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わが街の環境マイスター 築230年の古民家に生きる
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縁側で豆を選る時松さん夫婦。話が弾んでも手はとまらない

時松和弘さん
大分県九重町 農家民宿「おわて」主人


大分県玖珠(くす)郡九重町では、「トキのすめる里づくり」を目指して、人々の連帯の輪が広がっている。
その旗振り役である時松さんは、昔ながらのくらしにこだわり、身をもって自然との共生を実践している。

食べ物の“物語”を伝えたい

 
いちめん炭色の草原には、終わったばかりの野焼きの香りがほのかに漂っていた。阿蘇くじゅう国立公園の一角を占める標高1000mの飯田高原。その山あいのひなびた集落に、「おわて」の屋号で呼ばれる一軒の古民家がある。おわてとは、集落の上手(うわて)(上のほう)にあるという意味だ。
 建てられたのは安永六年(1777年)。主の時松和弘さんと妻の令子さんは、築200年をゆうに超えるこの先祖伝来の屋敷で農業のかたわら、グリーンツーリズムを受け入れる農家民宿と農家レストランを営んでいる。
「ほんとうは百姓よりも、動物園の飼育係になりたかったな」
 そういって笑う時松さんは、大の生きもの好きで、とりわけ鳥類にくわしい。ニワトリやハトにはじまり、カモ、キジ、クジャク、ダチョウにいたるまで、子どもの頃から様々な鳥を飼ってきた。いまはアイガモをコメ作りに利用している。野生動物にも通じ、「昔はキツネやらタヌキやら野ウサギやら、何でも捕まえては食べちょった」という。柔らかな物腰に似あわず、雄大で野趣あふれる九重の自然の申し子のような人だ。


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時松さんの人柄やくらしぶりに触れて、九重に移り住んだ若者もいる
 
実際「おわて」の空間に身をおくと、生きものの放つ濃厚な気のようなものを感じる。人は様々な動植物のいのちを、食料として、道具類の素材として、あるいは家屋を支える建材として、有り難くいただく──かつて当たり前だった営みがいまも大切に受け継がれているからだろう。そこに暮らす人間を含め、家そのものが一つの生態系をなしているといってもいい。
 そんな時松さんの民宿で振る舞われるのは、地元でも作らなくなった伝統食ばかりだ。さすがに狸汁はもう出ないが、自慢の黒米や赤米をかまどで炊き、採りたての山菜料理や素材から手づくりした豆腐、コンニャクなどととりあわせる。しぼりたてのヤギのミルクも絶品だ。薪の火の温もりとともに守られてきた昔ながらの食の、何と豊かなことか。
「いまの子どもが食べているのは食べ物じゃなくてエサ。あれじゃあ身体は肥えても、心は肥えられんのよ。かけがえのない自然の恵みがどうやって自分のいのちにつながるのか、忘れられようとしている食べ物の“物語”を、せめてうちに来た子どもらにはちゃんと伝えていきたいんです」
 訥々とした時松さんの言葉に、令子さんも大きくうなずいた。
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趣のある「おわて」のたたずまい。柱はヒノキ、梁はマツ、敷居は桜など様々な木が適材適所で用いられている。母屋の脇には広い納屋やヤギ小屋(左上)も。左下は田んぼの雑草や害虫を食べるアイガモ

自然を守ることは人を守ること

 
 もともと生きものが好きだった時松さんの視線は、早くから自然保護に向けられていた。父が会員だった縁で、地元の環境団体「九重の自然を守る会」に若い頃から参加、現在は理事を務めている。高度成長期に観光客が急増したことを受けて発足した同会は、約半世紀にわたって清掃登山や盗掘パトロール、自然観察会などの活動を続け、九重一帯の自然保護に大きな役割を果たしてきた。若き日の時松さんは、同会の活動から多くを学んだ。
 2007年春にセブン‐イレブンみどりの基金が開校した「九重ふるさと自然学校」の理念に共感し、その活動に助力を惜しまないのも、自らの原点である「守る会」の精神を、いまの時代に合う形で広めていきたいと考えるからだ。専門の環境教育を受けている自然学校のスタッフも、時松さんの教えには目からうろこの落ちることばかりだと舌をまく。
「学者じゃないけん、この鳥は何科に属し、仲間が世界に何種類いるとか、そういうことはよう知らんのよ。私が野山を歩いて習ったことは、この鳥はどんなエサが好きでどんなワナを仕掛けたら捕らえやすいとか、この木は薪にするとよく燃えるけどあの木は燃えにくいとか、そういうことばかり。きっと学校では教わらん知識だろうけど、私らの暮らしにはなくてはならない知恵なんです」

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左=名物の合鴨のたたき(中央の皿)をはじめ、フキ・ゼンマイ・ワラビの煮物、自家製コンニャクの刺身など、旬の山の幸が並ぶ宿泊客の夕食。右=宿泊客も豆腐作りに参加



 
 時松さんは、中学生の頃、祖父ほども年の離れた「守る会」のある先輩にいわれた言葉が忘れられないという。その日は恒例の清掃登山。時松さんも大人に混じって山に登り、ごみや空き缶拾いに精を出していた。するとその“おじいさん”から、〈いくら山でごみを拾っても、それで自然を保護した気になっちゃあいかんぞ。ええか、本当に自然を守っとるのは、里でまじめに野良仕事をしとる人たちだからな〉と諭された。里山では本来、自然と人の営みは切り離せない。自然を守ることは結局、人間のくらしぶりを守ることに尽きると時松さんはいう。
「みんながもうちょっとだけ昔の生活に戻れたら、トキも九重に棲んでくれるでしょう」時松さんが口にすると、そんな願いも難しくはない気がするから不思議だ。
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土間の囲炉裏であられを煎る。里芋を練り込んであるのでサクサクした食感だ。



CONTENTS
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コンテンツ
・干潟を拠点に人と自然をつなぐ 立山芳輝さん NPO法人 くすの木自然館理事長
・子どもたちの冒険に寄り添う 佐々木豊志さん NPO法人 くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所理事長
・北海道にシマフクロウを呼び戻す 菅野正巳さん NPO法人シマフクロウ・エイド
・ふるさと新城をもう一度桜の名所に 松井章泰さん 「100万本の桜」プロジェクト発起人
・1960年代の武蔵野の自然を取り戻す 佐藤方博さん NPO法人 生態工房
・緑ふたたび――三宅島に苗木と元気を! 宗村秀夫さん NPO法人 「園芸アグリセンター」理事長
・冬の山中湖を彩るキャンドル 渡辺長敬さん NPO法人 富士山自然学校代表
・年に10万匹のホタルを育てる 坂井弘司さん 旭川市西神楽ホタルの会事務局長
・築230年の古民家に生きる 時松和宏さん 大分県九重町 農家民宿「おわて」主人

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