自然と人を融合する地域通貨という発想

白川 勝信さん
(芸北 高原の自然館主任学芸員)

地域に伝わる自然と知恵を「資産」と捉える ── 行政の補助金に頼らず、
自然保護と地域経済の活性化を同時に実現する、欲張りな取り組みを生み出した発想とは?

里山宿地域特性

山陽地方の温暖なイメージとは裏腹に、広島県北西部にある芸北地域は10月末には最低気温が5℃を下回るほどに冷え込む。気候は北海道に近く、山陽地方では珍しい豪雪地帯で積雪はしばしば2mを超える。

「ひとくちに里山といっても、その姿は地域によって異なります。気候が違えば植生も違う。すると、人の暮らしやそこで生まれる習慣や文化も異なるのです」と語るのは、「芸北 高原の自然館」で主任学芸員を務める白川さんだ。

自然館の脇には茅葺きの古い民家が展示されている。茅葺きの材料は場所によって葦(あし)、ちがや、笹などさまざまだが、この地では昔よく採れたススキが使われてきた。これもまた地域の特性の一つだ。ススキ原を擁した里山こそ、芸北の原風景である。

生態学の博士号を取得している白川さん。自然館内の展示だけでなく、里山全体を使ったフィールド展示をおこなう
生態学の博士号を取得している白川さん。自然館内の展示だけでなく、里山全体を使ったフィールド展示をおこなう

白川さんは広島大学在学中に湿原の研究に取り組み、芸北の八幡湿原を研究対象の一つとしたことから、この地域との交流が始まった

「研究を始めた当初は、自然に悪影響を及ぼさないように開発を抑える考え方を主軸にしていました。しかし実際に湿原の保護に関わっていくうちに、傷つけた分の自然をどこかで埋め合わせる、修復していくことが求められていると考えるようになったんです」

地域の人々と交流が進むなかで、芸北地域の自然保護に本格的に関わってほしいという要請が寄せられた。そこで大学院生になると、自然保護活動に取り組みながら研究を続けた。自然と社会の利をどのように両立させていくか。白川さんはその答えを地域文化のなかに見つけた。

「各地に伝わる、10月まではこの山に入らない、特定の日には山を焼く、といった地域のルールは、長い時間をかけて培われてきた人と自然の“共創資産”なんです。一人ひとりがその理屈を理解していなくても、それを守り、伝えることが里山の持続的な利活用につながっていた。地域に伝わる文化が、自然を守るためには大切でした」

人の手が入ったことにより復活し始めたススキの原
人の手が入ったことにより復活し始めたススキの原
展示されているかつての民家。昭和初期までは茅葺き屋根の民家がいくつもあった
展示されているかつての民家。昭和初期までは茅葺き屋根の民家がいくつもあった
エネルギー地産地消

芸北地域で培われた文化を次世代につないでいくために、白川さんはせどやま(裏山)再生事業にも乗り出した。活動内容は多岐にわたるが、全体の核となり高い注目を集めたのが、里山の木を流通に乗せるプロジェクトだ。地域の人々がせどやまの木を伐(き)って「せどやま市場」へ持っていくと、地元商店で使える地域通貨「せどやま券」で買い取ってもらえるという仕組みで、買い取られた木は薪となって、個人宅のストーブや温浴施設のボイラー、バイオマス発電の燃料などに使われる。地域で消費されるエネルギーを地域で賄うシステムだ。

放置されていた山に人の手が入ると、鬱蒼(うっそう)と茂っていた森に光が届き、新たな植物の芽吹きを促すとともに、景観の美しい里山が復活する。地域経済の活性化と同時に、里山再生への道筋が示されることになった。

さらに、一時的な挑戦として終わらせるのではなく、過去から未来へ知恵と循環の仕組みをつないでいくために、地元の中学校とともに「芸北茅プロジェクト」(通称「茅プロ」)も発足。中学生が茅葺きの材料となるススキを刈り集め、持ち込まれた量に応じて「せどやま券」を発行する。茅の取り引きがおこなわれる「茅金(かやきん)市場」の宣伝や運営は中学生たちが担うことになった。子供たちは茅プロでの活動を通して備品やお小遣いを得るほか、経済の仕組みそのものを学んでいく。

温浴施設のボイラー。せどやま市場に集められた薪が焚かれている
温浴施設のボイラー。せどやま市場に集められた薪が焚かれている
いかに理解者増やすか

「長く続けていくためには、補助金に頼るのではなく、きちんと収益化できるようにしていかなくてはなりません。高額ではありませんが、せどやま券を発行しているNPOは2021年には700万円の収益をあげました。自らの力でプロジェクトを続けていける仕組みづくりができたんです」

とはいえ、さまざまな要素を持つプロジェクトをとりまとめ、なおかつ利益を出していくための設計は困難を極めたことだろう。その成功のカギはなんだったのだろうか。

せどやま券。単位は石(こく)。地元の商店でのみ使える
せどやま券。単位は石(こく)。地元の商店でのみ使える
茅となるススキを刈りだす中学生(写真:高原の自然館 白川勝信)
茅となるススキを刈りだす中学生(写真:高原の自然館 白川勝信)

「自分としてはやりたいことに没頭できたので、苦労などは感じませんでしたが、現金ではなく地域通貨を発行することで、せどやま再生への理解者を増やせたことが大きかったと思います。理解者が増え、いろいろなが関わってくれたおかげで、プロジェクトを続けていける土台ができました」

白川さんは地域の自然は地域の文化とともにあると考えている。

「人と自然の関係は、常に人が自然に対応したり制圧したりしてきたというものではありません。自然の側もまた人の活動に応じて適応してきたんです。しかし昨今、変化のスピードは早すぎます。人と自然が時間をかけて構築した資産は、一度失われれば簡単には取り戻せませんから、資産を活用しながら受け継いでいく必要があります。子供たちには身近なところにも衣食住に係わる資源があることを知ってほしいですね。石油や石炭でなくとも、太陽エネルギーをいっぱいに吸収した木々もまた大きな力を秘めています。太陽光パネルのような大それたものを導入しなくても、すでにある資産を活用していってもらいたいです」

「環境マイスター」バックナンバー

こちらよりバックナンバーの一部をご確認いただけます。(2022年冬号までを掲載しています。)

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