アリが教えてくれる
「幸せ」の見つけ方

世界に1万種以上いるといわれるアリ。
高度に役割が分化したアリの社会は、
私たちにはおよびもつかない謎の力を秘めていた。
「アリ語」の解読を試みるアリ博士が教えてくれた
その驚くべき社会性。

村上 貴弘さん
(アリ研究者)

ハキリアリの巣を食べる村上さん。中南米ではハキリアリの昆虫食はお祝いの場では欠かせないそう
ハキリアリの巣を食べる村上さん。中南米ではハキリアリの昆虫食はお祝いの場では欠かせないそう
葉っぱを切り取って巣に運ぶハキリアリ
葉っぱを切り取って巣に運ぶハキリアリ
アリ社会すごい!

──日頃は地面からアリの巣穴を掘り出すなどしてアリの生態を明らかにしようとしている村上さん。2022年はアリを携えて宇宙へ飛び出そうとJAXAの研究者募集プログラムに応募した。アリ博士がなぜ宇宙へ行こうと思ったのか。

村上実はクマムシはすでにスペースシャトルで宇宙へ行き、数々の実験によって真空にも放射線にも極度の乾燥にも熱にも寒さにも強いことがわかってきています。アリに関しても新しい発見ができると思い応募しました。あえなく落選してしまいましたが、次回の募集にも挑戦します。というのも、私がメインで研究をしているハキリアリは、音でコミュニケーションを図っているんですよ。ご存じのとおり、音は地面や空気の振動を通して伝わります。それがない宇宙空間で、アリがどのようにコミュニケーションをとるのかを検証してみたいのです。

ハキリアリが住むのは中南米の熱帯雨林
ハキリアリが住むのは中南米の熱帯雨林

──アリはフェロモンを分泌してエサの在り処を伝え合うことが知られており、もっぱら嗅覚によってコミュニケーションをとると考えられてきた。ところが、アリたちは「喋る」こともするのだという。村上さんのこの研究は多くの人を驚かせた。

村上師匠の東正剛教授が「村上! アリの音声録音装置を開発するぞ!」と言うので、音響の専門家に相談しながら、オリジナルの高精度録音装置を苦労して開発しました。初めてパナマでハキリアリの音声を録音したときは、あまりのおしゃべり具合に衝撃を受けました。まるで宇宙人の会話を盗み聞きしているみたいで、忘れられません。これがきっかけで、社会を維持するために「おしゃべり」が関係しているのではないかと考えるようになりました。

──アリは真社会性昆虫と呼ばれ、繁殖を専門に担う個体とその他の労働を専門に担う個体とに高度に役割を分化させている。その司令塔を務めるのは当然、女王アリなのかと思いきや、それも違うらしい。

村上その逆なんです。女王アリは産卵に特化した個体にすぎません。意思決定をしているのは動き回っている働きアリです。彼女らは命令に従って動くわけではなく、それぞれがその場その場で最適な判断を下しているだけ。それなのに、それが一つにまとまって最適な社会を作り上げているのですから大したものです。彼女らは音や匂いで巧みに情報交換をおこない、集合知を構築しているのです。この意思決定方法、意思疎通の力は人間社会にも応用していくことができるでしょう。実際に、アリのコミュニケーション術はACO(アリコロニー最適化)という、トラックが最適な配送をするためのアルゴリズムとして活用されています。

ハキリアリに音を聞かせて行動を変えるプレイバック実験をおこなう村上さん
ハキリアリに音を聞かせて行動を変えるプレイバック実験をおこなう村上さん

──アリの社会がいかに優れているかは、巣を見てもわかるという。

村上地中にあるハキリアリなどの巣を掘ると、たくさんの好蟻性昆虫が見つかります。ゴキブリやコオロギの仲間が多いですが、ヘビの卵を見かけたこともあります。アリの巣のなかは気温や湿度が保たれやすく、また外敵の侵入もないので、快適で安全なんです。危害を加えられるわけではないので、アリは彼らを一切気にしていません。大きな社会には、そこに入り込んでくるよそ者を排除しない余裕があるんです。こんなことからも人間社会は何か学べそうですよね。

