
きれいなだけではない、豊かな海に
志田 崇さん
(NPO法人 あおもりみなとクラブ 理事)
今はほとんどホタテの養殖でしか知られない陸奥湾には、かつて日本一のアマモ場が存在した。その再生にかける男の奮闘が生み出した思わぬ副産物とは──?

「とにかく海が好きなんです。潜っているときのポコポコという自分の呼気音だけを聞きながら潮に揺られていると、とてもリフレッシュできます。あっ、風も好きです。僕は流体が好きなのかもしれない。行く先を気にせずに流れていくものに親近感を覚えるようです」
青森駅のすぐ脇にある「あおもり駅前ビーチ」を眺めながら、志田さんは楽しげに語る。学生時代から続く趣味としてサーフィンやダイビングに親しみ、今は潜水士として海に潜ってアマモの移植や海洋調査もおこなう志田さんは、日焼けした肌に髭(ひげ)をたくわえ、実に海が似合う。
生まれは地元・青森市。中学3年生のときに埼玉県にある全寮生の学校へ移り、しばらくは関東で暮らした。実家が総合建設業を営んでいたため大学では土木を学び、卒業後は仙台の建設会社に就職。転機が訪れたのは26歳のときだ。父親が体調を崩し、志田さんは青森へ戻って家業を継ぐことになった。
地元へ戻ってすぐ、NPO法人「あおもりみなとクラブ」の活動を知った。現在はミュージアムとして活用されている津軽海峡最後の連絡船「八甲田丸」の管理をする団体で、港の活性化と海域環境保全、および⼦供たちへの海洋教育をおこなっていた。
海に携われることに興味を覚えた志田さんはすぐに団体に加入。企画や運営を任されていく。


「本州の北の玄関口である青森では、青函トンネル開通以降、輸送のための港の需要はなくなり、ごみの溜まりやすい環境だけが残されました。港は『親水公園』として市民に開放されましたが、水に親しめるような場所ではありませんでした」
そこで青森県は、官民一体となって沿岸部を開発していく。2010年には新青森駅の開通や物産館Aファクトリーなどの開業があり、地元の盛り上がりが見込まれた。しかし、「これから」というときに東日本大震災が起こる。青森市内の被害は少なかったものの、新幹線は不通となり、観光への気運も失われた。なにより海に対するイメージが変わってしまった。
しかし、そうなればますます地元を元気にしていかなければならない。海を起点に青森を盛り上げようと、再び官民が一体となった。そのなかで進められたのがかつての港をビーチにする計画である。
「古い資料を見ると、青森港はかつて砂浜で、人々はそこでちょっとした魚介類を獲っていたようです。一昔前の姿に戻すということですね」
目標は、誰もがふらりと遊びに来られる憩いの場にすること。計画のなかで、志田さんはいかにオープンな場にしていくかを考えていった。
ごみを取り除き、砂を入れたことできれいなビーチはできあがった。しかし活動のなかで、志田さんはただ汚れの見えないきれいな海だけが重要ではないことに気づく。
「海と生きる漁師たちが笑顔になれる豊かな海をつくっていきたいと思いました」
ビーチの先にある陸奥湾を調査するうちに、陸奥湾がかつて日本一のアマモ場であったことを知った。78年の調査以降アマモは減少しており、90年から2010年にかけては3分の1が消滅していた。
「どうやらナマコを獲るために使う桁曳き(底曳網)がアマモを刈り取ってしまっていたようです。そこでアマモを保護する人工構造物を開発し、海底に設置することにしました」
志田さんは「竜(りゅう)宮(ぐう)礁(しょう)」という直径1.5mほどの穴の空いたドーム状の構造物を開発。ドームの外側にいるナマコは網で採捕できるが、アマモの根まで刈り取ることがないので再生される。
「得体の知れない構造物を設置することに反対する声もありましたが、漁協の組合長さんが説得してくれて実行することができました」
構造物の設置は思わぬ効果も生んだ。海底に隠れ場所が増えたことで、それまで観測できなかった生き物が集まってくるようになったのだ。
「陸奥湾には多種のカレイ類が棲息していますが、漁師はだいたいホタテの養殖で生計を立てていたんです。その後ろ支えとしてナマコ漁があった。けれど構造物を設置して以降、マコンブやホンダワラ類の付着やメバル類、ハギ類が蝟(い)集(しゅう)するようになり、イカも産卵に来るようになりました」


陸奥湾は思った以上に多様な生物が棲む豊かな海になる可能性を秘めているようだ。今年4月にはアマモの種苗生産に風力エネルギーを利用する研究で工学博士号を取得し、海への働きかけもさらに深まった。
「構造物を設置するときに協力してくれた組合長の笑顔が忘れられないんですよ。『資源が増えてきているんだ』と喜んでいたときの顔が。今、僕はもう一度漁師さんたちのあんな笑顔が見たくて活動をしています。地元の人たちが海に関心を持って、豊かな海づくりに関わってくれたら嬉しい。それが未来につながっていけば、陸奥湾はみんなの宝になると確信しています」

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