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「自然」に魅せられて
福岡のランドマーク「アクロス福岡」と、その屋上緑化を手がけた田瀬理夫さん
都会の真ん中に“山”をつくる
田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
生物多様性に配慮した都市緑化の動きが起きている。その牽引役の一人が、造園家でランドスケープ・デザイナーの田瀬理夫さんだ。「アクロス福岡」に代表される作品の数々には、地域の自然がそのまま凝縮されている。

在来種を選ぶ、緑をつなぐ
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九州随一の繁華街、福岡市天神に、緑におおわれた山がそびえる。階段状の空中庭園が美しい複合施設「アクロス福岡」だ。その大規模な植栽はほとんど、地元・福岡の山々に自生する草木で構成されている。環境の再生と生物多様性の回復を目指す都市緑化の第一人者、田瀬理夫さんの真骨頂である。
田瀬
私は計画のときから、このアクロス福岡を“天神岳”と呼びました。設計のイメージを、クライアントや、施工や管理にかかわる現場の人たちにわかりやすく伝えるためです。「都市に山をつくる」という初めての試みでしたから。最初の数年は、植えた苗木がまだ小さく、遠目にも緑が薄いので「コンクリートのピラミッド」などと批判されましたけど、21年を経てだいぶ山らしくなってきました。日本の山はもともと、人が歳月をかけて育てたもの。“天神岳”も造りっ放しではなく、「60年かけて育てる」のが、管理会社を含めて私たちの使命です。
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緑をただ美しく配置するのではなく、在来種を選び育てることで、かつてそこにあったであろう環境に近づける。その仕事の原点は、失われた故郷の風景にあった。
田瀬 
私が生まれたのは東京の市ヶ谷。外堀のすぐそばです。信じられないかもしれませんが、私が子供の頃のお堀は水が澄んでいて、水草も繁茂していた。魚が泳ぐのがよく見えたものです。近所にはお屋敷もあり、緑もあった。小学校の途中で移り住んだ練馬にも、典型的な武蔵野の屋敷林に囲まれた田園風景がありました。ところが、1964年の東京五輪を境に開発が加速し、ビルが建ち道路が整備されるのに反比例して、周囲から緑がどんどん消えていきました。身近な美しい風景が壊され、東京がきたなくなっていくのを、ずっと目の当たりにしてきたわけで、その記憶が、環境を再生させなければ、という強い想いにつながっているのだと思います。
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田瀬さんが造園家としてその想いを形にしたのは、70年代の後半からだ。当時潮流となった集合住宅の計画に参加、緑あふれる独創的な住環境を次々と創り出していった。
田瀬 
80年に始まった「ゆりが丘ヴィレッジ」(川崎市)の仕事では、各戸のバルコニーや共有スペースに、計画地一帯の雑木林に自生しているコナラやクヌギ、ヤマザクラなどの樹種を植えて、周囲に残る緑とつながっていくように設(しつら)えました。植生がつながれば、虫や鳥たちも自然に行き交うことができる。在来種を植えるのはそうした狙いからです。帰化植物の庭には、昔から地域に棲む生物はやってきません。「ゆりが丘ヴィレッジ」は築30年経っても、価値が下がっていないようですが、それは緑の成長とともに環境がよくなっているからでしょう。
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東京・赤坂に建つ赤坂ガーデンシティの庭も田瀬さんの仕事。「御所の緑をお裾分け」のコンセプトどおり、隣接する赤坂御用地の森と同じ樹種を使っている