葉っぱを担いでジャングルを行進するハキリアリ
ヒアリ駆除最初肝心

──優れた知的資源になりそうなアリだが、同じ場所で共存していくのが困難な種もいる。2017年に初めて日本で上陸が確認されたヒアリだ。村上さんは日本におけるヒアリ対策の第一人者でもある。

村上ヒアリに刺されると30分ほどで膿(う)んできます。痛みはさほどではありませんが、場合によってはアナフィラキシーショックで死に至ることもあります。このように人体への影響も大きいですが、すでにヒアリが広まってしまったアメリカでは土地や生態系に対する被害も甚大です。ヒアリが巣を作ると不動産価値が低下するほどです。希少な動植物の生息地を奪ったり、直接食べてしまうこともある。生態系のバランスが崩れてしまうんです。ヒアリはもともと南米原産で、アメリカでは随分前から広まっており、かつてはDDTによる駆除がなされていました。ところが環境意識の高まりが行き過ぎてDDTが禁止され、駆除が滞ったことで爆発的に増えました。ヒアリが少ないうちに効果的な駆除ができればよかったのですが、間に合わず被害が拡大してしまった。もうアメリカでヒアリを駆除することはほぼ不可能です。

一方で、時折巣が確認されるとはいえ、日本はまだ間に合う状態。今のうちに手を打つべきです。一度環境に入り込んでしまったら、予想もつかない被害が出てしまうかもしれません。とにかくこれ以上ヒアリを侵入させないよう水際対策を万全にし、入ってきてしまったヒアリに対しては薬剤などを用いてきちんと処置することが大切です。

──村上さんはさらにヒアリに対して独自のアプローチも考えている。

村上私のメインの研究であるハキリアリの音声コミュニケーションの成果を活用して、音を使ってヒアリを防除する「ヒアリホイホイ」ができないかを考案中です。アリが喋る習性を利用できれば、環境への負荷なく駆除ができます。

ヒアリの巣にはご用心

こんもりと土が盛り上がったようなヒアリの巣
こんもりと土が盛り上がったようなヒアリの巣
ヒアリ
体色が赤茶色で、背中に2つのコブがあり、集団内で大小様々なサイズが混在する(働きアリは体長2.5~6mm、女王アリは体長7~8mm 程度)
ため働くのか

──ハキリアリは「農業をするアリ」としても知られている。その名のとおり葉を切り取って巣に運び、持ち帰った葉に菌を植え付けてキノコを育て、それを収穫して食べる。

村上研究を始めた当初は、なぜハキリアリがこのキノコの栽培を選んだのかと頭を捻(ひね)りましたが、共同研究者からの指摘で、アリがキノコを選んだのではなく、キノコがアリを選んだのではないかということに気が付きました。世界的ベストセラーになった『サピエンス全史』でも述べられていますが、人類の場合も小麦を選んだのではなく、小麦に選ばれ働かされているとも考えられます。移動距離の短い植物や菌類は、あちこち動き回る動物を利用することで、自分の遺伝子を遠くまで広げられます。そう捉えれば、人とアリの立場は同じ。自分たちのために一生懸命働いているつもりでも、実は他の生物に働かされているのかもしれない。アリや人がせっせと働くのは、自らの幸福のためではないのかも。となれば、人が抱く「もっともっと」という欲望は、他の生物にうまく利用されているだけとも言えます。ほどよく頑張る――実はこれが、私たちが幸せに生きる一番の近道なのかもしれませんね。

ときに直径10m以上、深さ5m以上もの巣をつくるハキリアリ。巣を掘り出すのも大がかりだ
ときに直径10m以上、深さ5m以上もの巣をつくるハキリアリ。巣を掘り出すのも大がかりだ

Profileむらかみ・たかひろ 1971年神奈川県生まれ。九州大学持続可能な社会のための決断科学センター准教授。茨城大学理学部卒、北海道大学大学院地球環境科学研究科博士課程修了。博士(地球環境科学)。研究テーマは菌食アリの行動生態、社会性生物の社会進化など。著書に『アリ語で寝言を言いました』がある。

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