価値を知るうちに、心の奥でくすぶっていた南米移住への未練もいつしか消えていきました」

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巣箱は優しく扱うのが基本。ストレスを与えると、蜂が蜜を消費してしまう

研究者としても有名な藤原さん。世界で初めて日本ミツバチの空中交尾場所を発見した
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採れたての蜂蜜。同じ花の蜜でも年によって味や香りが微妙に違う

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6年前から藤原さんは、東京・永田町のビルの屋上で養蜂を行っている。4.5月の2カ月だけで、皇居周辺の花々から約1トンもの蜂蜜が採れるという。しかしなぜ、わざわざ街なかでミツバチを飼うのか。

藤原 
「早い話が、養蜂やミツバチのことをもっと知ってもらうための『宣伝』です。日本では『蜂は怖い』というイメージが先行しているでしょう。養蜂が、花の受粉などを通して、農業や自然保護に貢献していることも、案外知られていませんからね。養蜂業が廃れるということは、生態系の環が途切れて、自然が廃れるということにほかなりません。養蜂家の仕事はミツバチが蜜集めに専念できるよう周囲の環境を整えてあげることですが、自然環境だけでなく、社会的な環境も整えていかなければ、これからの養蜂はたちゆかない。そんな思いを乗せて、この春も、都心の空にミツバチを放すつもりです」

巣箱から蜜の溜まった巣板を取り出し、遠心離機にかけて蜜を搾る。1匹のミツバチが一生に作る蜜の量は茶さじ半分程度。その恵みを余さず、ていねいに受け取る

CONTENTS
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コンテンツ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人  片岡義廣(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望 ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ 松本 令以(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動 坂内 啓二(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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