史上最悪の渇水に耐えた庭
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いま、アクロス福岡の植物の種類は、竣工時の75種から3倍以上に増えている。計画的に補植をくり返し、野鳥が運んできた実生もそのままにしているからだ。
田瀬 
最初に植えたのはシイなど6割は常緑樹。それだと緑が単調になったり、成長しすぎて林床が暗くなったりするので、5年経った頃から間引きをして、そこに在来の落葉樹を徐々に足しています。自然の山に近い、四季折々の景観を表現するためです。たとえば秋なら“錦織り成す林”。赤や黄や橙色に色づく葉が混然一体となるように、多様な樹種で構成しています。新しい種類が加わるたびに、“山”の表情はどんどん変わっていくんですよ。
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公園の緑と一体化したアクロス福岡の景観。緑化面積は5400平方メートルと国内の屋上緑化施設の中でも最大規模
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屋上緑化には維持管理の負担がともなうが、アクロス福岡の場合、これほど大規模な植栽でありながら、驚くことに灌水も施肥も要らないという。
田瀬 
福岡は、毎年夏になると給水制限がかかるほど、水不足が心配な都市ですから、そのど真ん中で屋上緑化をやるなんてとんでもない、水やりはどうするんだという声も、当然ありました。しかし私は、雨水だけで十分育てられると考えていました。年間の降水量でみれば、東京とそう変わらないし、植栽基盤に用いる人工土壌の保水力にも手応えがありましたから。そこで、施工前に実証実験をしました。現場近くに、面積が100分の1、原寸植栽の部分模型を作り、灌水なしで2年余り放置したところ、それでも植物は枯れなかったのです。しかも1年目の夏はなんと、地元気象台始まって以来の大渇水。たしか、40日間で4ミリの雨が一度降っただけという極限下の実験となりました。でもその結果、灌水なしで維持できることがより明確に証明されたわけです。非常用に、雨水を貯めて水を撒く装置も付けていますが、まだ一度も動かしたことはありません。

手間と時間をかける楽しみ
田瀬 
落ち葉はそのまま残し、剪定した木々の枝も細かく刻んで林床に敷き詰めています。ミミズなど土壌生物が増えて、腐葉土の層が自然に形成されていくからです。保水力がさらに高まり、肥料も要りません。カブトムシなんかも、そのうち自然発生するでしょう。2000年には初めて、建物の地上部分で下降気流が観測されました。これは夏の夜に、山の斜面を冷たい空気が下りてくる、山風と呼ばれる自然現象と同じです。ヒートアイランドの緩和にも効果が期待されます。
── 
田瀬さんはいまも、年間管理の監修という立場でアクロス福岡に関わり、年1、2回は現地へ赴く。
田瀬 
地上から最上階まですべての植栽を見て回り、遠目からも〝山〟の全容を確認して年間の管理計画を作成します。ゆくゆくはこんなイメージにしたいから、この木は払って、そこに苗木をこういうふうに植えようとか——でも、それを設計段階から、図面で事細かく指示することはできません。緑は毎年どんどん変わっていきますからね。実際に現場で見て決めないと、自然な感じにならないんです。剪定だって、いかにも散髪したてのような仕事は格好悪いじゃないですか(笑)。私たちがアクロス福岡で目指しているのは、京都・修学院離宮の「大刈込」と呼ばれる多種混植植栽の管理育成です。約400年かけて育てられてきた植栽で、そこには、その時々の職人の技と美意識の粋が結集しています。
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アクロス福岡は、環境や建築関連の賞を数多く受賞した。竣工から21年。日本の都市緑化のシンボルとしての価値は色褪せるどころか、いよいよ輝きを増している。
田瀬 
こうした建築が東京や大阪にもできていたら、日本の都市景観はもっと違うものになっていたはずです。福岡で証明した建築緑化の技術や効果が広く伝わらなかったのは残念でなりません。実際、東京都心に林立する最新のビルはみんな、ハイテクで「メンテナンスフリー」が売り物ですが、私に言わせれば、正反対です。大切なのは、時間と手間を当たり前にかけること。植物だって、景観だって、手をかけるほど愛着が湧き、どんどん魅力的になっていくでしょう。変わっていくこと、育っていくことに、人は楽しみを感じるのですから。
Profile

たせ・みちお 1949年東京都生まれ。千葉大学園芸学部造園学科卒業、造園施工会社勤務を経て、77年ワークショップ・プランタゴ開設。大規模施設の緑化プロジェクトから個人宅の作庭まで数多くの造園設計を手がけ、景観と生活環境の再生に尽くす。2008年より農業生産法人ノース代表を兼務。東京芸術大学非常勤講師。おもな作品にアクロス福岡、地球のたまご、赤坂ガーデンシティ、クイーンズメドウ・カントリーハウスなど。
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仕事場にて。地域の植生に配慮した緑化施設はまだ少ないが、田瀬さんは「若い世代が後に続いてくれるはず」と期待を寄せる
CONTENTS
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コンテンツ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人  片岡義廣(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望 ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ 松本 令以(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動 坂内 啓二(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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